「デートじゃないデートじゃないデートじゃ……」
「刹那さん……? 大丈夫?」
「うわっ!!」
お嬢様に新宿へ服を買いに行こうと誘われたのが、つい今し方の昼休み。もうすぐ終了のチャイムが鳴る頃だった。
自分に言い聞かせていた独り言が隣の席にまで届いていた事に驚いた。驚いて机の足に自分の足をぶつけてしまった。
釘宮さんが不信がるのも無理はない。
「なんかさっきからブツブツ言ってるけど……しかも何かにやけてるし……」
「いっ、いやっ、別に、何でも……ない。です」
明らかに声が引きつっているのは自分でも分かったが、気付かないふりをした。ぶつけてしまった足をさすりながら、奇怪な
行動の丁度良い言い訳を探す。
「もしかして、デートとか?」
「ちっ違う、断じてデートなどでは!」
「わっ、分かったから、冗談だから取り敢えず刀仕舞おう、ね?」
「あ、あぁ、すいません」
何をやってるんだ私は。これじゃあ、あからさまに『そうです』と言っている様なものじゃないか。
落ち着け、私。釘宮さんが思いっきりたじろいでいるではないか。
「実は……おじょ……木乃香さんと、新宿に買い物に……」
刹那は必死に平常を装いながら、そう答えた。必死に装っている時点でもはや平常ではないのだが、本人はそれに気付いて
いない。
「何だぁ。彼氏でもいるのかと思ったのに。で、今のは何かのおまじない?」
「初めてだから何というか、緊張しちゃって……いや、別にそういう意味じゃありませんけどね」
「うん、まぁ、色々大変なのは分かったけど。なんなら協力しようか? 私、新宿なら結構行った事あるよ?」
「あ、じゃあ、お勧めのお店なんかを……」
釘宮さんは隣の席であるため、よく話し掛けられることはあったが、修学旅行以前はそれらを突っぱねてばかりいた。そのせい
で今までは遠慮がちになっていたのだが、お嬢様やネギ先生、明日菜さんなどとうち解けて以来、話し掛け易い雰囲気になった、
らしい。
その釘宮さんに教えられた店の名前をメモに取りながら、お嬢様の反応を想像してみる。
「わぁ〜、せっちゃん新宿詳しいなぁ〜。なんや、都会人みたいや。ウチ、惚れ直してしもたわぁ」
「いえいえ、これくらい……。都心に出る時は、いつでも私にご相談ください……」
「刹那さん……」
「ん? ……刹那……さん?」
「刹那さん、聞いてる?」
「ぁぁあ! はいはい、聞いてます、聞いてます」
どうしたんだ最近の私は。緩みきっているではないか。何が聞いてます聞いてます、だ。円に弁明して、もう一度話を聞き直す。
どうやら、今クラスで噂の“記憶が変わる”事件の事が気になっているらしい。ネギ先生が今朝、昨日と記憶の食い違う人の点
呼を取っていて、これは絶対に何かある、と円は睨んでいた。
私も実際その噂には関心を持たざるを得ない。なにせ、現にルームメイトが記憶違いに陥っているのだから。
「美砂が昨日のデートの事何も覚えてなくて。覚えてないどころか、デートになんか行ってない、とか言い出したの。でもね、美砂
 の携帯のメールに、昨日の待ち合わせ前とか、デート後のやりとりとしか思えない内容があって、それで美砂も不安になってる
 の。他にも何人かいるらしいじゃない? 龍宮さんもそうなんでしょ?」
「ああ……まぁ」
ネギ先生にもまだよくは分かっていないらしく、詳しい説明は聞けなかった。魔法関係である可能性が極めて高いため、迂闊に
口にする事もできない。
クラスでは、あやかが口づけをした相手がおかしくなった、という説が浮上していたが、現場を目撃したのが夕映だけである事
と、当の本人のあやか、のどか、柿崎、龍宮が口を揃えて知らない、と言っているため、クラス内での信憑性は低かった。刹那
も目撃者の一人ではあったが、噂の通り、龍宮に何を聞いてもそんな記憶はないらしく、口を噤まざるを得なかった。
何と言ってはぐらかそうか迷っていると、反対側の席に座っているのどかが突然、机の上の教科書に突っ伏した。催眠術にで
も掛けられたかのような、あまりにも唐突な倒れ方で、クラス内を見回してみると、同時にあちこちで同じ様な反応が起きていた。



昼休み終了間際、机に突伏した宮崎さんが突然起きたかと思うと、何故か目を覚まさなかったあやかを背負って廊下へと出て
行き、五時間目の授業が始まった頃、慌てて戻って来たのどかは、担当教科の先生に保健室へ行っていた、と申し開きをして
いた。
その五時間目が終わって宮崎さんに事情を聞こうとした所、授業中居眠りで三度怒られた龍宮が、憔悴しきった顔で間に割っ
て入って来た。タイミングの悪さは、この際咎めないことにする。
「刹那、頼みがある」
「……断る」
「とりあえずさ、話を聞いてみたって、罰は当たらないぞ」
「龍宮、あんみつの払い戻しの件だが、やっぱり無理だと思う」
昨晩の記憶があるかどうかの確認のために、刹那がそう言うと、龍宮が「やっぱりか」と残念そうに顔をしかめた。
「それよりさ、刹那、頼みが……」
「そんなあからさまに厄介事を背負ったような顔で頼み事など聞きたくはない。その前に、今朝から今までの話を聞かせてもら
 おうか」
「勘のいい奴だな。それはまた後でゆっくり話すよ。そんな事よりさ、刹那。今日の仕事頼まれてくれないか?」
「なっ、今日!? だっ、駄目だ! 今日ばかりは聞けない」
「何だ、お嬢様とデートか?」
「そうよ、だから邪魔しちゃ駄目だよ? 綿密に計画も練ってあるんだから」釘宮が突然、間に割って入る。
「なっ、釘宮さん!」
刹那の慌てた顔に、釘宮が楽しそうに笑った。「ごめんごめん、冗談よ冗談」
「そうか、デートなら邪魔しちゃ悪いな」
円までもが冗談に便乗した事に不満を露わにしながらも、龍宮の相談を聞いてやる。と言っても、このかとの約束を反故にする
つもりは全く無かった。
「代わりならいるだろう。最近神社に新人が入ってきたとか言っていたじゃないか。あの、京都弁で式神使いの」
「まぁ、確かにそうなんだが……まだ実力も知らないし、それに、新人にいきなり仕事を任せるっていうのも……」
「お前のプライドなど知らん。しかし、珍しいな。龍宮がそこまで疲労するなんて。そんなに大変だったのか?」
「ん……まぁ、ちょっと色々あってな。」
言いづらいのか、それとも説明するのも面倒な程の厄介事だったのか、頭を掻きながらぶっきらぼうに、龍宮はそう答えた。
「……しょうがない、新人に頼んでみるよ」
龍宮が席を去ってから、刹那は少し反省していた。龍宮はいい加減な仕事ができる人間ではない。ギャラと仕事に関しての執着
心なら、十分に理解はしているつもりだ。依頼人の信頼を裏切りたくない、あるいは私の腕を信用してくれているからこその頼み
事だったのかもしれない。
刹那は仕方ない、と思いつつも、このかとの買い物の時間を少しだけ削って救援を出してやる事にした。

五時間目の休み時間も終わりに近づいた頃、エヴァが教室に入って来た。後ろには、同じく行方知れずだった超も一緒にいた。
「刹那、宮崎、放課後に学園長室まで来い」
それだけ言うと、龍宮、千雨、ザジにも同じ事を言って自分の席に戻っていった。どうやら龍宮に事情を聞く必要はなくなった
らしい、と察する。
「珍しいね。学園長室なんて。いつもは明日菜とかこのかちゃんとかなのに。刹那さん、なんかマズイ事でもやったの?」
「いえ、別に……」
一体どんな目で私の事を見てるんだ、この人は。
銃の存在が明らかになった龍宮もこんな気分だったのだろうか。
しかし、今日は次々とお嬢様との買い物の邪魔が入る。早く話が終わってくれればいいが。

『 The glass prison 』

「ねぇ、いいんちょ」

あやかが振り向くと、辺り一面真っ白い場所の中に髪を解いた明日菜が立っていた。

  「何ですの? 明日菜さん」
  「もし……もしさ、私が変になっちゃったら……どうする?」
  「変……? 明日菜さんはいつも変ですわよ」
  「そうじゃないわよ。……私がさ、今までと全く別人みたいになって、誰かを傷付けたりしたら、いいんちょはどうする?」
  「そんなの、決まっているではありませんか。全世界の誰よりも早く、この私がひっぱたいてさしあげますわ」
  「そう……。ありがと」
  「何言ってるんですか、もう……私とあなたは、ずっと前から……」

真っ白い場所は形を変え、色彩を放ち、箱になったかと思えば、回転しながら上下左右を変え、ガラスの檻へと変貌した。
そのまま何も無い空へと落ちていった。

視界が暗くなり、ぼんやりとどこかの天井が見えてきた。胸の辺りに微かな重みが感じられる。誰かがしきりに謝っていた。
「ごめんなさい……」
「ザジ、さん……?」
「起きたか……」
あやかが上体を起こして辺りを見回した。大きな溜息を吐いた千雨と、あやかの胸の中で泣いているザジ、そして、心配そうな
顔を浮かべたしずながいた。どうやら保健室のベッドの上らしい。
「熱は無いみたいね。どうしたの? 突然倒れたらしいけど」
「私は、何故……この様な所に」
夢の余韻に浸り、ぼんやりとしていた頭に徐々に記憶が戻っていく。
「龍宮さん……龍宮さんは!? 無事なんですか?」
「ああ。多分だけど、一日経ってないのにみんな帰って来たらしい。本屋とエヴァンジェリンもいる。昨日の夜一騒動あって、
 また何人かあっちに行ったってのは分かったんだけど……」
その原因、となると、千雨も少し言いづらそうな顔になった。
「帰ってきた……? ここは、本物の真帆良学園なんですか?」
「そうだよ」
「ごめんなさい……私、いいんちょに……嘘、吐いて……。明日は大丈夫だなんて……」
あやかはザジの言いたい事を察して、自然と優しい顔つきになった。
「そんなの、ザジさんのせいではありませんわ。ザジさんは何も悪くありません」
今はみんなが無事だった、それだけでいい。そうザジに伝えると、黙って話を聞いていたしずなが口を開いた。
「あらあら、何だか不思議な話ね。本物とか、帰ってきたとか」
「あ、いえ、何でもありませんわ。それより、すぐに授業に戻らないと……」
「いや、授業はもうすぐ終わるよ。六時間目が始まる前にみんなが帰って来たから、ザジが急いで保健室に来て。ずっと付きっ
 きりだよ。全く……私まで巻き添えだし……」
「あなたは授業に出ればよかったじゃない?」
実は自分も心配だった、などという恥ずかしい事は当然言えなかったので、千雨が慌てて話題を逸らした。
「そんな事よりエヴァンジェリンが、放課後に学園長室に来いってさ」
「学園長室? 何故、学園長室なんかに……」
「さあな。でも、エヴァンジェリンが呼んでるって事はきっと重要な話なんだろ」
また水を差す様な事は言いたくない。千雨はそう思って、柿崎だけが倒れなかった事は、今は黙っている事にした。


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