屋上で何かが起きている。金属と、金属のぶつかり合う音だ。視力はいい方だが、ぼんやりと見えたのは、ライトグリーンの
髪色だろうか。柿崎は、走りながら今まで起きた出来事を頭の中でまとめる。
この世界の空気はだんだんと読めてきた。話を聞かなければならない。これは何かの悪戯なのか。たちの悪い悪夢か。
悪夢が始まった起源は、どう考えてもあやかにある。彼女に会わなくては。校舎の方へ全力疾走していると、見慣れた
青い髪が目に入る。彼女も同じように全力で走っていて、自分と同じ方向を目指している様子だった。
「本屋ちゃん? どこ行くの?」
「きっと龍宮さんが戦ってるんだと思います。早く助けに行ってあげなきゃ……」
「龍宮が!? 誰と?」
「それは分からないんですけど、でもきっと危険な目に遭ってると思うんです。今日は、そのう……あの玩具の銃も持って
 きてないし…」
二人で校舎まで全力で走った。のどかが十数メートル走っただけで息を切らしてしまったので、柿崎が手を引いてペースを
合わせる。
「本屋ちゃん、大丈夫?」
「私の事は……いいです、から……しょ、職員室に行って、助けを呼んであげてください!」
「……オーケー、分かった。私が何とかするから、本屋ちゃんは後からゆっくり来て」
柿崎は、のどかの必死の頼みを受けて手を離し、再び全速力で走った。伊達にチアの運動で鍛えている訳ではない。足の速さ
にも少しだが、自信はあった。
校舎に着いて真っ先に職員室へ入ると、偶然にも自分の探していたあやかが、何やら教員と口論を繰り広げていた。
何故か、髪が少し赤みがかっている。
「見つけた、いいんちょ……っていいんちょ!? それ……血!?」
鉄サビの匂いがして、赤みがかったように見えたのが血だという事は分かった。あやかのものではないらしいが、頭からべっ
とりと被っていて、出血した本人はかなり危険な状態の筈だ。それが原因なのか、あやかは必死の形相で何かを交渉している
様子だった。
「柿崎さん、手伝ってください! 龍宮さんが危険なんです!」
昨晩の不信な行為を問いただしている暇がない事を悟り、あやかから事情を聞いた。どうやら龍宮が集団リンチに遭っている
にも関わらず、職員は誰一人耳を貸してくれないらしい。
「取り敢えず教室に行こう。協力してくれる人がいるかもしれない。ウチのクラス格闘バカが多いし、誰か助けてくれるかも」
「今の3Aには何を期待しても無駄ですわ。あなたもよくご存じの筈でしょう。せめて、広域指導員の高畑先生でもいらっしゃ
 れば……」
今の、『ご存じ』とは、一体何の事だろうか。私なら『勿論』知っているのか、それとも『私だからこそ』知っている、という
意味なのか。その事をあやかに尋ねようとすると、ふいにあやかがその場に崩れ落ちた。やっぱり怪我をしていたのか。慌てて
あやかを抱きかかえようとする間もなく、全身に鈍い衝撃が走り、柿崎は意識を失った。

のどかは生まれて初めて、自分に限界以上の命令を出した。今程運動不足を憎んだ事はない。数メートル進んでは膝に手をつい
て呼吸を荒げ、また数メートル進む。その一連の動作を、ただひたすら繰り返す。世界樹から校舎までが、果てしなく遠い道の
りに感じられた。胸が張り裂けそうなまでに苦しい。しかし、龍宮は自分以上に苦しんでいるかも知れない。そう思うと、いつ
もと同じペースで進む事など、到底出来る筈もなかった。

夕映、ハルナ。必ず、必ず助けるから。このクラス全員、必ずみんな助けるから。

体を起こして再び前を向くと、霞んだ視界の中に誰かが屈んでいた。小さく丸まったその背中の横から、手が差し出される。
亜子だった。世界樹からここまで、追い掛けて来てくれたのだ。
「急いでるんやろ? ウチの背中に乗り。のどかの足よりは速いハズや」
「ごめんなさい、お願いします……」
大きな唾を飲んで呼吸を整え、亜子の背中に乗った。亜子は人一人乗せているにも関わらず、普段と変わりない脚力を発揮して
いる様に見えた。のどかはその足が羨ましくて、また自分の弱さを恨んだ。
みんな、こんなにいい物を持ってるのに、私はどうしてこんなに弱いんだろう。私にはネギ先生みたいに凄い魔法も使えないし、
夕映みたいに哲学的な事も言えないし、ハルナみたいに絵も上手くないし、龍宮さんみたいに強くもない。私には、何があるん
だろう……。
「着いたで」
ホールでのどかを背中から下ろした亜子は、少し気まずそうにして言った。
「あ〜、うち、ここで待っててもええかな。その……血ぃとか、ダメやねん……」
「うん、亜子は職員室の先生に話して、屋上のケンカを止めるように、言ってくれる?」
「分かったわ」
ホールの真ん中から亜子と反対方向に走り、屋上へ続く階段を昇った。一段ずつとばしながら、全力で駆け上がる。
屋上への扉は開いていた。視界が広がる。
「た、龍宮さん……龍宮さぁん!!」

『 Sacrificed sons 』
「つまり、茶々丸の教訓って訳か」 敗北、その二文字が、龍宮の頭に浮かぶ。
「ええ、そういう事になりますね。昨日の戦闘データが残っていたそうです。ですよね? ハカセさん」
ネギに尋ねられたハカセが嬉しそうに頷いた。このかを覆っていた障壁に吹き飛ばされたナイフは、既にどこかへ消えて見えな
くなってしまった。
「やっぱたつみーは油断ならんなぁ。せっちゃんが物凄い複雑な顔してるえ」
刹那の方を向こうとすると、首筋に激痛が走った。大体の想像はつく。刹那の一番大切なものに傷を付けようとしたのだ。
きっと物凄い剣幕でいることだろう。酷い傷を負わせるつもりはなかった、などという弁明は今更無意味だ。最後の賭は失敗、
相手の方が一枚上手だった。それがこの戦闘における全てだった。
戦場に於いて、敗北の先に待っているのは、拷問か死のいずれかしかない。そう教わってきた。それ以外は想像するな。それは
全て幻想だ。そんなものに甘えている奴は、真っ先に死ぬ。
覚悟は決めた。いや、本当はまだ死にたくない。私にはまだやらなければならない事がたくさんある。戦場で死にに行く奴らは
みんなそうだ。それでも茶々丸は容赦ない攻撃を浴びせかけてくる。逃げようにも、走り出そうとすると足腰に激痛を伴った。
その部分に更に打撃が入る。意識が遠のいてゆく。せめて最後に、刹那に伝えておきたかった。質問の意味を。
いいんちょは無事に逃げ延びられるだろうか。
宮崎さんは正気を保っていられるのだろうか。
そうか。何となく、この世界に潜む、敵の意志が解ってきたかもしれない。
何だ、宮崎さん……駄目じゃないか、こんな所に来たら。はやく引き返すんだ。
そう言葉にしたつもりだったが、口が動いていたのかどうか、感覚はもうなかった。




「お前のせいじゃないって……。泣くなよ」 元の世界。いつもと同じ日常。
間違ってはいない。私達にとっては。
今考えれば、ザジの予測は多分に曖昧なものだったのかも知れない。あやかを慰めようと思った、その矢先、悲しませるような
事は言いたくない。そう思い至ってもおかしくはない。それが判断ミスに繋がったのかもしれない。
教室ではネギが、昨日と記憶が食い違っている人の点呼を取っていた。
「向こうにはあの龍宮もいる。ロボ子も、厄介な本屋も、今回は味方の筈だ。大丈夫、最強のコンビじゃねぇか」
気休めでしかない事は分かっていた。裏の3Aが、何が起こるか解らないクラスである事も。
教室はいつもよりざわついている。昨晩、あやかが本屋のいる部屋を襲ったという噂が持ち上がっていたのが、その原因だ。
深夜に物音がして、ハルナが起きると、部屋にはルームメイト二人が倒れていた。医務室に運ぼうと廊下に出ると、あやかと
柿崎が倒れていたそうだ。後に夕映から、あやかに襲われた、という話を聞かされたらしい。
勿論、本人は『そんな記憶はない』と否定している。
本人でもないのに。
どうせ先生は、昨日授業をほったらかした理由についても、黙秘を貫き通すつもりだろう。
ここまで大事になっても隠す気かよ、先生。私、ちょっとは先生の事、好きになり始めてたんだぞ。ガキのくせに、秘密なんて
律儀に守ってるんじゃねぇ。
私は、自分の机に戻って頬杖をつきながら、ザジの方を見やった。俯せて、まだ泣いているのだろう。
頼むぞ、委員長。無事に帰って来てくれよ。あたしは、ザジの泣き顔なんて見たくないんだ。


7歳で銃を持たされた私の生まれた地域では、いつも紛争が絶えなかった。小さい頃から神様がどうのとか、毎日聞かされて
はいたけど、私の頭ではよく理解できなくて、食べ物をしょっちゅう盗んでは毎日のように殴られていた。その頃から親に関
する記憶はなかった。
食物の少ない地域で食物を盗んでばかりいたせいか、なにかと勘と運動神経が良かった私は、部族の持つ軍隊に目をつけられ、
子供達ばかりを集めた特殊な組織に入れられた。人を殺すための技術を徹底的に叩き込まれるための場所だった。
組織内での子供に対する扱いは酷く、いくら殺しても報酬はパン切れがいくつかと、水が少ししか貰えなかった。それでも、
功績が悪くて何も貰えない子よりは、幾分マシだった。そんな日々に転機が訪れる。
奇襲と特攻。それが私に与えられた役目だった。他の子に比べて功績は良かったし、よく生き延びていた方だった。しかし、
幸運はそう長くは続かない。成功が続けば、失敗もある。食べ物を盗む時だってそうだ。
敵のいる地域では、宗派(部族だったか?よく覚えていない)が違うらしい、という事で、目的は民間人の殲滅だった。私は
密林の中、男と女と、小さな男の子を追っていた。あと少しで追い付こうという時に、大きな方の男が立ち止まって、他の二人
に叫んだ。 「先に行け!!」
私は何が起きたのか分からず、戸惑いながら取り敢えず男に銃を構えた。男はポケットから果物ナイフを取り出すと、
こちらへ向けて更に叫ぶ。これは勝てる。楽勝だ、そう思った。
「家族には手を出すな」
家族という概念が理解できなかった私は、知らない単語に首を傾げた。興味が涌いて引き金に掛けた指の力を緩める。
「どうして、銃を、もってない?」
「戦が嫌いだからだよ。君こそ、そんな歳でどうしてこんな下らない戦なんかに参加しているんだ。どこの差し金だ?」
混乱が増した。食物を盗み、ずっと機械の様に人を殺し続けてきた私には、分からない言葉ばかりだった。争いが嫌いなら、
何故銃を持っていない。どうしてそれが果物ナイフに変わるのだ。やらなければ、やられるというのに。
「さっきの二人は、お前の仲間か?」
「違う、家族だ。君にもいるだろう?君を生んでくれた、お父さんとお母さんだよ」
私の勘は、この男は危険ではない、と告げていたので、質問を続けた。
「お父さんとお母さん、て、なに?」 男は哀しそうな目で私を見つめ返してくる。果物屋で盗みを働いた時、店の男に見つ
かって殴られている間、私の横を通りがかった人達がそんな目をしていた。
「そうか……。君も、この下らない争いの被害者なんだね。……そうだ。これから、私達は家族にならないか?」
「家族に……なる? 家族になると、何かいいことがあるのか?」
「ああ。泣きたい時に泣けるし、笑いたい時に笑える。少し貧乏で、食べ物は少ないけど、毎日銃を握って人を殺すよりは、
 ずっといい暮らしだと思うよ」
「組織のアジト以外に……休憩できる場所が、あるのか?」
「そうだ。だけど、休憩じゃない。ずっとずっと自由に生きられるんだ」
そのおじさんはナイフを手放すと、私が今まで見た事もない笑顔を向けてきた。何だか、太陽を見ているみたいで、眩しくて、
くすぐったい。おじさんが手を広げていて、私が何をすればいいのか戸惑っていると、黙って銃をどけて私を抱きしめてくれた。
悲しくもなければ、痛くもないのに、胸からいろんなものが溢れてきて泣いた。味わった事もない何かが胸一杯に広がって、
それは長い間離れていた大切なものの様に思えて、やっぱり悲しくて、胸が痛かった。
私は怖くなっておじさんを突き放した。初めて味わう感情にしては、大き過ぎて受け止めきれなかった。

次の瞬間にはもう、おじさんはピクリとも動かなくなっていた。
「何をやってる。戦士としての誇りも忘れて他部族に洗脳されたか。神には何と言い訳をするつもりだ?」
私は呆然としたまま膝建ちをしていた。人の死を初めて感じ取った瞬間だった。どれだけ人を殺しても、何も感じなかった筈な
のに、突然何かが弾けたように涙が溢れ出して、発狂して泣きじゃくった。その一声が、そこにいた部族に居場所を知らせる
きっかけとなり、大勢の敵が押し寄せてきた。
「おい、敵が来たぞ! いつまでも泣いてるんじゃない、早く銃を持て!」
私にはもう、敵味方の区別がついていなかった。そこにいる人が、戦争が、全てが憎かった。生きている意味なんていらない。
ただ、ついさっき味わった暖かさがもう一度だけ欲しくて、ひたすら撃った。駄々をこねる子供の様に、泣きながら人を殺した。
目には涙が溢れているのに、視界は一向に曇らなかった。それどころか、いつにも増してクリアーになっていく感じがする。
人の配置も、武器の場所も、地形も、敵の陣形も、全てが見えた。
飛んできた手榴弾を全て撃ち落として空中で爆発させ、煙を撒いている内に木に登って数人撃ち取る。弾が切れて、死体から
奪い取る。泣き叫びながら、ただひたすらそれを繰り返した。
混戦状態の中、誰も私を止める事ができなかった。最早被害を恐れた味方でさえも、私の命を狙っている。発砲時の衝撃に
腕が耐えきれなくなって、銃を落とした。手の感覚はとうに無くなっていて、もう持っていることさえ辛い。それでも撃ち続けた。
狙いなんてとうに定まらなくなっているのに、誰かが抱き留めてくれるまで、攻撃の手を休めたくなかった。
とうとう指が完全に機能を停止した時、敵の攻撃も完全に止んだ。撤退した訳ではない事は解っていた。
これでやっと戦争が終わる。私の戦争が。
辺りには栄養が不足したような細長い木が茂っていて、まるで木の実でも落としているかのような、ぼとぼとという落下音が
続いている。私を取り囲む、無数の手榴弾だった。もう、逃げても無駄だ。逃げたくない。もういい。
死について考えた事はなかった。撃った後、人がどこへ行くのかなんて、まるで興味が沸かなかった。しかし、それがこれから
自分の身に起こるのだ。ここよりいい場所だろうか。苦しい場所ではないだろうか。『家族』というのはあるだろうか。
最後に、さっきのおじさんの感触が味わいたくて、近くに転がっていた死体の胸に顔を埋めた。まだ暖かい。
そうか、これが人間か。
手榴弾が一斉に火を放つ様子は、見たこともないぐらい綺麗だった。



「何だ、続きは無いのか?」
頭の下に柔らかい物がある。天井には誰かの顔があった。膝枕をしながら、太陽に背を向けて日陰を作ってくれているらしい。
緩やかな風が頬を撫でると、目尻に涙が溜まっているのが分かった。
「すまんな。超が余計な買い物などしなければよかったのだが」
「何言ってるネ。同じ風景をボ〜っと眺めてるよりは有意義ヨ」
胸に誰かの重みがある。首を動かすのも億劫だったので、耳を澄ませてみると、宮崎さんのすすり泣く声だと分かった。しきり
に私の名前を呼んでは、謝っている。一体何に謝っていると言うのか。私はそっと宮崎さんの頭に手を乗せて、撫でてやった。
なんだ、また誰かに助けてもらったのか。案外弱いんだな、私は。
風は今だ、心地よい速度を守っている。
「パクティオを結ばせて貰った。少しは傷が癒えるだろう。安心しろ、唇は奪っておらん」
そういえば、脱臼したと思った肩が治っている。体を起こしてみると、背中の辺りに鈍い痛みが走ったが、擦り傷等は大分その
数を減らしていた。足下に魔法陣が描かれているのも確認できる。
「たッ、龍宮、さん……大丈夫、ですか……?」
私は小さく頷いて、前方を見やった。チャイナドレスに身を包んだ超が私達と敵との間に立って、何処で買ってきたのか、扇子
で自分の顔を扇いでいた。
「さ、ちゃっちゃと片づけるヨ。今なら両手が空いてるから、茶々丸も楽勝ネ」
「超……待ってくれないか」
立ち上がってみると、足下がぐらついて非常に不安定だったが、パクティオのおかげか体は軽かった。頭もすっきりしていて、
真っ青に澄んだ空の色が眩しい。深呼吸をして、一度頭の中を空にする。
生きろ、ということなのか。それとも私は、死という運命に二度も運命に逆らっているのか。
「ここは……私の戦場なんだ。自分でカタをつけなきゃならない」 超に向かって、というか、自分に向かってそう言った。
『この島には、欠けているものがある』小説の中の話だが、今と似たような状況だった。あの『欠けているもの』の答えは、
素敵だった。
運命か。どうでもいいな。そう空に向かって呟く。
「ケガ人は黙って休んでるがヨロシ」 呆れた顔を浮かべた超の閉じた扇子が、私の胸をトンと突いた。
それが、私の再生ボタンだった。

誰もが龍宮は倒れ込んだものだと思った。しかし、龍宮が倒れている筈の地面には誰もいない。皆自分の目を疑い、辺りを
見回していた。
「あや? いつの間に銃が無くなってる」 自分の手元を見つめた木乃香は、その銃の在処を探して、更に驚く。銃を手にした
龍宮が、ずかずかと階段脇の端の方にいる刹那に歩み寄っていたのだ。目の前に立たれ、慌てて夕凪を構えた刹那に向かって、
龍宮は言い放った。
「もう一度、だ」 刹那はその言葉の意味を理解していないようで、ただ呆然と立ち尽くしている。
「もう一回、だよ。いつも私に負けていたお前が言っていたじゃないか。たまには私が言ったっていいだろう」
刹那の記憶が呼び起こされる。龍宮はいつだって自分の挑戦を受けてくれた。何度でも、何度でも。私が諦めないために。
茶々丸が打拳を浴びせるために、高速で龍宮へと向かう。またも龍宮はいつの間にか消えていて、刹那が回避行動に移った頃
には、既に背後を取っていた。それを見た明日菜とネギが、ようやく動き始める。超は邪魔にならないようにと、のどかを引っ
掴んで、安全な場所に陣取った。
再び空気を肺一杯に吸い込んだ龍宮は、大きな伸びをして高々と叫ぶ。
「残念だったな、このか嬢。私の写真は諦めろ。私の気が変わってグラビアでも出す時まで、気長に待つんだな」
嬉しそうに口元を綻ばせた龍宮に、超とエヴァが呆れた様に微笑みを浮かべた。
「今の私には全てが見えている。茶々丸の兵装から、ネギ先生が昨日食べた物から、刹那が昨日の夜、寝る時に身に付けて
 いた寝間着の色までな」 銃を構え、戦闘の姿勢に入る。
「これで最後だ。もう一回、はないぞ」

エヴァンジェリンが驚いたのは、流れ弾が一発たりとも飛んで来なかった事である。龍宮は踊る様に攻撃を避けながら、
極めて正確にエアガンを当てていた。腰を折って上体を下げ、一足で飛び上がり、中空でしなやかに体を反転させる。
一見無駄な動きが、その実、寸分の無駄なく攻撃をかわしていた。敵の攻撃を避ける事が、踊りの真の目的であるかと思わ
せる程に。その動きは、刹那に喜びを思い出させていた。戸惑いがなくなり、あの頃のように必死で龍宮に当たりに行く。
全く当たらない斬撃。それが何故かとても嬉しくて、一層抜刀の速度を上げた。楽しさに身を任せると、口元が緩む。
本気で放った斬岩剣は、あろう事か龍宮の歯に受け止められた。上には明日菜、後ろには茶々丸が迫っている。しかし、
二人の打撃は空を切り、龍宮は夕凪と共に再び消えた。
「熱反応探知。上空……」 茶々丸が言い終わるより速く、夕凪を持った龍宮が、遙か上空より降ってくる。
太陽を背負った龍宮は、微塵も迷いのない一撃を茶々丸に振り下した。鋼鉄の擦れ合う凄まじい音と共に火花が飛び散り、
茶々丸の左肩に亀裂が入る。
「そ、そんな! 茶々丸の装甲が……」
「やれやれ……歯で刃を受け止めるとは、我ながら笑えないな」
茶々丸が動く分には全く問題のない傷だったが、龍宮が構えた銃弾を撃ち込むには十分な隙間があった。
容赦なく撃たれた弾丸に、茶々丸が遂にその機能を停止させる。

ネギも明日菜も刹那もみんなボロボロで、その様子を楽しそうに見つめる木乃香に、龍宮が歩み寄って銃を構えた。
「弁明はあるか」
「強いなぁ、たつみー。まぁ、助けがあったんは事実やけどな」
この期に及んで笑顔を浮かべているこのかに、少しばかり驚きを覚えていた。目の前に銃口を向けられて眉一つ動かさない
のは、余程肝が据わっているか、死を死とも思っていないかのどちらかである。
「しゃあない、今日は諦めるわ」
「無事に返してやるとでも思ったのか?」 脅迫のつもりで言ったが、予想通り、木乃香は笑みを崩さない。
「うん、たつみーは撃たへん。ウチには分かる。たつみー、ホントは優しいやんな」
木乃香は決して、自分が助かりたいから、とかそういう都合の良い考えでそう言った訳ではない。龍宮にはそれが分かった。
木乃香は、人を見る目があるのだ。そうでなければ、ここまで人を利用してこられる筈がない。
銃を下ろした龍宮を見て、木乃香は少しだけ残念そうに眉をひそめると、階段へと足を進めた。振り向きもせず、背中を向
けたまま、刹那に向かって言う。「せっちゃん、反省会、しよか」
刹那は小さな声で、はい、と呟くと、龍宮との別れを惜しむようにして、俯きながらこのかに付いていった。
「……楽しかったよ」 すれ違い際、龍宮が刹那の背中に、掌で喝を入れた。
「……あぁ、私もだ」
刹那を見送ると、後に残されたネギと明日菜、葉加瀬も諦めたように帰って行った。
「さて、私達も帰るか。面白いものも見れたしな」 いつまでも階段の方を眺めている龍宮を、エヴァがそう促したが、龍宮は
一向に動く気配を見せない。心配になったのどかが龍宮の方に近付くと、突然龍宮の体がぐらりと揺れ、倒れそうになった
のを、のどかが慌てて受け止める。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと疲れたけどな」
「パクティオしたとはいえ、無茶するからネ」
「まぁ、良いものが見られてよかったよ。大逆転劇だったじゃないか」
「これから、どうするんだ?」
「一度、戻って戦況を立て直す。じじぃに色々聞かなきゃならない事があるからな」
「そうか……帰れるのか。とりあえず、寝たい」
「龍宮さん……お疲れさまです……」
「ああ……ありがとう」
気のせいか、のどかが少し浮かない顔をしているように見えた。気にはなったが、今はまともに受け答えができるようにも思え
なかったため、心配事を聞くのは後にした。

屋上に静寂が訪れた。過ぎ去ってしまえば、今のは一体何だったのだろう、と思えてしまうような、空虚な思考の切れ間が訪れる。
私達は、平凡の中で生きているのだ。龍宮は、改めてそう実感した。ここは、命の奪い合いや、生きるための糧を探す代わりに、
安穏とした日々の中で、精神的ストレスの中で、人々は病み、凡庸な日常から抜け出そうとする。
彼女達は知らないのだ。心の底から笑う方法を。自分で自分を笑わせる手段を、知らないのだ。ストレスのベクトルを自分に向け、
生きる力に変える方法を。
いつか、人類は薬物に頼って笑う日が来るかもしれないな。
そんなわけない、と心の中の自分が否定する。そんなわけないじゃないか。
「……しまった……」
「どうした?」
「今日、仕事が入ってたんだった……」
龍宮が、頭を抱えて床に崩れ落ちた。




第二話  終

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