現在持っている装備を確認する。予備の羅漢銭用の棒金が3本、150発。それに、エアガンのフルに弾が入ったマガジンが四本。
ポケットには、刃渡り5pの小型ナイフ。これで新型の茶々丸を相手にするわけか。
戦術を立てる間もなく茶々丸が高速で迫ってくる。かなりのスピードだが、完全に見えない程ではない。ひとしきり避けてから、
一本目の棒金のカバーを外した。
茶々丸は徐々にスピードを上げ、少しずつ放った打撃が掠り始める。龍宮は距離を取って500円玉を放つが、全てかわされるか、
手で捕まえられてしまう。羅漢銭をこのかと葉加瀬に向けて撃ってみると、予想通り茶々丸が二人を庇って盾になった。その
僅かな隙に、二本目に手を掛け、片手でカバーを外す。今度は、二本同時に木乃香と葉加瀬に狙いをつけ、撃ち出す。流石に
これには茶々丸も追いつけず、狙われた二人が慌てて避けた。龍宮は、五百円玉を節約しながら、ずっと引っ掛かっている違
和感の正体を考えた。なぜか二人共、階段の方に避難しようとする素振りを見せないのだ。委員長がいるからだろうか。しかし、
木乃香の方は何故か嬉しそうにも見える。
茶々丸の装甲は恐ろしく頑丈で、ダメージを受けているようには見えなかった。証拠に、葉加瀬に向かってさっきからずっと連
射しているにもかかわらず、全弾受け切った茶々丸には、傷一つ付いていない。
「参ったな。弾切れだよ」
龍宮がお手上げのポーズをすると、木乃香が笑顔のまま茶々丸に合図を送り、茶々丸がゆっくりと 着地する。辺りには粉塵が
舞い、視界が酷く悪くなっていた。意外にも屋上のコンクリートに傷が少ないのは、多分茶々丸が殆ど受け止めていたからだ
ろう。最初に口を開いたのは、木乃香だった。
「せっちゃん、もうええよ」
階段側の視界を塞いでいた茶々丸が体を横に向け、一歩退いた。あやかの首には、陽光が反射して眩しい光を放つ夕凪が突き
付けられていた。
「龍宮さん、申し訳ありません……」 日本刀に怯えているのか、あやかの声は震えている。
「神鳴流の名もいよいよ地に堕ちたな。とうとう人質を取るまでになったか」
「黙れ。私はお嬢様の命令に従っただけだ」
「つまり、自分の所為にはしたくない、と」
「貴様……自分の立場が分かっているのか?」  図星を突かれた、というわけでもないだろうが、刹那の眼光が鋭さを増した。
実際、刹那は苛立っていた。金を貰っているにもかかわらず、龍宮は何故か突然にして、木乃香を裏切ったのだ。仕事人である
筈の龍宮がそのような事をするとは考えにくかったが、現状はそうは言っていない。
私はお嬢様に嫌われてはいけない。お前みたいに平気でお嬢様を裏切ったりはしない。私が側にいなければ。飽きられてはなら
ない。なのに、どうして貴様だけ。どうして お嬢様は、お前を見る時だけ、そんなに楽しそうなんだ。
「実動データはしっかり取れました〜。やっぱりまだブレーキ性能がいまいちですね〜。それはそうと、ありがとうございます、
 このかさん。協力して もらっちゃって」
葉加瀬は手元に置いたコンピューターを弄っていて、龍宮の方には見向きもしない。端から勝つ、負けるなどは計算の内に入っ
ていないかのようだ。推測するに、今までのはただのデータ取りだったらしい。
「ええよ、気にせんといて。ウチら友達やんか」
葉加瀬の、コンピューターを弄りながらの感謝の言葉に笑顔で応じたこのかは、 更に階段の方に向かって手招きをした。刹那
の背後からキョロキョロと辺りを見回して いるネギと、無表情の明日菜が姿を現す。
「あんまり学校に傷付けないでくださいよ〜。後で僕が大変なんですから」
「大丈夫やよ、ネギ君。茶々丸、たつみーの五百円玉ちゃんと受け止めとったえ」
龍宮は、現実のネギとのギャップに笑いを堪えきれなかった。幻覚や夢にしてもこれは酷い。 あれが、ネギ先生を真似ている
と言い張るのか。
「さ、たつみー。これからやっと、面白くなるんよ。たつみーも嬉しいやんな?」
龍宮はこのかの質問には答えず、逆に刹那に尋ねた。
「刹那、お前の一番大切なものは何だ」
「お前のふざけた質問には答えんぞ」刹那はいかにも面倒臭そうな顔でそう答えた。案外、いいんちょを人質に取っている事の
方が、煩わしいと思っているのかもしれない。
「なんや、ええやん、せっちゃん。ウチも聞きたいわぁ」木乃香は出てくる答えを知っているくせに、何か面白い答えを期待し
て、刹那に笑顔を向けた。最初は答えに戸惑っていた刹那だが、心の中で舌打ちしながらも渋々答える。
「……もちろん、お嬢様だ」
木乃香は、やっぱりそれか、と溜息を漏らしながら、落胆した。「で、それがどうかしたのか」
「いや、どう答えるのかと思ってね。特に意味はない」
「くだらん質問を……」
「なあ、雑談もうええ?」
張り詰めた空気の中、不機嫌そうな顔で間に割って入ったこのかに、刹那は残念そうな表情で俯いた。昔のこのかならば、あの
たった一言で花の咲く様な笑顔を見せてくれたというのに。聞きたい、とは、言葉は一体何を聞きたかったのだろうか。私から
それ以外の言葉が出てくるとでも思っているのだろうか。
「すまなかったな、お嬢様。お遊びはこの辺にしておくよ」
「ほな、明日菜、ネギ君、茶々丸、本気で頼むえ?」
喋り終わると同時に、刹那があやかの目を塞いだ。こっちでも一応、ネギ先生の魔法を見せてはいけない、という決まりは守っ
ているのか。こっちのネギ先生は、どうやら自分の保身を第一に考えているらしい<から、考えてみれば当然の話かもしれない。
明日菜と茶々丸が距離を詰めて来た。ネギは杖で上空へと昇り、呪文の詠唱に入っている。あれを使って地上の二人に誘導すれ
ば、攻撃手段になる。最も、茶々丸に当たる見込みはかなり低いが。そこまで考えて、本物の刹那から以前、明日菜のマジック
キャンセル能力について聞かされたのを思い出した。第一の作戦が潰れる。
茶々丸の高速の打拳に、ネギの射手、そして、予想外に足の速い明日菜の跳び蹴り。状況は思った以上に切迫している。
制服の袖から予備の棒金を取り出し、再び羅漢銭による攻撃を試みた。明日菜の両手足の関節に、一撃ずつ決まる。ネギは
かろうじて避けたようだが、茶々丸だけが物ともせずに迫ってくる。
「あ〜ん、なんや、まだ残ってたん? 嘘つきやなぁ」
さっきのお返しの意味もあるが、戦場で相手に『嘘つき』は通用しない。寧ろ、最後の切り札を見せてやった事に感謝して欲し
いぐらいだ。
「嘘ついた罰や。もう反撃したらあかんよ?」
「………何?」
「ウチ、嘘つきは嫌いなんよ。だから、たつみーの恥ずかしい写真、絶対撮らなアカンのよ。いいんちょがどうなってもええ
 なら、別に動いてもええけどな」
まぁ、そんな事になるだろうと予測はしていた。ここでは、常識やマナーや信じるべき事はない。そう、いわば、戦場だ。
ああ、血が騒いできた……
「痛ったたた……やったわね……」 明日菜が反撃のため、体勢を立て直す。

「龍宮さん? 龍宮さん!」 あやかがいくら叫んでも、龍宮からの返事は返ってこない。ただ、何かの衝突するような音が、
一方的になったような感じは、何となくだが、あった。「刹那さん、龍宮さんは大丈夫なんですの? 何が起こっているん
るんです!? 教えてください、刹那さん!」 刹那は口止めされているのか、何も喋らない。
「大丈夫だ……いいんちょ。何も心配する様な事はない」 弱々しい声が、僅かに聞こえた。木乃香は、何も見えていないあや
かを嘲笑うかの様に、残酷な言葉を放つ。
「たつみー、無理したらアカンよ。顔がもうボコボコになっとるやん。流石に明日菜と茶々丸のパンチ受けたら痛いやんな。
 怖いわぁ」
あやかが顔を強ばらせる。見えないという事実が、より一層、瞼の奥に残酷な情景を写し出していた。
「龍宮さん! このかさん、お願いです……もう、もうやめて下さい! 私が代わりになりますから!」
あやかの顔を覗き込んだ木乃香が、うっとりとその恐怖に歪んだ顔を眺めた。
「目ぇ隠れてるけど、その顔ええわぁ……せっちゃん、写真持ってへん?」
「申し訳、ございません……」 持っているわけがない。写真部でもなんでもないのに。
「なんや、使えへんな……」
恍惚とした表情から一変、残念そうに目を伏せた木乃香は、ポケットの中からデジカメを取り出して、刹那に見せびらかす。
「ああっ……!」
「アハハッ! う、そ、や」

鋼鉄の拳が二人分。体中を殴られ足下がフラついてきた。茶々丸と明日菜の攻勢は執拗に続く。それなのに、私は嬉しい。
別にマゾっ気があるとか、そういう事ではない、多分。本気の命のやり取りの無い生活にうんざりしていたのかもしれない。
武器は使えない。さて、どうしたものか。刹那に飛び道具は効かないし、現在の私の立ち位置からも、相当離れている。
「あや〜大丈夫かな、たつみー。意識は無くなってもうたら困るんやけどな」
「もう……やめてください……お願いですから……」 あやかの目を塞いだ刹那の手の隙間から水分が零れ落ちていた。その
水の温度を感じ取って、刹那はまた複雑な気持ちになる。
龍宮は、さっきからずっと耳鳴りを聞いていた。頭へのダメージは回避しているつもりだが、鋼の肉体に殴られてはその効果
も薄い。意識が朦朧として、体の感覚も無くなりかけてきた。再び脇腹に鋭い一撃。溢れてくる吐血を、口を固く結び、外へ
逃がすまいと必死になって堪える。唇を噛んで、更に血を増やす。
しかし、神楽坂明日菜は、面白い表情だ。無表情という名の表情。その顔は、今のこのかよりも、表しているものは多い。
そんな龍宮の視線に気が付いたのか、明日菜は困惑している。
「何笑ってんのよ……さっさと倒れなさいよ。楽に……なれるから」
気遣いは有り難いが、恥ずかしい写真を撮られるのはゴメンだった。君は知らないだろうが、こう見えても純情な乙女なんだ。
そう言いたかったが、生憎冗談を言うための口も塞がっている。
刹那のいる方向に背が向いた。目の前の茶々丸が、下からのアッパーを繰り出す。これだ、これを待っていたんだ。
両腕でガードしながら足を踏ん張り、思いきり飛ばされた振りをして後方に飛んだ。茶々丸が、予想外の相手の行動に戸惑う。
「手に掛かった重さと飛距離が不一致。自ら飛んだ模様」
龍宮は体をひねりながら、空中で方向を微修正する。自分の方向に近づいて来ると咄嗟に感じ取った刹那は、身構えて後ずさり
を始めた。しかしもう遅い。
大きく目を見開いた龍宮が、刹那の顔へ向けて、口の中に溜め込んだ血液を歯の隙間から霧状に吹き出した。
これはかわせまい。
呻き声を上げた刹那に、間髪入れずに羅漢銭で追撃を入れ、あやかの手を引いて、下り階段の方へと誘導した。
「さあ、逃げろ、いいんちょ」
「龍宮さん、もうお止めになって下さい! そんなボロボロになってまで……」
日本ではよく耳にする言葉、自己犠牲だ。これはマナーの一貫なのか、それとも、本当に何も考えていないのか。龍宮は以前
から不思議に思っていた。
「いいんちょ、よく聞け。ここはもう戦場だ。今諦めて何か変わるのか? あのクラスが元に戻るのか? 私達はどうなる。
 和泉はどうなる。日本人特有の面倒臭いやりとりで私を苛つかせる暇があるのなら、さっさと職員室にこの場所を知らせて
 来てくれた方が、まだ希望はある」
龍宮があやかの胸を強引に押し出すと、あやかは苦い顔で体の向きを変えた。流石、成績が良いだけあって、物分かりがいい。
「いいんちょ」
「な、なんでしょうか……?」
「なにやら苦い顔をしているが、苦い時にはあんみつだ。これはもう、そう決まっているんだ。この戦いが終わったら、
 奢ってくれないか? 金銭が絡まないと、どうもやる気が出なくてね」
その言葉を聞いたあやかは、どうすべきか迷って、とりあえず微笑みをもって応じた。「それぐらいなら、いくらでも」
決心してくれたのか、頬に残った涙を拭い去り、職員室へと走り出して行った。
辛い時には冗談だ。そうすれば、大概の物事はスムーズに動く。
「さて、待ってくれているという事は、逃がす気も、逃がされる気も無いんだろ?」
戦闘員四人が体勢を立て直し、厳しい目つきを一斉にこちらへ向けてきている。
「ええ覚悟や。でも、もう時間がないんよ。みんな、急いでな」
龍宮が棒金から500円玉を一枚、取り出す。幸いなことに、木乃香から攻撃を禁止された事で、まだある程度、数を残していた。
親指でそれを天高くまで弾く。地面に落ちる一瞬手前で、龍宮と刹那が動き出した。

刹那が夕凪で襲い来る。峰打ちにして遠慮が無くなっている筈なのに、以前の様な技の“きれ”は感じられなかった。だから、
それを避けるのは、戦場で銃弾の雨の中を走るよりも遙かに簡単な事に思えた。時たま500円玉で受け止めながら反撃するも、
こちらの攻撃も当たらない、という事はやはり、攻撃のみに躊躇いを感じている様だ。
「どうした、龍宮。避けるだけか」
「当てられない事を私の所為にするなよ。前までのお前なら丸腰の私に当てるなんて造作もない事だったろう。刹那よ、
 何故当たらないか分かるか?」
「うるさい奴だ……」
「迷ってるんだろ? こいつに私の剣を当ててもいいのか。私は何故剣を振るっているんだ……これは本当にお嬢様のため
 なのだろうか……」
「それ以上『お嬢様』を口に出すと、峰打ちを止めるぞ」
「困った困った。ますます避けやすくなってしまう」
しかし、避けなければならないのは刹那の夕凪だけではない。実刀のやりあいは流石に危険だと思ったのか、明日菜は私に
逃げられないため、出口を塞いでいるだけだったが、茶々丸の打拳は生きている。ネギ先生の射手は、巻き添えを考えたの
か、飛んで来なくなった。
刹那は茶々丸の協力を拒否していたが、茶々丸への命令は、木乃香か葉加瀬の言葉しか効かない様だ。何処を取っても木乃香
が中心になっている、と思うと、流石に刹那が可哀想に思えてきた。
なんでことは、まるでない。
「我が儘なお姫様を持つと、ナイトは大変だな」 太刀筋の弱々しさを見かねた龍宮が、とうとう夕凪を素手で受け止めた。
「まるで言いなりだ。いや、『まるで』でもないか」
「何が言いたい……」
夕凪を握っていた手を離し、飛んできた茶々丸の体当たりをかわす。そのままブレザーを脱いで、腕にグルグルとに巻き付け、
反対の方の手で、“来い”と告げた。
「どうせ峰打ちなんだろ? なら何もかも忘れて、昔みたいに思いっきり切り込んで来い。その方がお嬢様も喜ぶぞ?」
刹那がその言葉から、懐かしさを感じ取った。
何もかも忘れて……そうだ。昔の私は、剣術を学ぶのが楽しくて、強くなるのが楽しくて、それだけでいい成績を修める事が
できた。どうしてあの時はあんなに楽しかったんだろう。プレッシャーが無かったから? いや、違う。お嬢様を守りたいと
いう気持ちは、あの時から変わってはいない。なら何故、今の私はこんなに弱い。私が今守っている物は、一体何だ。龍宮の
質問は一体何を意味している。何故、私の稽古時代の練習みたいに、付き合ってくれているんだ。敵である筈なのに。
「そうだ。少しずつ良くなってきたじゃないか。しかし峰打ちとはいえ、痛いな」
龍宮の顔が、苦痛に歪む。
神鳴流の稽古の時に、相手が腕に頑丈に藁を巻き付けて、その手に持った武器を木刀で討ち取る練習をした事がある。
龍宮のやっている事は、正にその稽古の再現だった。

11歳の頃、稽古を積んでいたある日、道場に一人の少女を連れた男がやって来た。稽古場の皆は、道場に突然現れた浅黒い
肌の少女に目を丸くした。外国人だろうか。しかし、驚いたのはそれだけではない。
道場の一番偉い先生が、『この子の銃を討ち取ってみろ』と言ったのである。それを聞いた皆は、不安そうにその子をちら
と見ては、その手に持った銃に目が行って、顔を曇らせた。私も例外ではなかった。まさか本物ではあるまいな、と誰もが
思っていると、開始の号令が場内に響いた。
「では、桜咲刹那、前へ」
当時、道場で一番成績の良かった私が一番始めに呼ばれた。私の一番たる所以は、腕がいいというだけでなく、初めて行う
試練にも臆する事なく果敢に挑んで行ける姿勢が、他の子よりも抜きんでていた、という理由もあった。
「よっ、よろしくお願いします!」
私が挨拶しても、日本語が理解できなかったのか、その子は別に何を言うでもなく、無愛想のまま銃を持った両手をだらり
と下げたままだった。
流石に本物の銃弾は飛んで来なかったが、勢い良く発射されたBB弾が体中に当てられた。驚いた事に、その子は見事に急所
を心得ていて、数えてみると私は既に4回死んでいた。言い訳がましいが、その他の子は二桁は死んでいる者、BB弾の痛みに
耐えられずに脱落する者まで現れた。飛び道具の効かないと謳った紳鳴流をここまで苦しめる子供にみな脱帽した。この道
場でそれなりの訓練を積んできたという自負の様なものが一度に崩れ去った瞬間だった。私一人を除いては。
「強いな。あなたの名前は? ……っとあぁ、日本語は分からないのか」
その子は、無表情のまま口を開いたかと思うと、突然舌を出して、私を挑発したのである。
「弱いな、君ら。まだ鼠の方が避けるのが上手い」
「んなっ! なんだと!?」 龍宮の言葉に激昂したのは私だけではなかった。他の道場生も口々に文句を言っていたが、
龍宮は慣れているのか、全く気にした様子がない。
「飛び道具の効かない流派って聞いたから期待して来たのに。がっかりだな」
「きっ、貴様……神鳴流をバカにするのか! いいんですか、先生!? こんな事言わせておいて!」
「おいおい、困った時には先生頼りか? この国は甘い教育を受けてきた奴らばっかりだな。そんなに悔しいなら討ち取れば
 いいじゃないか」
その言葉には誰も反論出来ずに、刹那は歯ぎしりをしながら龍宮を睨み付けてやった。先生も、龍宮を連れてきた男の人も、
ただ嬉しそうに、その喧嘩の様子を眺めているだけだった。
「安心しろ。明日からも毎日来てやるから」
その日から龍宮は、本当に毎日道場に来ては、私達の稽古に参加した。取り分け、私とは稽古の時間が過ぎても夜遅くまで
手合わせをしていた。最も、それは私の我が儘で、もう一度勝負しろ、の一言を止めなかった所為なんだけれど。
「いただきます」
長期休暇中でも道場は開いているので、生徒の姿はちらほらと見えた。もっとも、私のように休日を全日程潰してまで神鳴流
道場に通う生徒は、余程やる気のある者のみに限られる。龍宮にそこまでやる気があったのかどうかは分からないが、
なんだかんだで道場の出してくれた昼食を共にしている。もしかしたら、初日に龍宮を連れてきていた男の人の頼みだった
のかも知れないが、あの日以来その人は姿を見せず、龍宮はいつも一人で道場の門を開けていた。
そんなある日、龍宮の不満が飛んで来たのは、初めて道場で昼食が出された時だった。龍宮はいつもどこかでパンか何かを
買っていたのか、初めて見るような目つきで、目の前に置かれた箸を眺めていた。しばらく箸と苦戦した後、私に向かって
突然怒鳴り出したのだ。
「何だこの食べにくい道具は。こんな物で飯が食えるわけないだろう」
「そうか、箸は持った事ないのか。ほら、こう親指と人差し指で、物をつまむ様に……」
しかし、何度挑戦しても龍宮は箸を上手く扱えずに、時間だけが過ぎていく。
「……ぁぁぁああああ!! フォークはないのか! 何でこんな扱いづらい物で喰ってるんだ! 阿呆か、お前ら!」
「人の国の文化にけちをつけるな。まぁ、日本人は器用だからな。無理だと思ったんなら、今日の昼は諦めろ」
「くそッ……こんな物っ!!」
「あっ、こらっ、手で食べるな! 行儀が悪い」
「うるさいっ! 手で喰って何が悪い! 別に死ぬ訳じゃないだろう。私はお前らみたいな潔癖とは違うんだよ!」
「何だ、言うに事欠いて自国のルールを持ち出すのか? そんなに悔しいなら練習して上手くなればいいじゃないか。
 それが龍宮の持論だろう?」
出会い頭に自分の放った言葉をそのまま返されて、龍宮はぐうの音も出ない。机に八つ当たりしたかと思うと、昼食には手
を着けずに、どこかへ消えてしまった。そのまま午後の練習にも顔を出す事はなかった。
翌日、何事も無かったかのように午前の練習に参加した龍宮が、昼食前に、ちょっと来い、と声を掛けて来た。龍宮は台所
から
箸を借りて来ると、床に落ちていたBB弾をその箸でひょいと拾い上げ、私に向かって自慢げに見せつけ、ふふん、
と鼻で笑った。
「やれば出来るじゃないか! すごいな、一日で覚えたのか?」 私は自分の事のように喜んだ。昨日から、少し言い過ぎ
たかな、と反省していたのだ。まあな、と得意げに胸を張る龍宮がもう一つ箸を取り出して、私に向かってずい、と押しつ
けてくる。
「な、何だ、これは?」
「昨日はお前の所為で昼飯が食えなかった。おまけに丸一日この練習に明け暮れたんだからな。お前にも責任がある。この
 部屋に散らばった弾を私と一緒に全部拾うまで、お前も昼めしは抜きだ」
「はぁ!?」
ただ一緒に昼食を我慢する相手が欲しかっただけだろう、とは思っても口には出さなかった。私にしてやられたのが悔し
かったのだろうか。私の言う事を聞いてくれて、龍宮が丸一日潰してまで箸を持つ練習をしていたところを想像すると、
思わず笑みが零れた。龍宮はそんな私の表情から何か察したのか、少し恥ずかしそうに顔を背けると、さっさと床に落ち
た弾を拾い始めた。
「ほら、さっさと手を動かせ。飯が不味くなるぞ」
「全く…しょうがない奴だな」
道場の先生は嬉しそうにその様子を見ていて、今考えれば、先生が龍宮を呼んだ理由がなんとなく分かる気がした。

つい無意識に陥って、刹那は自分が今何をしているのか、気付くのに時間が掛かった。気付けば龍宮は、今にも倒れてしま
いそうなふらふらとした足取りで、夕凪を危なげに受け止めていた。気付かない内に、そこまでダメージを与えていたのか。
このままでは木乃香の命令に反してしまうと、慌てて夕凪を鞘に収めた。
「やっぱり……お前は、強いよ。目にも留まらぬ速さだった……。強く……なったな」
「龍宮……私は、強くなんかない。この期に及んで、未だ迷っている。お前があの時の訓練の真似をしてくれなかったら、
 間違いなくお前に負けていた。いや、お前はそもそも、勝つ気なんてなかったんじゃないのか?」
でなければ、訓練の真似事なんて、する筈がない。
「どうかな……さて、今後の、私の命運は……お前にかかっているわけだが、お前は私を……どうしてくれるんだ……?」
龍宮の言葉に再び意識を緊張させた。そう、問題はまだ解決していない。疲労の色が最高潮に達した龍宮が、膝を折って
屋上のコンクリートの上に倒れ込んだ。
「もうそろそろええか。茶々丸、たつみー縛っといて」木乃香の嬉しそうな様子は、ご馳走を前にした子供のようにも見えた。
「や〜ん、ええ試合やったなぁ。もうすぐウチの言いなりになるんやえ。せっちゃんもわくわくせえへん?」
刹那はその言葉を否定出来ずに、ただ苦々しい顔を浮かべて静かに頷いた。茶々丸が懐からロープを取り出して、龍宮の手足
を固く縛る。
「じゃあ茶々丸、ちょっと離れとって。お疲れさん」
茶々丸が後ろ手に縛った龍宮の拳は、堅く握られていた。
龍宮は今、階段の方に体の前面を向けている。明日菜もネギも、皆階段側に集まっていて、龍宮の背中の妙な動きに気付いた
のは、倒れている龍宮の足先にいる刹那ただ一人、という事になる。その動きは、刹那には何となく理解できた。この状況で
龍宮は、何をしようとしているのか。見逃してやりたい。しかし、後で問いつめられた時に気付いてなかった事にできるだろうか。
このかがゆっくりと歩を進めている。またいつもの様な卑劣極まりない行為が始まるのだろうかと思うと、刹那は龍宮の最後
の行動に希望を託すしかなかった。私が黙っていれば、龍宮は助かるのだろうか。私はどっちの味方をするんだ。
卑しい。私は自分の保身ばかりを考えている。龍宮はこんな不利な状況を自分一人で打開しようとしているのに。自分の緩み
きった考え方に、嫌気が差す。お前は、最後まで自分一人で闘うつもりか……
このかが屈んで、龍宮に顔を近づけた。
「やっと始まったな。楽しみやろ? たつみー」
龍宮が、ブレザーを手に巻いた時に取り出していた小型ナイフで、このかを襲った。


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