「さて、今日の授業はここまでです」
昼休みに入って、このかが教壇の上に足を組んで座り、鞄から取り出した銃を興味深そうに眺め、稼働部をがちゃがちゃと
いじっていた。
「たつみー、昨日忘れもんせんかった?」木乃香はわざと見せびらかすようにして、龍宮のエアガンを弄っている。
「あぁ、確かにそれは私の銃だ。しかし、私は今までその銃の事を片時も忘れた事はなくってな。誰かに弄られたりすると、
気が気でなくなるんだ。だから、すんなり返してくれれば、私の所持品を勝手に弄った事は許そう」
半ば脅すようなかたちでそう言ったつもりだったが、木乃香は全くと言っていいほど、動じていない。
「何か…龍宮さんて、そんなに喋る人でしたっけ?」その場にいた全員が思っていた事を、ネギが代表して尋ねた。
言われて初めて、龍宮も必要以上の言葉を喋っている事に気が付いた。きっとのどかとの会話以降だ。嬉しいのか悲しいのか
自分でもハッキリしなかったが、別に悪い気はしない。
このかは銃を弄くりまわすのに飽きると、右手に構えたそれを亜子の方へ向け、躊躇なく引き金を引いた。
パシュッ、パシュッ、というBB弾の軽快な音が響く。
「痛っ……!!」
「なんや今日もおかしな三人がおるみたいやんか」
「取り敢えず、引き金を引く指を止めてからにしないか?話しづらいだろう?」
脅すのが駄目なら、と、普段通りの話し言葉の感覚で言ったつもりだったが、そんな龍宮の気遣いなど気にも留めず、このかは
引き金を引き続けた。そこには龍宮の目が知ってる従来のお淑やかな顔は無く、組んだ膝に立て肘をついたまま、艶やかな
視線で他人を痛めつける知らない人間の姿があった。
「刹那」突然話を振られた刹那が、憂鬱そうな目を大きく見開いた。「一体どんな教育をしているんだ。護衛を頼んだ
学園長が泣くぞ」痛いところを突かれたのか、刹那は一言、うるさい、と答えるだけだった。
「つまらんな〜…。せっちゃんの躊躇いながらやる顔も、最初の頃はゾクゾクきとったんやけど、今はもう飽きたし。たつみーの
躊躇なくやる顔の方がなんや最近は好きになってきてたのにな〜。それに今日は本屋もおかしくなっとるし。たつみー、
何か知らへん?」
エアガンの銃声は未だ響いているのに、既に亜子の身体は痛みを訴えていなかった。恐る恐る顔を上げた亜子の目の前には、
龍宮の大きな背中が構えていた。
「返せ」
『imperial spirit』
「ちょっと屋上で話そか」
廊下に出たこのかの後を着いて行こうとした龍宮を、亜子が引き留めた。
「別にお礼なんて気にするな。あんみつとか別にそんな」
「もう、ええよ。そんな風に突然いい人みたくなって、また明日になったら元に戻るんやろ? 変な期待持たせんといて。
笑ったり泣いたり……ウチもう疲れたわ。最初っからなんも無い方がええ……もうなんも見たくない」
「何を言ってるんだ? 私はただ銃を取り返しに行くだけだ。元の世界にさえ戻れれば、後は何も知らない。自意識が過ぎる
んじゃないのか? まあ、金さえ払ってくれれば、護衛を考えてやらん事もないが」
龍宮の物言いに、突然柿崎が噛みついた。
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!? 何が護衛よ! 命でも狙われるみたいな言い方しちゃって。ここ学校よ?
友達を気遣うのなんて当たり前でしょ!」
「その威勢は、使うタイミングが違うんじゃないのか?」
柿崎が答えに窮すると、龍宮は別にそれ以上責めるようなことはせず、とっとと背を向けて出て行ってしまった。
確かに、あの余りの威圧感には声を出す事が出来なかった。龍宮を格好いいと思ったのも事実だ。しかし、もし仮に、
今朝楓の言った言葉が正しかったとして、尚更みんなで協力すべきではないのか。いや、このクラスならばとっくに
そうしている筈だ。木乃香の変わりよう、あんな行為までも許しておくネギ先生。ここが3-Aである筈がない。では、
ここは一体、どこなのだ。
静寂を破る椅子の音が響いた。円がドアを開けて、このかとは反対方向へと走って行く。柿崎がその後を追うのと同時に、
あやかが龍宮の後を追った。
「あ・ん・た・も・行くの!!」
朝からずっと塞ぎ込んでいた桜子の手を取って、柿崎は円を追いかける。何が起こっているのかは考えない事にした。
考えたって解らない事はある。今重要なのは、私がデートをしている間に何があったかではない。私は、小学生の頃、
心の闇を取り祓ってくれた親友を見捨てる訳にはいかない。
「らしくないよ、円。まぁ、らしくないと言えば、みんなそうなんだけどね」
ダビデ像広場のテーブルに、円は突伏していた。柿崎は円の正面に来て、隣に桜子を座らせる。
「私達、真帆良チアでしょ?人に元気をあげなくちゃいけない私達が暗い顔しててどうすんのよ。ほら…あのヒドイ
小学校を一緒に乗り越えてきた仲じゃない。私は、あんたのお陰だと思ってる。どうせ虐めなんて、リーダーが
勝手に仕切ってるだけなんだから、私達が亜子ちゃんの味方してあげれば、相手もすぐに諦めるわよ」
ゆっくりと顔をあげた円には、苦悶の表情が浮かんでいた。その目には、無知な者に対する困惑と、軽蔑の色が伺えた。
「あんた…本気でそんな簡単な話だと思ってんの?いつも笑ってばっかりだった桜子が、たった一日で何でここまで
沈み込んでるか知らない訳じゃないでしょ」
柿崎が不思議そうな顔で桜子の方を向いたので、円が怒りを露わにして言った。
「全ッ然分かってないみたいだから教えてあげるけど、桜子が飼ってたクッキとビッケ……もう、いないんだよ?
それで……ショックで……」
そんな話しは聞いた覚えがない。どうしてそんな大事な話を黙っていたんだ。昨日の今日で、そんな事が起こりうるの
だろうか?
「あいつらは…凄く上手いやり方で人質を取るの。それで、人を利用するだけ利用して、最後には結局人質にも手を
出すのよ」
記憶喪失でも起こしたかのように、朝から様子のおかしかった美砂に、円は今クラスで起こっている全てを伝えた。
美砂は凄くショックを受けた顔で口を覆ってはいたが、完全に信じた訳ではない様子だった。
「でも…まさか円は、そんな……その、いじめとかには、乗らないよね?」
恐る恐るそんなことを聞いてくる美砂に、更に落胆した。
「あんたねぇ、人の話聞いてた!? 私にだって守りたいものはあるの! あいつらと一緒に笑ってなきゃ、自分
どころか……私の大切なものまで奪われるの! どうしてこんな事まで説明させるのよ!」
「だって……私達は、小学校の時……」
美砂は まるで理解していない。なぜこんなにも意見が食い違うのだろう。気が触れてしまったんじゃないだろうか。
私は、あんたまで壊したくないの。お願いだから、解ってちょうだい。そう思っても、伝えられない。そんな自分が、
もどかしい。
「いつから、こんな風になっちゃったの? 昨日、私が彼とデートしてる間に、円が……3-Aがそんなに変わっちゃう程の、
何があったのよ」
朝からずっと聞かされていた言葉だ。でも、いい加減只の記憶違いでは済まなくなってきていたので、指摘する事にした。
「あのさぁ、朝からずっと、ただ美砂がボケただけなのかと思って何も言わなかったけど、あんた、昨日学校終わってから
ずっと私達と一緒に部屋にいたじゃない。デートなんて、いつしたのよ」
「へ……?」
美砂が呆然として、ブツブツと何かを呟いている。しきりに出てくる、「昨日」という単語。昨という日の、何をそこまで
拘っているのだろうか。そんなに幸せな昨日があったのか。
「そうだ……昨日……寮で……いいんちょだ!!」
チアの応援でもでも出さない程の大声で美砂はそう叫ぶと、慌てて走ってどこかへ行ってしまった。
二人っきりになって、私はテーブルの上に置いた掌を広げた。桜子は表情を失ったまま、その手を握り返す。私はそうする
事でしか、気持ちを伝える事ができなかった。言葉にした瞬間、その気持ちは嘘になって崩れてしまいそうだった。
実際、交わした約束が全て嘘になる、ここはそんな学校なのだから。
「龍宮さん、危険ですわ。何をされるか分かりませんのよ?」
戦場で怪我人を労る天使も、そういえばこんな表情だったな、と、あやかの不安をよそに、そんな事を思い出した。
「大丈夫だ。何も問題はない。それよりも、いいんちょこそ、ここから先へは来ない方がいい。何をされるか、私にも
想像がつかない」
「わわ、私は、クラス委員長として、黙って暴力を見過ごす訳にはいきませんわ!」
「そうか」
引きつる表情を隠せずにいたあやかの言葉を聞き流しながら、二人で屋上へと向う。正直、この時はまだ相手を、この世界を
見くびっていた。あるいは知っていたのならば、状況が絶望的になる前に何とかなったかもしれない。
「なんや、いいんちょまで見に来てくれたん? 嬉しいわ〜」これから起こる事とは裏腹に、穏やかな風邪の吹き抜ける屋上
の中心に、木乃香は佇んでいる。
「さて、さっきの話に戻るが。職員に預けた銃を持ち出したのは、君だね」
えらく上機嫌そうな笑顔を浮かべているこのかを前に、龍宮は真剣な眼差しを崩さずに尋ねる。
「そうやえ。ほんでな、たつみー。ウチからも質問してもええ?」
「プライベートな事以外なら何でも答えてやる」
「一昨日から、なんやクラスがちょっとずつおかしくなってんねん。本屋とか、いいんちょとかザジちゃんとか。たつみー、
何でか知らへん?」
「プライベートな質問ではないが、それには答えられないな。私もよく知らないんでね。しかし、もしかしたら、おかしい
のは自分達の方かも知れないぞ?」
「まぁ、そんなんどっちでもええんやけどな。でも嬉しいわ〜。いつになったらたつみーと遊んであげられるんやろて、
思ててな。やっとその機会が来て、うち、凄い嬉しいんよ」
「遊ぶ? それはつまり、今私の上空にいるロボットで、私をボコボコにする、という意味か」
「ちゃうちゃう、そんな事せえへん。嫌やわぁ、たつみーさすが怖い事考えつくなぁ」
装備を新たにした茶々丸が、車でも落下してきたかの様な轟音を上げ、屋上の中心に着地した。龍宮とあやかの背後、一段
高い場所にハカセの姿を見つける。
「苦労したんですよ〜。バカ超に壊されてから徹夜でここまで新装したんですから」
「徹夜が好きだな、ハカセ。そういえば教室に超がいなかったが、何かあったのか?」
前日も、授業が始まる前に超が消えた。こっちの世界でもそうなんだろうか。
「その質問には、この新・茶々丸DO-6002に勝ったら教えてあげますよ〜」
「なんだ、やっぱりボコボコにするつもりなんじゃないか」
元よりそのつもりだろうと思ってはいたが、質問に対して嘘を吐かれた事に、龍宮は不満を露わにした。敵同士とはいえ、
そこら辺のマナーは守るべきだろう。
「あはは…ちゃうねん。ボコボコにするんやなくて、ボコボコにして手も足も出なくなったら、動けなくして、たつみーの
恥ずかしい写真、い〜っぱい撮っておくんよ。そしたらいつでもたつみーの事、可愛がってあげられるやろ?たつみー、
お金だけで動くから便利なんやけど、それだけやとちょっと心配やからな〜」
「ひっ……そ、そんな事、このクラス委員長である、ゆ、雪広あやかが、許しませんわよ! いい、今すぐ謝れば、許して
あげない事も、ございませんわ」
明日菜と喧嘩をする時の威勢はない。やはり、あれだけ虚勢を張れるから、親友なのだろうな、と龍宮は微笑んだ。
「無理するな、いいんちょ。銃がなかろうが、私はあんなものには負けない」
龍宮が茶々丸に向かって前進する。お互いの距離が三メートルにまで縮まると、前進を止め、向き合った。
「それからな」顔は茶々丸の方を向いているが、言葉は木乃香の方に突き付ける。「今のお前にたつみー、と呼ばれるのは
非常に不愉快で、腹が立つ。私の事をたつみーと呼んでいいのは、私の友だけだ」
「のどか殿。今日はどうしたでござるか?まるで、昔ののどか殿に戻ったような気がするでござる」
「あっ、あの……まぁ、実はその、いろいろありまして」
記憶によれば、楓は確か魔法の事を知っている。しかし、話しても良いものだろうか。話せば幾分、説明が省けるだろうが、
のどかの中では、単純に魔法関係であると決めつけるのは憚られた。今は出来る限り説明は避け、状況を把握し、理解しなけ
ればならない。説明とは、理解の上に成り立っているものだ。
クラスのみんなの立場と、実状を詳しく探るため、クラス中に話掛けてみた。疑いの目、怯えた目、背後からの冷たい視線。
クラス内を動き回るだけで体が凍り付く様な感じを覚える。元々ここにいた私は、ずっとこんなクラスの中で過ごしてきた
のか。私なら絶対に耐えられない。今にでも私に掴みかかり、因縁をつけられてしまうのではないか、とかそんな恐怖さえ
憶える。目立った事をして標的になるのは怖いけど、龍宮さんといいんちょさんは頑張ってるのに、自分だけが黙って震えて
いるのは嫌だった。
「私にも、よく分からないんですが……全部解決したら、その時にお話しします。どうですか、龍宮さんと一緒にお食事でも
しながら」
その言葉を聞いた楓が、少しムッとした顔をして見せた。なんだろう。楓さんは、私のアーティファクトを知っているから、
あまりあからさまに使用して、何を言われるか分からない。楓さんは、あまり表情豊かではない方だから、きっと私の想像
以上に怒っているのかもしれない。
「あ……すす、すいませんっ!」
「いや、別にのどか殿に怒ったわけではござらん。ただ…龍宮殿は、前から金銭の事ばかりを重要視する傾向があるでござ
る。先程の和泉殿に対する行動は、少しだけ見直したでござるが……問題は、その後でござる。やっぱり龍宮殿は、金銭
が絡むと、誰にでも付いてしまうでござるな」
やっぱり違う。この人は楓さんじゃない。怒られるのを承知で、少し意地の悪い質問をぶつけてみた。
「あの、こんな事聞くと、怒られちゃうかもしれないんですけど、その……楓さんは、和泉さんを助けてあげないんですか?」
怒られると思ったが、そうはならなかった。かわりに、渋い顔をしながら楓が答える。
「そうしたいのは、やまやまなんでござるが……情けないコトに、拙者も弱みを握られてしまったでござるよ…」
「弱みって……なんですか?」
「それは、秘密でござる。それに、今の拙者では刹那殿には敵わぬ。これ以上余計な事をして、拙者の所為で誰かが傷つく
のは耐えられないでござるよ。恐ろしいものでござるな。拙者は…いや、拙者だけではござらんが、このクラスに全てを
持って行かれた様な気がするでござる……」
自嘲気味にそんな事を言う楓は、終始苦い顔をしていた。誰かがこんな顔してたら、きっと龍宮さんなら、『苦い時には、
やっぱり甘い物だろう』なんて言うんだろうな。勇気を出して言ってみようと思ったが。龍宮さんっぽい言葉は怒られる
と思ったので、やめておいた。
アーティファクトを駆使して掴んだ情報によると、どうやら偽物の私も普段、この本を開きながら虐めに荷担していたよう
で、意外と怪しまれることはなかった。ただ、クラスの怯える原因がこのアーティファクトであった事に、少しショックを
受ける。クラスの怯えた視線は、これを恐れていたからか。
本を開きながらクラスをキョロキョロと見回していると、刹那さんが物凄く怖い目つきで睨み付けてきた。刹那さんもアー
ティファクトについては知ってるけど、こっそりと、ばれないように頭の中を覗く事には成功した。
クラスの殆どが、既に何らかのいじめ行為に遭っているらしく、中には拷問とも言える酷いものもあって、思わず本を取り
落としそうになった。そこまでの酷い虐めがあって、何のお咎めも無いのは、やっぱり偽このかさんが学園長先生の孫であ
るという事と、偽ネギ先生に寄るところが大きいようだ。
偽物の私のやった事を見て、これはもう誰に話し掛けてもマトモな本心は返ってこないだろうと判断し、これ以上みんなの
顔を引きつらせるような行為は控える事にした。
「あ、あの…和泉さん…?」
「えっ、う、うち……? な、何や?」
それでも、せめて今虐めにあってる和泉さんだけでも、救ってあげなければならない。明らかに無理をして作った笑顔だと
分かった。もっと明るい、いつもの和泉さんの笑顔に戻してあげなきゃ。そのために、私は何を言えばいいんだろう。
「あ、え〜っと……ご存じの通り、今日の、え〜、私は、いつもとは違うんですけど……」
「はぁ……」
「あの……少しだけ、お話しませんか?」
「う、うん。ええよ……」
立場が立場だから、きっと嫌々承諾したんだろうと思うと、心苦しい。みんなの視線が気になったので、取り敢えず図書館へ
と足を運んだ。昼休みに本を読む人は結構いるようで、静けさを保ちながらも、人気が溢れていた。空いている席へ座るよう
和泉さんを促す。私は、大きな声を出さなくてもいいように、隣に腰掛けた。
「あの、今日の私がいつもと違うのは、色々と事情がありまして…。その、とにかく今日の私は安全なので、気を、楽にして
ください」
「あ、あはは……そうなん? なんや、様子がおかしいとは、思ててんけどな?」
「えへへ……」
「はは……」
やっぱり沈黙が多い。無理もない。今まで私は加害者、和泉さんは被害者だったんだから。冗談の一つも飛ばせない自分が、
憎たらしい。
「明日になったら、私は元に戻ってるかもしれないんですけど…もし一人になって、寂しくなった時のために、面白い本を
沢山紹介しますので……」
私は、図書館の中から今まで読んだ事のある面白い本を、ありったけ手に取った。夢中になっていたせいか、バランスを崩して
本の山を頭から被る。上手い具合に本の角が頭に当たった。
「へぶぅ! 痛ったたたた……」
「ぁああ……大丈夫?」
「ぅぅぅ……すいません〜」
「すごいなぁ。これ、今まで全部読んだん?」
「はい。私、パルとか夕映と出会う前まで、人とおしゃべりするの苦手で……ずっと本ばかり読んでたんです。そしたら
いつの間にか、こんなに読んじゃってて」
少しうち解けてきたのか、和泉さんは素直に興味津々な顔で本の山を見つめている。私は本の力を信じていた。上手く喋れる
人が周りにいない時は、登場人物と会話をする。私がこんな事を言ったら、この主人公は何て言うんだろう。そんな空想を
広げているだけでも、会話が出来ている気がして、寂しさを大分紛らわせる事が出来た。
『Aco』
分かってる。分かってるわ。明日余計にウチを辛くする為に、今日だけ優しく振る舞って るんやろ。そんな弱い振りして、
また誰かの後ろに隠れるんやろ?もうウチは騙されへん。 「楽しい」なんて、そんなん嘘や。楽しい明日なんてない。
楽しくなったらその分、余計に辛いだけや。
「へぶぅ! 痛ったたたた…」
「ぁああ…大丈夫?」
とりあえず心配しとかんと…後で何言われるか分からん。
「ぅぅぅ……すいません〜」
「すごいなあ。これ今まで全部読んだん?」
もう、興味持った振りすんのも慣れたわ。そんなんで虐めが軽くなる訳ないんやけど、 でも、そういしないと、もっと非道い
目に遭う様な気がする。
「はい。私、パルとか夕映と出会う前まで、人とおしゃべりするの苦手で……ずっと本ばかり読んでたんです。そしたら
いつの間にか、こんなに読んじゃってて」
その、ハルナと夕映を壊したんはあんたやないか。
事情ってなんやねん。気を楽にってなんやねん。
「今日だけ」って、何でそんなルールみたいのがあんねん。
「あの、さ……。『亜子』って呼んでも、いい?」
「う、うん。別にええけど……」
「よかった……。じゃあ亜子も、私が安全な時は、私の事『のどか』って呼んでください」
「わ、分かったわ…」
「あ、亜子……あのさ。今日、部活、ある?」
「うん、あるけど」
「駅前に美味しいあんみつ屋さんができたんだけど、よかったら、部活の後、今日一緒に行かない?今日一杯は私、亜子の
味方だから」
「うん…」
なんや。明日以降はまた元に戻るんか。
分かってたけど、直に言われると、やっぱり辛いなぁ…。なぁ、何で今日一杯なん? 何で明日はダメなん?
「あっ、亜子!? 何で泣いてるの? 私、何か悪い事言っちゃった!?」
「ぅっ、ううん。なんでも、ないねん……ごめんな……」
突然泣き出した亜子に、図書館中の視線が集まってしまったため、立ち上がって、本棚の影に隠れながらアーティファクトを
出した。図書館に入ってからの記憶を探り出す。あまり良い気分はしなかったが、泣いている相手をそのままにしておく訳には
いかない。開いたアーティファクトに浮かび上がったのは、とても友達と呼べる相手から出てきたものとは言い難かった。
亜子の心を埋め尽くしていたのは、「今日だけ」という妙なルールと、突然友達の様に振る舞ってきたのどかの行動に対する
不信感だけだった。
私、こんなに嫌われてたんだ。今日だけ大丈夫なんて……それで納得して欲しいなんて、確かに都合が良すぎる。でも、何て
言ったらいいのだろう。せめてネギ先生がいれば、明日もここに留まれたかもしれないのに。
絶望的なまでに信用を失っていた事を知ったのどかは、アーティファクトを閉じて、強く唇を噛んだ。
クラスメイトが泣いてるのが悔しい。友達が苦しんでいるのに、慰めるための言葉を 何も言う事ができないのが悔しい。
せめて気休めでもいいから、魔法の事や、本当の3-Aを、教えてあげたい。
私はバラバラになった本を片付け、その中から一番のお気に入りの本を手に取って、カウンターで手続きを済ませた。
それから、亜子の座っている椅子に近づくと、手を差し出して、泣いている亜子に声を掛ける。
「亜子、ごめんね。訳が分からないよね。今日だけは大丈夫なんておかしいよね。でも、信じてはもらえないかもしれない
けど、これから、私のとっても大事な秘密を話すから、一緒に世界樹まで行こう」
「秘密……?」
私は、やっと顔を上げてくれた亜子の手を取って、世界樹へと向かった。
ネギ先生、ごめんなさい。私、今日、ネギ先生を裏切ってしまいます。
小さい頃の私は、人と話すのが苦手で、だからずっと頭の中だけで自分と会話しながら、考え続けた。
両親はとても優しかった。お母さんはちょっと臆病で、お父さんはちょっとだけ厳しかった。
お父さんに怒られるのが怖かった私は、勉強を必死で頑張って、それでも怒られた時は、いっつもお母さんに慰めてもらって
いた。人に嫌われるのが怖くて、オドオドして、ビクビクして、話し辛いと思った周りの子達は、どんどん私から遠ざかって
いった。だから、勉強する事がそれ程辛くはなかった。それでも、毎日が楽しくなかった私は、たくさん本を読んだ。
最初に素晴らしい本と出会った時の感動が欲しくて、更に本を読みあさり、探し続けた。
友達を欲しくないと思った事は、一度だってなかった。実際に、本当の声に出して喋りたかった。本の話をしたかった。
流行について話したかった。誰かから、新しい本の情報を知りたかった。でもやっぱり、人と話すのは少し、怖かった。
そしてハルナと出会い、この本に辿り着いた。
「その時出会った本が、これなの」
私は、先程カウンターで手続きを済ませた本を亜子に差し出した。亜子はしげしげとその本を見つめて、流し読みするように
ぱらぱらとページをめくっている。
世界樹の根本に背中を預け、ざわざわと葉の擦れる音を二人で聞きながら、話を続けた。
「その本の主人公の男の子は、とっても臆病で、気も弱くて、学校では毎日イジメられていたの。男の子は本を読むのが大
好きで、いろんな本の主人公と出会う度に、頭の中で強い自分、理想の自分を作り上げていったの。それで、ある日、強い
方の自分が、自分の意志とは関係なく、突然話し掛けてきたの。『戦おうって」
のどかはそこで話を切った。折角本を薦めているのに、これ以上おいしい所を話してしまっては勿体ない。
「言いたい事は何となく解ったわ。要するに、ウチもこの本の主人公を見習って、クラスと戦えって事なんやろ?」
そういう意味もない訳ではなかったが、本題はそこではなかったので、否定しておいた。
「ううん、違うの。その本は、本当に面白いし、勇気が湧いてくるから、ただ読んで欲しいなって思っただけなんだ。本当に
重要な秘密はこれから話すんだけど、ちょっと現実離れし過ぎてて引いちゃうかもしれない。それでも、聞いてくれる?」
亜子はその問いに、無言で頷き返した。
のどかがアーティファクトを出現させ、白紙のページを開くと、亜子に渡した。
「わ、はわわわわ……!」
突然現れた本の中には、たった今亜子が考えていた事が克明に刻まれていく。
「な、なんやこれ!?」
「それが、ネギ先生に貰った魔法の本」
私は亜子に、今までに起こった魔法に関する出来事と、この世界で自分が行っていた事のからくりを、私の知りうる限りで全て
話した。勿論、誰にも喋ってはいけない、という注意を添えて。突然そんな事を話されても、信じ切る事が出来ないのは分かっ
ていたから、黙って暫く亜子の反応を待った。亜子はしばらくの間、興味津々でアーティファクトを眺め、今までの不可解な
出来事と照らし合わせていたのか、時折感嘆の声をあげながら、「なるほどなぁ」と呟いていた。
「確かに、ちょっと信じ難いわぁ。でも、この本は凄いなぁ」
「変なこと考えちゃったりすると、勝手に出てきて困っちゃったりもするけどね」
「なんや、のどかも変な事考えたりするんか」
「い、いやっ、別にそのっ、へ、変なというのは、変という意味ではなくて、いえ、変は変なんですけどそのなんとゆうか」
「アハハッ、言葉になってへんよ」
お互い、顔を見合わせて笑った。今、初めて自分のお惚けに感謝することができた。
「それで、その…魔法の話は、なんの為にウチに話してくれたん?誰にも言うたらアカンのやろ?」
「え〜っと…亜子に、突然人が変わったりするのは魔法のせいで、決して亜子を貶めようとしてる訳じゃないっていうのを
分かって欲しかったの。私にも良くは分からないんだけど、きっと幻か何かで、悪い夢でも見てるって。私が元の3-Aに
戻ったら、本物のネギ先生に元に戻る方法を絶対、絶対に聞いて来るから。それまで、諦めないで待っていて欲しいの」
本当は別の目的もあったが、それは今亜子に話す内容ではないので、黙っておいた。私の考えが正しければ、きっとこの
作戦は成功する。そして、その一歩は絶対に大きな希望になる。
「なぁ、のどか」
「何?」亜子が、どこか言いづらそうにもじもじと顔を背けている。
「ちょっと……泣いてもええかな?」
「うん」
私の胸に、人一人分の重さが掛かる。私と世界樹は、亜子を精一杯包み込んだ。今までの辛さと、これから起こるであろう、
クラスとの戦いから、亜子を守るように。
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