今日は気分がいい。サワラ屋に新しいあんみつは入るし、割の良い仕事は入るし。
端から見ても一目で上機嫌と分かる龍宮のその表情は、それだけで風香の好奇心をくすぐる理由になり得た。
「たつみー今日は何かご機嫌だねぇ〜。さてはあんみつ関係でございますか?」
「ん? まあな。後で一緒に食べに行くかい?」
「わ〜い! 史伽! たつみーがあんみつ奢ってくれるって!」
「あ〜、お姉ちゃんズルイです〜」
「こら、誰も奢りなんて行ってないぞ」
「な〜んだ、ケチぃ〜」
奢ってあげてもいいけど、と言おうとしたのだが、物凄い剣幕で教室に入ってきた委員長に中断させられた。どういうわけか、
方向的に、こちらに向かって来ている様にも見える。いや、実際、向かって来ていた。
「ちょっと、龍宮さん? お話があるんですけれども、よろしくて?」
「え…? 私にか?」
「勿論ですわ」
「ち、ちょっと待て、税金はちゃんと払ってるぞ」
穏やかな口調ではあるが、人を威圧する様な気迫が籠もっている。
「龍宮さん、いつもギターケースを持ち歩いてますが、お弾きになられるのですか?」
「ええっと……どうして、突然そんな質問を、するんだい?」これは非常に聞かれたくない質問の一つだった。
できる限り精一杯の笑顔で対応したが、そんな小細工は効きそうにない。
「ギターケースの中身は当然“ギター”ですわよねぇ?」
「あッ、あはは……勿論だ。この中には、万人の魂を熱くさせるものが入っている」
「みなさ〜ん! これから龍宮さんがギターの演奏を披露して下さいますわよ!」
「うっそ、たつみーマジ!?」
「うぇッ!? 今か?」
「そういえば、龍宮の演奏って聴いた事なかったな〜」
「一回聴いてみたかったんだ〜」
「拍手〜!」

その一言で一斉にクラス中から拍手の渦が巻き上がる。こういう時のノリの良さはなぜか完璧である。そして逃げ場がない。
絶望的な状況に、あやかが笑顔で追い打ちをかけてきた。
「さっ、どうぞ?」こいつ、意外と性格悪いな、などと悠長な事を思う暇もない。
「……ち、ちょっと待ってくれ。なにも、こんな場所じゃなくてもいいだろう。せ、折角のライブを、こんな教室の一角でだなんて」
「それもそうね……やっぱ、やるなら本格的な場所じゃないと」
音に拘るチア三人、流石バンド経験者。話が分かる。柿崎、君は偉い。
「でも、あれアコースティックギターでしょ? 場所なんて別にどこでもいいと思うけど」
釘宮、君は後で職員室に来い。
「な、何を言うんだ。これは……これはな、これはエレアコだよ」
「エレアコって、あの、アンプに繋ぐやつ?」
「そう。今は、アンプも無いしね……ここは是非、広い会場で……」
刹那が顔を伏せ、口元を押さえながらぬけぬけと肩を揺らして笑っている。後で近衛に、刹那は唐揚げが大好物だと伝えてや
る必要がある。それにしても、ギターなんて弾いた事もないが、この際仕方あるまい。後で軽音部に借りるしかない。
そう思ったが、あやかは全てを見抜いている様子で、ずかずかとギターケースに近寄り、中を開けてしまった。
「へぇ、随分と小さなギターですわねぇ。どうやって弾くのか、是非とも拝見したいですわ」
終わった。笑うしかなかった。

「なあ、いいんちょ〜、返してくれよ〜。頼むよ〜」
「ちょっと、龍宮さん、寄りかからないでください。重たいですわ」
一時間目開始前、突然没収宣告を受け、職員室に愛用の銃を預けに行くあやかに食い下がった。テレビで見た日本の妖怪の
真似をして、あやかの胸の前で手を組み、肩に顎を乗せる。
「それが無いと困るんだよ、仕事とか色々さ。それに、高かったんだぞ。お金持ちには分からないかもしれないが」
「こんなもの、学校に持ってきていいわけがないでしょう。全く、玩具の銃なんかで一体、どんな仕事をなさるおつもりですか」
「勘弁してくれよ……折角おみくじでもいい日って出たのに……それにしても、何で 中身を知ってたんだ?」
「そ、それは……そんなことは関係ありませんわ」
「んん? 怪しいなぁ……。はっは〜ん、言えないような方法で知ったな?」
あやかのほっぺたを摘んで挑発する。何か返してもらう糸口は見つからないものか。
「別に……そういうことではございません。ただ、言っても信じてもらえないだけですわ」
信じてもらえない? 魔法、あるいは妖怪関連なのか。しかし、そんな情報は届いていないし、第一、自分の周りで起きた事ぐ
らい、気配で気付く筈だが。そう思い至った時、超が二人の前を通り過ぎて行った。
「何だ、実験室で爆発事故でも起こったか?」
「失礼ネ。ネギ坊主に呼ばれただけヨ。放送聴いてなかたカ?」
「ネギ先生に!? 一体、何のご用事ですか?」
「さあネ。授業前のこんな時間から呼び出すなんて、厄介事じゃなければいいけどネ」
学園長室の方向へと向かった超の後ろ姿を、あやかはしばらく不安そうな顔つきで眺めていた。

「あー、たつみーが一気に不機嫌モードだ〜」
休み時間になって気が抜けると、上体を机に預けて突伏した。そりゃそうだ、デザートイーグル2挺も持ってかれたんだから。
仕方ない、後で学園長に許可をもらいに行くか。いや、雪広の事だ。迂闊に取り返しに行ったら「なぜこのような物騒なものが
許可されているんですの?」とか言って、学園長に迷惑が掛かってしまう。ばれないよう所持する、っていう約束もしてしまった
し。それにしても一体誰がバラしたんだ。許し難い。
「バイアスロン部で使うと言えばよかったのではござらんか?」
いつの間にか楓が、前の席の背もたれに有り得ないバランスで座っている。
「いいんちょにも一般常識ぐらいあったみたいだ。ハンドガンで? って聞き返された」
「あれま」
しかし気になるのは、少しばかり一般生徒に見られた可能性はあるにせよ、バラす様な人間がこの学園にいるだろうか。恨み
を買った憶えもないし、早く取り返さなければ仕事に支障が出てしまう。原因を暴く方法に考えを巡らせていると、一人の生徒
の顔が思い浮かんだ。
「む!?」
「どうしたでござるか?」
突然龍宮が席を立って、あやかの座る椅子の方へと歩を進めた。
「なんですの? 銃なら返しませんよ。あんな床に穴まで空く様なもの……」
「いや、違うんだ。宮崎さん、ちょっといいかな?」
「ふぇっ!? わ、私、ですか……?」
「そうそう。ちょっと、一緒に来てくれるかな?」
「は、はい…」
のどかが珍しい物でも見るような顔で、龍宮の顔をまじまじと見つめた。のどかは龍宮とは殆ど話した事がなく、男の様な風貌
には少し苦手意識もあった。加えて、つい先程の銃所持事件とくれば、警戒心が解ける筈もなかった。
恐る恐る龍宮の後を着いて行き、二人で廊下まで移動すると、突然龍宮が勢い良く両手を合わせ、頭を下げてきた。あまり仲
が良いわけでもないクラスメートに突然頭を下げられ、のどかは困惑の色を隠せない。
「あっ、あの……何でしょうか?」
「協力してくれないか? 例の本で。頼む! あの銃は世の中の平和を守るために、どうしても必要なんだ」
「え……ええっ!?」
「後であんみつ奢るからさ? 頼む! な?」
「いえ、べ、別に、奢りとかそういうのはいいですけど……」どうして本の事を知っているんだろう。
のどかがアデアットを唱え、アーティファクトを出現させる。
ごめんなさい、いいんちょさん。そう心の中で唱えてから、二人で本の中を覗き込んだ。

【超さんがネギ先生に呼ばれた? もしかして、昨日の夢の事かしら。超さんが関係してて、人には言えない様な事……でも、
 昨日からちゃんと一日経っているし、夢では、ないのかしら。あれが本物の3-Aですって? いいえ、そんな筈はありません
 わ。きっと………きっと、何かの間違い……】
夢とは一体何の事だ? それに、本物の3Aって……それじゃあまるで、偽物がいるみたいじゃないか。
【ああ……思い出しただけでも憂鬱な気分になりますわ。あの様なもので撃ち抜かれでもしていたら……。こんな銃、絶対に返
 すわけにはいきませんわ。あぁ、ネギ先生……私、ああは言いましたけれど、早く真相が知りたくて仕方がありません。またあ
 の日が来るのかと思うと……】
「どうも曖昧だな。昨日何が起こったのかハッキリしない。なあ、宮崎さん、もう少し聞きたい部分を明確にさせるには、どうした
 らいい?」
「聞きたい事を直接本人に言って、それで、上手くいけば引き出せると思いますけど……。でも、本物の3-Aって、何の事でしょ
 うね……」
「ああ。そこは私も気になった。恐らく、魔法絡みの事だとは思うが……」
「龍宮さん、やっぱり魔法の事知ってるんですか?」
「ああ。それは、後であんみつでも食べながらゆっくり話してやる。それより、私が今から委員長に仕掛けて来るから、出てきた
 事をしっかり覚えておいてくれないか?」
教室の中へ入り、桜子の席にどっかりと座った龍宮に、あやかが不信そうな顔を向けた。
「何ですか? さっきから、宮崎さんに話しかけたり、今度は私の隣の席に座り込んで。何をやっても、あんな物騒な物は絶対に
 返しませんわよ」
「その事なんだが……どうやら昨日、痛い目を見たらしいな」
あやかが驚いた表情で龍宮を見つめ返した。「昨日」、「痛い目」の言葉に反応するように、あやかの胸が高鳴る。
この人は、一体何を知っているのか。もしかして、原因すら知っているのではないだろうか。
「なぜ、その事を……」
「実はな……私は人の頭の中が読めるんだ。ほう、なるほど……そんな事が……」
目を瞑って、あやかの頭に手を近づけ、魔法使いの様な仕草をした。少しずつ昨日の出来事を思い返す様に誘導する。
「ほう。あの銃で……そんな事が……そりゃあ、没収したくもなる」
「た、龍宮さん……冗談、ですわよね……?」
龍宮がのどかの様子を確認しようと片目を薄く開けた時、廊下から悲鳴が上がった。
「ひッ!!」
のどかの持った本が、ドサリと音を立てて床に落ちた。
「そんな所で何やってるですか、のどか」
いつの間にか、背後に夕映が立っている。
「へっ!? う、ううん! な、なんでもないよ!」
「のどか、最近隠し事が多くないですか? さっきも龍宮さんに話し掛けられてましたが、あれは一体何ですか? それに、その
 本で今度は誰の頭の中を……」
「な、なんでもないの! 本当に、大丈夫だから」
「そうですか……のどかがそう言うのなら、深くは尋ねないです。ただ……友達なんですから、あまり一人で解決しようとはしな
 いで欲しいです」
「う、うん、大丈夫だから……」
疑われるのが嫌で、ごめんね、とは言えなかった。
「詳しく知りたくはないか?」龍宮があやかに詰め寄る。
「あの銃と、交換しようと仰るんですか?」
「そうさ。ほんの少しなら情報を提供してやっても構わない。たかがエアガンを返すだけで、とっても重要な秘密が手に入るんだ。
 悪くはない相談だろ?」
「……駄目です」
一瞬、聞き違いかと思って、思わず成功を確信してしまった。
「……何? 知りたくないのか?」
「ネギ先生は……話せば他の方に迷惑がかかる、と仰いました。話が纏まるまで待って欲しい、と。私の方から約束を破るわけ
 にはいきません」
大した女だ。素直にそう思った。中学生にできる考え方ではない。噂と聞けば知りたくなるのが普通だ。龍宮は諦めて、のどか
の元へ戻った。せめて昨日何が起きたのかだけは把握しておきたい。悲鳴が上がっているということは、ただ事ではなさそうだ。
「どうした、そんなに震えて」
「だい、じょう、ぶ、です。……でも、その……」
誰にも見せたくない。そんな様子でのどかは本を抱えていた。
「これは、その……見ない方が……」
「そんな事言われたら余計に見たくなるじゃないか。それに、わざわざ頼んだ意味がない」
「あの、こんなの、絶対嘘です! 絶対に……。きっと、今は上手く使えなくなってるんです。だから……これは、見せ
 られません。本当に、ごめんなさい……」
全く、一体なんなんだ今日は。おみくじには、仲間外れにされます、なんて書いてなかった筈だが。
しかし、ネギ先生が絡んでいるということは、やはり、そういう事か。

「すっげ……大学に空中ブランコが……」

放課後、久々に一緒に帰ろう、とザジに声を掛けた。ザジは快く了解してくれたのだけれど、部活があるからと言うので、
曲芸手品部を見学させてもらう事にした。初めて見る大学の手品部の部室は、まるで本物のサーカスの舞台を再現したかの
様に広く、象やらライオンやらまで控えている。入口に厳重に鍵が掛けてあったのは、動物達が逃げ出さないためか。
ザジが空中ブランコの高台に登った。下には勿論ネットが敷いてあるんだけれど、想像以上の見上げる高さに、思わず
息を呑んだ。
高台からザジが放たれる。キャッチする相手との距離が離れ過ぎていて、落ちるんじゃないか、と身を引き締めた。
空中で多分、2回転半。体を捻りながらくるくると回り、相手の腕をキャッチする体勢に入る。サーカスは、小さい頃
一度だけまともに見たぐらいだが、あんなに綺麗な回転は初めて見た。

目を細めて、思い出す。突然差し出された一本のバラ。パントマイム。そういえば、あの時の私は、自分で笑顔一つ出す
のも怖くて、ザジよりも無愛想とか、誰かに言われた記憶がある。象に乗って逆立ちをしているザジがこちらを向いて
ちらりと確認した。私は、自分がまた仏頂面で、笑ってないんじゃないかと思っていたのに、ザジの安心した表情を見て、
もう自分は普通に笑えてるのか、少し安心した。
そうか。私が笑えたのは、暗い世界から救い出してくれた、たった一本の手だったんだ。ザジはあの陰鬱とした世界から、
3-Aを、いや……私を、救い出すつもりだったのか。空中ブランコから手を差し出す程、ほんの少しだけ勇気を振り絞って。


大浴場の水面から浮かび上がってきたエヴァは、自分をこの広い浴槽に突き落とした張本人である超を睨み付けた。
超は湯船の外で、ケタケタと腹を押さえながら笑っている。
「超……貴様、死にたいのか……」
「……っはっはっは……うっはっは! エヴァにゃん、落ちる時のかけ声が面白過ぎるヨ!」
「貴様、本当に殺すぞ」

昼間から大浴場『涼風』に二人がいるのは、しばし戦いの疲れを癒しに来たためだった。今は授業中なので、当然誰もおらず、
プールと言っても差し支えない程のスペースを余している。爆笑を終えた超も、湯船に飛び込んで飛沫を吹き上げた。
「全く……普通に入れんのか」
「折角貸し切りなのにカタい事言わないネ。ゆっくり休むがヨロシ」
エヴァは口には出さないが、超には正直、心底感謝していた。魔力がなかったとはいえ、対処に遅れた事と、茶々丸が敵に
回った時の事態を想定できなかった自分に、苛立ちと不甲斐なさを覚える。
「茶々丸をあのままにしておいていいのか? またいつ襲って来るとも分らないじゃないか」
「動力チューブを切ったから相当大丈夫ネ。それにこれから、茶々丸のレーダーが届かない位遠い所に旅行に行くから安心
 ヨ。何処に行きたいか言ってみるネ」
「急にどこと言われてもな……京都は行ったし、奈良か、あるいは……」
「そんなババ臭い事言ってないで、たまにはドカンと遊んでみるネ。ようし、 遊園地にケテーイ!」
「お、おい……」


「ああよかった、いたいた。宮崎さん」
外も暗くなり、生徒の下校時刻も近づいて来た頃、図書館まで足を運ぶと、丁度のどかが図書委員の仕事を終えて帰ろうとし
ている所に出くわした。まだ警戒心が取れていないのか、のどかが少し驚いて、緊張した面持ちでこちらを見返してくる。
「あ、ああ……龍宮さん。あの、何か……」
「あんみつを奢るっていう話だったろう。ちょっと、付き合ってくれないかな?」
「いえ、でも、その……本は上手く扱えなかったし、私は何もできなかったから……その、悪いです」
「なに、能力使ってくれたんだから、お礼はしないと。それに、嘘かどうかを判断するにはまだ早いんじゃないかな? 君だって、
 まだあまり魔法に詳しい訳じゃないんだろう? それに、委員長がもしその本の内容の通りの目に遭っているんだったら、助
 けてあげなきゃならない」
「ええ……確かに、そうですけど……」
「人の厚意は素直に受け取る。おいしいあんみつだから、食べてみないか?」
半ば強引ではあったが、無事に誘い出す事に成功すると、のどかは夕映とハルナに夕飯はいらない、という話を伝えて戻って
来た。
「悪いな。じゃあ、行こうか」
麻帆良駅前のすぐ傍で、人気のあまりない細い通りにその店はあった。夕食代わりのちょっとした料理と、デザートのあんみつ
が好評の穴場スポット。龍宮は、開店以降、足繁く通っていたため、机の配置やメニュー、店員の顔ぶれに至るまで、事細かに
記憶している。別に、だからといってこの記憶力が勉強の方に回ればいい、とは思わなかった。好きなことを憶えるのは簡単だ
し、そうでないものを憶えるのが勉強である、と、龍宮は割り切っていた。
店の奥の小さなテーブルに案内され、向かい合って腰を掛ける。いつまで経っても緊張のほぐれないのどかが、何かの本で、
人は椅子に向かい合って座ると、威圧感を感じてあまりいい雰囲気にはなれない、という内容を目にしたのを思い出した。
「ネギ先生に聞こうにもずっといないし、刹那に聞いても『知らない』だ。銃さえ返してくれればどうでもいいんだがな」
龍宮が面倒臭そうに表情を歪めた。さっき委員長を助けなければ、と言ったのは、空耳かなにかだろうか、と自分の耳を疑う。
「あの銃は、一体何に使うんですか?」
まずは会話をしなければ、うち解けることも、相手を理解することもできない、とのどかは気になっていた事を切り出した。
「退魔用だよ。本当は只のガスガンなんだが、ちょっとした術を施して、妖怪やら悪い魔物を退治する特殊なガスガンになるん
 だ。決していいんちょが考えている様な悪用はしない。これは私のプライドに賭けて、ない、と言い切れる」
「そうなん、ですか。そうですよね……」
それなら、もし、金を積まれたら。という踏み込んだ質問をする気には、まだなれない。
「それで、何を見たんだ? あの本にはまだ中身は書いてあるのか?」
話した方がいいのか。あの本の内容は、本当か嘘かで言えば、本当である確率の方が高い。だとしたら、いいんちょさんは、
あの内容の通りに苦しめられている筈だ。私の勝手な判断で解決を先延ばしにするのが、いいんちょさんのためだろうか。



「牡蠣フライ定食と、食前にこのあんみつ、食後にこの季節限定のを、お願いします」
「いつもありがとうね。食前にあんみつ頼んでくれるのなんて龍宮ちゃんぐらいだからねえ」
店員は顔なじみなのか、龍宮に対して、すごくフランクな話し方をしていた。そして、驚いたのはそこではない。
「しょ、食前にも食べるんですか!?」
「食べ盛りだからしょうがないわよねぇ。でも体重の方は大丈夫?」
「ははは……それは言わない約束ですよ」
軽い定食を頼んだのどかが、食後のあんみつに手を付けた。確かにおいしい。舌鼓をうちながら、今度はネギ先生でも連れて
来られたらいいな、と、ネギ先生と二人っきりの場面を想像してみた。
「やっぱり、何度食べてもおいしい。どうだ? 宮崎さん」
龍宮のこんな幸せそうな顔を、初めて見た。裏の世界の話もちょっとだけ聞けて、うち解けてみると最初の頃の男っぽい威圧感
は、もう大分薄れていた。
「はい、料理の方も美味しかったけど、このあんみつもすっごく美味しいです」
「そうか。それは良かった。……しかしまあ、信じられない話ではあるな。多分、下手な幻影でも見せられているか、記憶を弄ら
れてるだけだとは思うが……それにしてもタチの悪い相手だな。一体誰の仕業だ」
「私……あんな世界に行ったら、正気でいられるかどうか……」
「しかしどうやっていいんちょを納得させるかなぁ。明日仕事入ってるのに……」
「私の方からも、いいんちょさんに言ってみます。大事な銃なんですよね?」
「ああ、そうしてくれると助かる。成績優秀な宮崎さんの言う事ならきっと聞いてくれるよ」
テーブル越しに、龍宮に肩を叩かれた。軽く叩いたつもりなのだろうが、普段重い銃を扱っているせいか、ずしりとした重みと、
不思議な暖かさがあった。
成績優秀な、という区切り方がちょっとだけ引っかかったが、きっと性格がさばさばしているだけで、悪気はないのだろう。
むしろ、こんな言い方ができる自由な生き方が羨ましかった。この人は、どんな言葉で友達と接するのだろう。秘密を持った時、
どんなはぐらかし方をするのだろう。夕映に言われた言葉を思い出しながら、のどかはそんな事を考えた。



ネギ先生……私は、いつまで待てばいいのでしょうか……
ダメよあやか。ネギ先生を信じて待たなくては。でも、授業までお休みになるなんて……私、いても立ってもいられません。
「あやかさん。どうしたんですか? ぼうっとして」
「はいっ! すす、すみません。私ったら、お華を放ったらかして考え事を……」
今日、花を生けている最中もずっとその考えに取り憑かれ、花どころではなかった。顧問が怒るのも、無理はない。
「今日はずっとそんな調子じゃない……もういいわ。丁度下校時刻も来た事だし、今日はおしまい」
部活動が終わっても悩みは収まらず、昨日の出来事を考えると、堂々巡りにしかならなかった。ザジに明日の事を聞か
なければならないのに、聞くのが怖い。もし、またあの異常な世界に戻るのであれば、自分の部屋で寝付ける筈もない。
今はあの優しいルームメイトですら恐怖を感じている自分がいた。いくら龍宮から銃を取り上げた所で、明日の龍宮が
銃を持っていないとは限らない。
「いいんちょ……今日ずっと元気ないけど、どうしたの? ちづ姉も心配してたよ」
夏美がそんな風に心配してくれても、到底人に話せるような内容ではなかったため、適当に誤魔化すしかなかった。
「なんでもありませんわ。少し、体調が悪いだけです。それから、今日は寄らなければならない所があるので、千鶴
 さんと先に帰っていてください」
夏美と別れ、大学に来たのはいいが、曲芸手品部の場所が分からずに立ち往生していると、偶然ハカセが歩いているのを
見つけた。
「あれ?いいんちょさん。こっちに何か用事でも?」
「ええ。曲芸手品部の場所を知りたくて。ハカセさん、ご存じありませんか?」
「西棟の裏の大きな建物がそうですよ。ザジさんでも追い掛けに来たんですか?」
「まぁ、そんな感じですが、ちょっと用事があっただけですわ。案内、ありがとうございます」
「いいんちょさん、何か……変な事に巻き込まれてませんか?」
葉加瀬が心配そうな顔を向けてくる。隠しているのもつらいが、聞かれるのもつらい。正直、今だけは放っておいて欲しい、
と思った。
「なぜ、皆さんその様な事おっしゃるんですか? 別に何もありませんわよ」
「いや、実は超がネギ先生に呼ばれてから全然戻って来なくて……。茶々丸の様子も何かおかしいし……」
「私にも……解りませんわ。何も……分からないんです……」
押さえきれなくなった涙を必死に見せまいと、あやかは早足でその場を立ち去った。

象の上で逆立ちしながら腕を曲げ、全身の力で飛び上がる。空中で回転をしながら、着地位置を確認。小さくマジック
テープが張られた赤い点を目指して下降。委員長の姿が目に映る。
盛大な音を上げながら、着地に失敗した。
「おいおい……大丈夫かよザジ。モロに頭から入ったぞ……」
「ザ、ザジさん、大丈夫ですか!?」
「痛い……うん、平気。……いいんちょこそ、どうしたの」
「あ、いえ。明日の事についてちょっとお聞きしたかったんですが、練習の邪魔をしてしまったみたいで。申し訳ございません」
「大丈夫、そろそろあがろうと思ってたから」
ザジがシャワーを浴びている間、二人で休憩室の椅子に腰掛けた。
「エヴァンジェリンさん、大丈夫でしょうか……もし、あのまま戻ってないのでしたら……」
「ロボ子がいるから大丈夫だろ。あんなハイテクに勝てる人間なんかいないって」
「だと、いいのですが……」
あやかは千雨の様に楽観視はできなかった。先頃のハカセの言葉が引っかかる。現実に少しずつ異常な気配を帯びていく3A
が怖い。平和な日常までもが脅かされるのが怖い。何が起きているのかも解らないのが怖い。そして、その異常な世界に関わ
りを持っているネギ先生の身が、何よりも案じられた。
「とりあえず、気分転換でも」戻ってきたザジは、二人を気遣うように手を差し出して、大学を出た。
「なんてこった。まさか委員長の方から銃を返しに来てくれるとは思いもしなかったよ。全く、今日はなんてついてるんだ。信じて
 たよ、委員長」
「龍宮さん、どうしてこんな所に!?」
一日中元気のなかったあやかを元気づけようと、3A内でも話題になったあんみつ屋をザジが紹介した矢先だった。
まるで示し合わせたかのように、5人が顔を合わせた。
「って、何を仰ってるんですか。偶然ここに来ただけですわ。あんな物、返さないと言っているではありませんか」
あやかの頑なな態度に、のどかが遠慮がちに声を発した。
「あの、その事なんですけど、その……あの銃は、龍宮さんにとって本当に大事な物なんです。私からもお願いです。どうしても
 返してあげられませんか?」
「宮崎さん……いいえ、ダメです。いくら宮崎さんの頼みでも、何に使うのかも言えない様な物、そうやすやすと返すものですか」
「委員長だって、どうやってその銃の存在を知ったかは言えないんだろう? 人間、秘密の一つや二つ、持ってるもんさ」
「だから、それは……別に、やましいからではないと言ったでしょう」
「いいんちょさんにもありませんか? 大事な物なのに、どうしても人には言えない事情がある事って」
「それは、あります……けど……」
三人のやりとりを見ていた千雨が、物の移動について、考えを巡らせる。
確かに、今銃を奪っておけば、明日あっち側に行った場合楽にはなる。龍宮の事情は知らないけど、こっちは命がかかってる。
ザジはまだ分からないって言うし。でも、エヴァンジェリンとロボ子は一緒に来たんだから、エヴァンジェリンがこっちにいないっ
て事は、ロボ子もあっちにいる筈だし、それなら、大丈夫……なのか?
「分かった分かった。取り敢えずあんみつを食べよう。話はそれからだ」
四人掛けの席だったため、椅子を一つ追加して、全員でそのテーブルで食事を摂った。既に食後のデザートを食べかけだった
のどかと龍宮が、アイスティーを追加する。 「おいしいだろ?」
「私は洋菓子の方が好きですわ」
あやかの気のない返答に、ザジも龍宮も肩を落とした。
「おいしく、ない……?」
「あ、いえ、決して美味しくないわけではないですわ。その、何と言うか……」
あやかは、いつも通りの饒舌さが出てこない自分に気付いて、落胆する。相当参っているのが自分でも分かった。
そんな気まずい空気を読みとったのか、のどかが笑顔で合いの手を入れる。
「きっと、ネギ先生を連れて来たら喜ぶと思いますよ?」
「え、ええ……そうですわね、それはいいアイデアですわ、宮崎さん。流石、私がライバルと認めただけのことはあります」
後から来た三人の食事も落ち着いた頃、龍宮が真顔に戻って本題を切り出した。
「本題に戻ろう。昨日、クラスでは虐めが起こっていたと。そして、あらゆる暴力の危機に晒され、エヴァンジェリンと茶々丸に助
 けられた。でいいかな?」
ザジがこくりと頷く。
「平たく言えば、お前に銃で脅されたって事だ」千雨が龍宮に皮肉をぶつける。
「おかしいな……心の優しい私がそんな事をする筈ないんだが……」
「なに言ってんだおまえ」
「それで、危険に思った私は、あなたから銃を取り上げたんですわ」
エアガンの存在が明らかになったおかげで、クラス中からあらぬ誤解を受けている事に龍宮は不満を露わにした。せめて、誰
も見ていない所に呼び出すぐらいの気遣いはあってもよかっただろうに、と愚痴をこぼす。
「しかし、そこは明らかに現実ではない。今、現実である私のエアガンを奪った所で、そっちの世界に影響は出ないんじゃない
 かな」 龍宮の疑問に、千雨が答える。
「いや、そんな事はないよ。向こうの世界で起こった事が、今いる世界に影響を及ぼすって事はないけど、こっちでやった事は、
向こうに行った時にも影響する。寝る前に物を移動して実験してみたから、それはきっと当たってる」
「つまり、今私の銃を奪っておけば、少しはリスクが減る、と」
「そう。桜咲さんはちゃんと居合いの免許を持ってるらしいから、無理矢理は 取り上げられなかった」
「じゃあ、こういうのはどうだ。学校にいる間は我慢しよう。いいんちょに預けておく。しかし、こっちにも生計というものがある。
 仕事上どうしても必要な放課後になったら、返してくれないかな? それがもし偽物のいいんちょだったら、あらかじめネギ先
 生にでも置き場所を教えておいてくれれば、私が先生に聞くよ。それで次の日の朝、君達がもし元に戻っていたら、また学校
 にいる間は委員長に渡そう。戻っていなかった場合は、ネギ先生に。これで、そっち側の私には、場所が分からない。これで
 どうだ?」
あやかが、それで大丈夫なのか、という視線を千雨に送った。
「まあ、それなら……大丈夫なのかな。って、随分と詳しいな」
「私は魔法使いだからな」
のどかがアイスティーを吹き出しそうになる。
「……全然面白くねぇよ」千雨の冷たい視線が飛ぶ。
「あ、そうか。普通の人には言っても分からないんだ……」
「何か言いましたか? 宮崎さん」
「い、いえっ、なな、何でもないですぅ」
「どうだい? 理由もつけずに取り上げるよりはよっぽど建設的な意見じゃないか?」
あやかが渋々龍宮の意見を受け入れた。ようやく話が纏まって、龍宮も安堵した様に肩を落とす。
「じゃあ、私達は先に帰るから、三人でゆっくり食べててくれ」

龍宮が二人分の会計を済ませて店を出ると、のどかが慌てて財布を取り出して言った。
「あの、やっぱり払います。私、何の力にもなれなかったのに、悪いんで……」
「そういう、日本人特有の面倒臭いやり取りは嫌いなんだ。折角私が珍しく人に奢ったんだから、素直に奢らせてくれ。それに、
 君の言葉で十分いいんちょは動いてくれたよ。ありがとう」
何の気兼ねもなく堂々とそんな事を言ってのける大人びた雰囲気の龍宮に、のどかはネギとは違う男性的な魅力を感じていた。

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