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よく磨かれた日本刀は、空を切る音だけで、その切れ味を体現している。
AIに送り込まれたデータから、刹那の技の軌道は何とか読める。視覚に映り込まないのは痛手だが、2〜3メートルの距離を保
ちつつ、先読みして動けばかわせないこともない。後は攻撃を喰らわないように気を付けながら、楓から逃げ回っている美空が
符を向けてくれるのを待つだけ。
「桜咲さん……マスターは今、どこにいるのですか」
「またそんな小細工で私に隙を作ろうと言うのですか。残念ながら、その手には乗りません」
「これは純粋な質問です。桜咲さんならご存じでしょう。マスターは今、何をされているんですか」
一瞬、攻撃の手が緩んだ。やはり、何らかの情報を持っているに違いない。頭の中で、のどかに刹那の頭の中を覗くよう頼
んでみる。暫くして、のどかからの返答があった。
【読まれている事に気付いているみたいで、精神に防御が掛かっています。ただ、“図書館島”という言葉だけは読めました。
……ごめんなさい、私はこの事については聞かされてないんです】
「そうですか……ありがとうございます」
本当は、今すぐにでも主人を助けに行きたかった。いくら数百年生きているとはいえ、もしかしたら何かの罠にはまって、どこか
に監禁されているかも知れない。何者かによって傷付けられているかも知れない。そんな時、真っ先に助けに行くのは、この私
しかいない。
計算の範囲外からの斬撃。左腕部に被弾。シルクの艶を放つ、放熱用の髪が数本、はらはらと地面に落ちた。
【茶々丸さん、気をつけて! この闘いが終わったら一緒に行きましょう。図書館島に。みんなで行けば、きっと助けられます。
だから、今は……今は……】
「宮崎さん……本当に、ありがとうございます。ですが……申し訳有りません。もうお気付きかとは思いますが……」
安易な打撃では、最早彼女を止める事はできない。気で強化された肉体は、たった一発の打撃で仕留められる程、脆くはない。
ミサイルの残りはゼロ。予備エネルギーゼロ。レーザーも撃てない。
すると、投げ技に絞られる事になるが、これもただ相手を投げるだけでは、羽根を持つ刹那には回避方が残されている。
残る選択肢は一つ。空中で相手の身体を離さず、自分の身体ごと地面に激突させる。
『 The Crimson Sunset 』
【駄目です! そんな……。一発ずつ確実に攻撃を当てていけば……】
「一か八かではいけません。それは、あなたも既に理解している筈です。それに、もう何度、符による偽装が上手くいくとも限ら
ないのですから。……私は、マスターを救いたい。ですが、今、目の前にある約束を破る訳にはいきません。私は、確率でク
ラスメートを見捨てる訳にはいかないのです」
美空がこちらに向かって来ている。同時に、西の空には、雲の切れ間に真っ赤な夕日が顔を出し始めた。まだ楓が残っていた
が、楓を打ち破る方法は、のどかと千草が持ち合わせていた。自分の目的は、刹那の完全な戦闘不能状態。刹那と同時に地
面に激突すれば、いくら気で強化された刹那の肉体といえど、無事では済まないだろう。
そしてそれは同時に、気で強化する事のできない機械の身体もまた、無事では済まない事を意味していた。本当は、自分の手
でマスターを救いたい。それこそ、確率で人に任せてはいけないという事も分かっている。
しかし今、私が信じるべきは、友。もう一度心の中で、主人を助けに行けない事を悔やみ、謝罪した。
頭の上を美空が猛スピードで通り過ぎた。刹那もそれに気付いたようで、茶々丸に隙を作らないよう、視覚内に二人同時に捉
えられる向きに身体を構えた。茶々丸はその場で真っ直ぐに立ったまま、刹那の方をただじっと見つめていた。
刹那の誤算は、同時に二人を捉えようとした事で、自分一人だけが西側を向いてしまった事にあった。そのため、太陽に背を
向けていた茶々丸は視界を奪われず、且つ、背後からは符の援護という、絶好の状況が出来上がっていた。
美空の掛け声と同時に、投げつけられた符。西側から来たため、太陽の眩しさに気を取られて、一瞬、刹那が確認を取るのが
遅れた。その刹那に、水分を含み、投げる事ができる程の重さを持った符が、頭の上から降りかかる。刹那は隙を作るまいと
必死に符を切り落とすが、その度に符からは米粒ほどの大きさの雨水が舞い散り、刹那の視界を狭めていった。
地面を蹴って加速した茶々丸が、刹那にガッチリと組み付く。そのまま腕、足を取り、刹那の動きを完全に封じると、再び大地
を蹴って垂直に飛び上がり、刹那を上空へと連れて行った。
降りしきっていた豪雨は姿を消し、オレンジ色に照らされていた二人は、降下を始めた。
茶々丸の体の中に捉えられた刹那が、茶々丸の腕を引き剥がそうと身悶えしながら叫んだ。
「茶々丸さん、こんな事をしたら、あなたもただでは済まされない!」
「承知の上です。しかし、私はマスターを、みなさんを見捨てる訳にはいかない。私は今、この時、ここで、あなたを止めなけれ
ばならないのです」
刹那の持つ純白の羽根が、風圧によって一枚ずつ剥がれていく。夕日が作り出した二人のシルエットの軌道を追うようにして、
その羽根は後からゆっくりと地上への道を降りていった。
「刹那さん……あなたならもう、理解している筈です。あなたの本当に大切なものを」
前日の龍宮もその質問を刹那にぶつけていた。その答えを探る度に刹那は悩み、既に見えている答えと、逆らえない現実に矛
盾を感じていた。そう、答えはもう出ている。なのに、選べない。
「刹那さん、お願いがあります。……私はきっと、この衝突によって、少なからず脳に影響を残します。そうなった時にもし、あな
たが無事なら……マスターを……、彼女達と一緒に、マスターを……救って頂けないでしょうか」
この位置から地面に叩きつけられれば、いくら気を纏っていようと、そうそう無事に助かるものではない。何故この状況で、そん
な無茶な望みを残すのか。私がいなくても、桜咲刹那はもう一人いるというのに。
地面まで残り僅か20メートル。私は死ぬだろうか。
地面まで残り僅か20メートル。私は死ぬだろうか。
結局、私は何もできず、クラスメートを見捨てるだけの結果に終わるのか。
機械に死は訪れるのか。私が量産され、同じAIを持った私が現れた時、私の存在はなくなるのか。
私はお嬢様に何をしてやれたというのだ。ただ命令に従っていただけの私が。
私はマスターを救えたのか。当てもない可能性に賭け、誰かに頼った私が。
もう少しだけ、生きていたかった。
もう少しだけ、生きていたかった。
地面を目前にした時、茶々丸が腕を放し、刹那を体から突き放した。
落下した鋼が地面とぶつかり合い、凄まじい音と共に金属の破片が飛び散ると、10メートル程の高さにまで泥土が舞い上がった。
辺りにはただ、数人の茶々丸を呼ぶ叫び声と、豪雨が止んだ後の静けさだけが残った。
*
のどかが茶々丸の名前を叫びながら、落下地点へと走り出した。後を追うようにして柿崎と亜子も立ち上がり、芝生の緑色が欠
けた地点を目指す。
大きく穴の開いた直径4メートル程の地面に、アンテナが折れ、右肩が外れ、関節が反対側に曲がった茶々丸が小さく収まって
いた。茶々丸の上体を抱き上げ、半壊した頭に向かって呼び掛けるも、返答はない。
「葉加瀬さん!! 茶々丸さんが……! 茶々丸さんが……!!」
慌てて駆け寄った葉加瀬も、茶々丸の惨状を見て声を失った。
「ひどい……こんな……」
何か言いたかったけれども、言葉が最後まで出てこない。
一体誰がこんな結果を望んだのか。中学生同士の喧嘩で、何故こんな惨状を目の当たりにしなければならないのか。そんな思
いの渦巻く中、夕焼けに覆われた広場には、ただ啜り泣く声ばかりが反響していた。
落下を免れた刹那は、茫然自失になりながらも、たった今起こった出来事を頭の中で整理しようとした。
茶々丸は自分に、最後にして最大のダメージを与えるため、空中まで連れて行った。そして、地面手前、残り数メートルの所で
体が自由になったかと思うと、胸に突き飛ばされる衝撃があった。
地面との衝突から逃れ、激しい轟音が聞こえたかと思うと、地面には大きな穴が開いていて……。
なぜ……。
私を仕留めなければ、皆を助けられない事ぐらい理解している筈なのに。なぜ茶々丸さんは、私を助けたのだ。
茶々丸が自分を突き放す直前、彼女から聞こえた最後の言葉を反芻する。
「私は、あなたを、信じます」
それは、茶々丸自身が言ったという確信はないが、とにかく、彼女の心の中から聞こえた。
「信じることとは何か、ほんの少しだけ、解ったような気がします」
茶々丸の腕は何故か暖かく、母親に抱かれているような気さえした。
突き放された時、自律を促されているかのような厳しさを感じ取った。
常にこちら側にいるとは限らないもう一人の刹那では、主人を救える確証が持てない。そして何より、私の心を信じてくれた。
力ではなく、人の心を信じた。機械が人の心に憧れを抱く様に。
「茶々丸さん!!」
のどかと一緒に半壊した茶々丸を抱きしめながら、何度も謝った。
自分の心に決定的に欠けていたのは、不覚にもガードを緩めてしまっていた、自分の信じた正義感。自分は木乃香の護衛であ
って、召使いであってはならない。自分の存在意義が薄れてしまうのが怖くて、木乃香に従う事でそれが守られると、勝手に自
分を納得させていた。
一番に守らなければならないのは自分の心であって、存在意義ではない。だが、それに気付くには、少しばかり遅過ぎた。
心の中で自分が最も大切にしていた物を取り戻したのどかと刹那は、また暫く自分を責め、哀しみを少しでも薄めるために涙を
流し、半壊した友をこれ以上壊す程強く、抱きしめた。
*
「うちの勝ちやな」
いつの間にか背後に立っていた木乃香が、たたんだ傘を肩に乗せ、腕をぶら下げながら言った。何をもって勝ちとするか、そ
れは自分だけが理解しているとでも言わんばかりの、勝ち誇った笑みで、楓に声をかける。
「もう大丈夫やろ。もう、せっちゃんがどっちに付こうと、勝てるえ。みんなを捕らえてや」
自信たっぷりに言うその言葉には最早、誰かが自分を裏切るという疑いなど、欠片も抱いてはいない。
木乃香の言葉を聞いて、たった今、重要な立ち位置に立たされた楓が頭を抱えた。自分は自分の約束を果たせれば、それで
構わない。たとえそれで誰が傷付こうとも、自分は関与しない。そう心に決めた筈だった。
風香が失った体の一部が、それで元に戻るのなら。
「楓……。もういいでしょ……」
うっすらと涙ぐんだ美空が、思考に割って入ってくる。
「もう、分かるじゃん……。嘘だよ、全部。木乃香の魔力で風香の体が元に戻るだなんて」
楓が最後に賭けていた望み。それは、木乃香の魔力だった。風香の体の事を聞かされた後、希望を無くし、打ちひしがれてい
た自分の元に入った情報。
回復魔法に出来るのはあくまでも“修復”であって、無くなった体の一部を取り戻す事は、いくら回復魔法といえど不可能であり、
それは最早“人体召喚・錬成”の域にある。現在、それを可能な程の魔力を持った者は、裏の社会にはいなかった。
たった一人を除いて。それが、木乃香である。そう聞かされていた。
「何が……何が、嘘、なんでござるか……。木乃香殿が今から必死に魔法の勉強をして、風香殿の体を治すことでござるか……
それとも……風香殿の体が……治ることで、ござるか……」
震える声でそう尋ねてくる楓の質問に、美空は答えることが出来なかった。
楓の希望を今ここで断ち切れば、この場は収まる。しかしその言葉は、美空にも、楓にとっても余りに重く、冷たい現実だった。
「嘘です……。なにもかも……全部、私の作ったデタラメです! 楓さんを“駒”にするための……。楓さんを味方に引き入れる
には……それが、一番、手っ取り早かったから……」
「そうで……ござるか。それで、今度は、手っ取り早く拙者を味方に引き入れるために、そんな事を……言うので、ござるな……
ハハ……もう、その手には、乗らんで、ござるよ……」
のどかが言葉を失うと、楓が地面に膝を突いて、力無く崩れ落ちた。
皆が皆、既に答えの出ている問題に頭を悩ませ、その答えを知った時、自分に大きく落胆する。楓もまた、分かっていた。ずる
賢い者の嘘に遊ばれ、自分はただ利用されているだけだと。しかし、現実を受け入れるよりは、儚い希望に自分を託し、必死に
動き回る方が、相手のためになると信じていた。
だが、それは間違っていた。自分は頭を使って敵を上回る事から逃げていた。誰かの命令に従っている方が楽だから。自分を
納得させられるから。本当は、風香の体がああなる前に、風香を連れて逃げ出す手段はいくらでもあった筈なのに。
のどかがこの戦局を頭脳一つで乗り切ったように。
これは罰だ。安易な方向へと逃げた自分への、生涯、人を救えなかった苦しみに溺れろという、罰。
「ハハ……ハハハ……拙者、やっぱり馬鹿でござるなぁ……ハハ……うっ……ぐっ……ハッ……ハハ……」
つまらなそうに楓の泣き顔を暫く見つめていたこのかが、景色に見飽きた子供のように傘をブンブンと振り回し、それにも飽き
ると、教会の方向へと去ってしまった。この騒ぎの張本人であるのに、誰一人として彼女を追う者はいなかった。
今は木乃香を追ってもどうにもならない。捕まえたところで、根本的な問題は何も解決しない。皆がそれぞれ、自分の内にある
哀しみを癒すので精一杯だった。
だから、亜子の頭部に銃が突き付けられるまで、誰も龍宮の動きには気付かなかった。
*
「感傷に浸っている所、悪いな。こっちは仕事なんだ。金は既に振り込まれている。これはもう嘘のつきようがない。そうだろ?」
刹那を肩に背負った千草が、可哀想な者を見る目で龍宮の方に一瞥をくれると、一言言い放った。
「龍宮はん、残念やけど、アンタの負けどす。もう勝負は決しましたさかいに、無駄な足掻きはやめときなはれ」
「ハッ! この状況で何が残されている。もう声出しの符は効かないぞ。貴様らが妙な動きをした瞬間、私はこいつの頭を撃ち
抜ける」
そう叫びつつも、龍宮の中には不安が広がっていった。はったりにしては、態度が落ち着き過ぎている。あれは、本当に勝ちを
確信した者の目だ。
まさか。
敵に気を配りながら足下を確認するが、そこにはただ、雨に濡れ、自分の放った銃弾によって穴を開けられた符が散乱してい
るだけだった。それとも、自分の目で確認できない場所にまだ符が落ちているのか。
しかし、例え攻撃用符だったとして、それでは今人質に取っている亜子の身にまで危険が及んでしまう。ではやはり声出しの符
か、あるいは、別の何かか。いずれにせよ、私から亜子の体を引き離さなければ、救出にはならない。そうなる前に相手の身を
拘束してしまえば、全てが終わる。
「楓、早くこいつらの身を縛れ」
そう怒鳴りつけたが、楓は地面に崩れ落ちたまま一向に動く気配を見せない。頭の中で楓を罵ってはみたが、それはイライラを
余計に募らせるだけだった。立ち直りを待ってやる程、体力の余裕は残されていない。
「おい、楓! まさか本当に寝返った訳じゃないだろう。さっさとこいつらの体を縛れ、と言っているんだ」
「無駄どすえ、龍宮はん。アンタは絶対に後ろを振り向く。そうなったら、その隙を突いて楓はんが全部終わらせてくれはります」
ほんの僅かだが、地面に伏した楓が顔を上げた。たった今、与えられた自分の役割を再確認するように。
のどかが楓の頭を読んで、私に楯突く事が分かったのか。しかしのどかは、真相を告げてから一度も本を開いていない。
さっきの、今突然聞かされた、と言わんばかりの楓の反応は何だ。まるで始めて知ったかの様な。これこそハッタリに違いない。
この期に及んでまだ一か八かに賭けているのか。馬鹿め。
しかしそう考えた時、首筋にひやりとした感触が走った。間違いない、刃物だ。だが刹那は二人共確認できる。視界内に確認
できるのは、今だに茶々丸の胸に顔を埋めて泣いているのどか、葉加瀬、そして、少し離れた所に柿崎。ギリギリ視界の端に
立っている美空、数メートル先に刹那を肩に背負った千草、今自分が銃を突き付けている亜子。敵は全員確認できる。
味方も、倒れている超、古。そして、楓……
明日菜が見えない。
まさか、明日菜? いや、そんな筈はない。一体どんな理由があって、今ここで明日菜が私を裏切る必要がある。
しかし、明日菜はアーティファクトに刃物を持っている。
まさか。そんな馬鹿な。
「おい、貴様。その刃物を手放せ。5秒以内に離さなければ、こいつの頭を撃ち抜く」
後ろにいる何者かに声を掛けたが、何も反応がない。もし明日菜ならば、この人質は意味を成さなくなってしまう。
いや、それでは刹那達が困るだろう。私がカウントを終わらせる前に、何らかの行動には出る筈だ。
「5……4……」
私は今、敵に背を向けている。ひょっとしたら、私がカウントを終える前に敵がその刃を振り下ろす事もないとは言い切れない。
少なくとも、私に刃を向けているということは、私に敵意があると見て間違いない。その方法も十分にあり得る。
「3……」
だとしたら、どこで振り下ろす。いや、待て。騙されてはいないか。千草が楓に声を掛けたのが、私を惑わすための布石だとし
たら。
「2……」
その疑心は……いや、ここでの勝ちは、自分の生と、果たして釣り合うものであろうか。
龍宮が亜子を手放して間合いを取り、後ろにいる相手に銃を突き付けた。
*
最早無駄な抵抗だ。既にこちらが勝ったのは、千草だけでなく、味方全員が承知していた。
風障壁の中で一度、のどか達を覆っている防護陣を解き、式神の札を4人全員に渡しておいた。後は、万一防護陣が破られ、
中にいる誰かが人質に取られたとしても、ポケットに仕込ませておいた式神の札をこっそり地面に放ち、現れたちび刹那が相
手の首筋に刃物を突き付けて相手の警戒を誘い、隙ができた所を狙えばいい。まさか捕らえた人質がそんな形で抵抗を示す
とは、敵も考えない。まさに、灯台もと暗し、というやつだ。
防護陣を解いた後に人質に取られるとは予想していなかったけれども、これは4人全員が札を持っていれば問題ない。実際、
龍宮が今、見事に引っ掛かってくれた事がその応用性を示してくれた。
本当は、この時点で隙のできた相手に一撃を与えるのは刹那の役目だったのだが、刹那が憔悴しきった今、その役目は楓が
受け持ってくれる、と聞いた。どうやらあの宮崎という娘は、楓がこちら側に付く事が分かったらしい。
刹那を肩に背負った時、頭の中で聞いたその言葉は、敵を簡単に信用し過ぎではないか、とも思ったが、のどかの頭を通して
聞こえてくる楓の言葉を聞いて、安心した。
最ものどかは、アーティファクトを使わなければ、まだそこまで相手を信用しきれない事を悔いてはいたが。
カウントを取り始めた龍宮の方を、改めて振り向いた。敵の最後ぐらい見届けてやろう。
中学生にしてああまで銃を扱える者は、どんな闘いの最後を遂げるのか。
「3……」
龍宮の方に顔を向けると、肩に背負っている刹那の表情に、妙なものを感じた。何か、途轍もない異常事態を告げているかの
ような。視線の後を追って龍宮の方を向いたが、何がおかしいのか全く分からない。
「2……」
視界がぼやけていると思ったら、掛けていた眼鏡がズレていることに気付いた。眼鏡の位置を直して、もう一度龍宮の方を確認
する。
そういえば、龍宮の首筋から延びている剣には、どこか見覚えがある。さして遠い記憶ではない。言うなれば、つい先程。
そこでようやく、異常事態の正体が見えた。ちび刹那が何者かによって掴まれ、口を塞がれている。
カウントが終わり、龍宮が亜子を手離して、距離を取った。
しかし、その時にはもう、後ろにいた者は龍宮の右腕に分厚い剣を押し当て、振り抜いていた。
銃を構えた龍宮の腕から血飛沫が上がる。
「ごめんね、龍宮さん。私、アンタのこと嫌いなの」
剣を収めた明日菜は、どこへ向かうつもりなのか、全速力で走り出していた。
第3話 のどかの起爆装置 終
インターヴァル3
土曜の朝、明日菜が新聞配達を終えて寮の自室に戻ると、制服姿の木乃香が朝食を作っていた。
エヴァ宅から一度寮に戻って各々学校へ行く支度をしなければならなかったため、流石に朝食まで悠長にエヴァ宅で食べてい
る暇はなかった。
手を洗ってテーブルの前に座ると、丁度トースターが甲高い音を上げてパンが焼き上がった事を知らせてくれた。それと同時に、
フライパンでハムエッグを焼き終えた木乃香が、皿に盛りつけをして明日菜の正面に座った。
朝の気温もそろそろ暑さを帯び始めた季節、コップの中からの湯気が無くなった代わりに、ハムと卵の香ばしい香りが鼻孔を刺
激してくる。
「せっちゃん、大丈夫やろか……」
食パンにバターを塗り付けながら、木乃香が心配そうな声色で呟いた。
余程腹を空かしていたのか、ハムエッグを乗せたパンを既に半分程口に含みながら明日菜が答える。
「らいょうぶよ。刹那さん滅茶苦茶強いんだから。本気になったら修学旅行で襲ってきたあの人にだって、一瞬で勝てちゃうのよ」
「……せやなぁ。大丈夫やん、な。せっちゃんやもんな」
不安を隠せない様子で木乃香が笑う。そりゃあ、不安だろう。久々に仲を取り戻した親友が、危険に晒されているのだから。
しかも、相手にしているのは木乃香と、その仲間である、自分。
以前ネギが言っていた、こっち(魔法)の世界には危険がたくさんある、と言った言葉を思い出した。確かに、現実にある犯罪
などとは質を異にしていて、目的のはっきりしない、底の見えない怖さがある。いくら10歳とはいえ、心配する側の気持ちが少
しだけ理解できた。もし自分がネギと逆の立場だったのなら、絶対に裏社会に誘い込んだりはしない。
「そういえば、ネギは?」
「なんやエヴァちゃんと話があるからて、エヴァちゃん家で食べてくるってゆうてたよ」
それでもやはり、取り残された時の孤独感はあった。魔法使い同士の込み入った話、そこにはまだ、自分は入れてはもらえない。
「……ったく、一般人は置き去りでふか……」
「フフ……明日菜、頬が膨らんどるよ」
食べ物を詰めているからなのか、それとも本当に膨れているからなのか分からず、木乃香が小さく笑った。
支度を整えると、二人で暫く無言でテレビに見入っていたが、特に興味を引くニュースはなく、内容はあまり入ってこなかった。
何かないかと明日菜が話題を探していると、唐突に木乃香が口を開いた。
「うちらは、大丈夫やよな」
「……へ?」
不意打ちの様に突然だったので話の内容が聞き取れず、明日菜が聞き返す。
「うちらは、いじめなんかに負けへんよな……。周りに流されたり、せえへんよな」
「当ったり前じゃない。例え相手がどんなに強かろうと、私は負けないし、木乃香だってそうでしょ?」
「う、うん……そうや、そうやね。大丈夫やんね」
明日菜は満面の笑みを作って、木乃香の不安を吹き飛ばそうとした。恐らく木乃香は、刹那が敵対した時の事を考えているの
だろう。朝倉の言う通り、脳天気な人間が多い今の3-Aは、いじめとは縁遠い所にいる。
不安になるのも自然な事だ。でも、大丈夫。きっと、わずかな勇気は何よりも強い力になってくれる。
明日菜の心はそんな自身に満ち溢れていたが、事態はもう少し複雑なものに捻り取られようとしていた。
この時の木乃香の不安は明日菜の予想とは別の所にあり、もう少しして明日菜はそれを思い知らされる事になる。そして、現時
点でその複雑化した事態に気付き始めているのは、超鈴音と朝倉和美、ただ二人しかいなかった。
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