「おい、じじぃ。当然、この件に関する補償は出るんだろうな」
学園長専用の椅子を乗っ取って、テーブルの上に堂々と足を乗せたエヴァが、学園長を睨み付ける。叱られた子供の様に、
エヴァの前に立たされている学園長は、これからの対応に頭を悩ませていた。
「そんなに怖い顔せんでも。……儂のせいじゃないんだけどのう……まぁ確かに、生徒に解決させるには余りに内容が大き
 過ぎる。それなりの対応は考えるつもりじゃよ」
「当たり前だ! 無償でこんな事やってられるか。……それにしても、魔法の守秘だなどと甘い事も言ってられなくなったぞ。
 後の記憶処理に関してはどうでもいいが、解決するまでの間は一般人に対するある程度の情報の提示は致し方あるまい。
 何も知らずにあんな所へ行くのは相当なストレスになるだろうしな。敵の目的も曖昧な今、こちらは出来る限り地盤を固めて
 おいた方がいい。幸い向こうの奴らは、今だ魔法に関する情報は知らされていないらしい。魔法の事をバラすと脅せば、少
 なくともネギは大人しくなるだろう。向こうのネギもオコジョになるのは嫌だろうからな」
「確かにそうなんじゃが……」
言いかけた所に、ドアをノックする音が室内に響いた。授業を終えた龍宮、刹那、このか、明日菜、あやか、のどか、千雨、
ザジ、そして少し遅れてネギが入って来た。
「来たか。じじぃ、お前が説明しろ」
学園長が皆の方向に向き直り、諦めた様に重い口を開いて説明を始めた。
「さて……みんな。今まで大変だったじゃろう。今はきっと、どんな労いの言葉も当てはまらんと思う。しかし、問題は今だ山積
 みなんじゃ。ここからが踏ん張り所になる。それを踏まえた上で、これから話す事に耳を貸して欲しいんじゃ。知らない者に
 は少し、現実味が無くて困惑するやもしれんがのう」
学園長がぽつぽつと重い口を開き、現実の歴史を絡め、今現在、社会の裏側にある魔法関連の事実を、ゆっくりと話し始めた。
ネギは、子供の頃からずっと堅く守るように言われ続けてきた秘密をここまで大っぴらに話してしまうという状況に、緊張を隠せ
なかった。途中、ネギが魔法使いであることが判明した折、あやかがネギに飛びつこうとしたところに明日菜の跳び蹴りが入り
つつ説明は進み、千雨からは呆れとも諦めともつかない溜息が漏れた頃、話に区切りがついた。
待ちかねたようにして、最初に口を開いたのはあやかだった。
「明日菜さん! なぜこのような大事なことを黙ってらっしゃったのですか! この薄情者!」
「しょうがないでしょ! ネギがオコジョになってもいいの?」
「何故あなただけが……ネギ先生と、二人っきりの秘密を……嗚呼、二人っきりの秘密だなんて……」
あやかの周りに出現した薔薇を掻き分けつつ明日菜が飛びかかりそうなのを木乃香が押さえ、緊張した空気はそれとなく解け
ていった。
「二人とも、落ち着いてぇなぁ」
「ふぉふぉ……明るいのは良いことじゃよ。これからはその明るさが大事な要素になってくるからの」
「おいおい、勘弁してくれよ……ファンタジーの世界は画面の中だけで十分だっつの。おかしいと思ってたんだよなぁ……ロボ
 やら留学生やら、銃やら剣持った奴やら、忍者までいるし……」
「うむ、それが普通の反応じゃ。絶対に知られてはいけない事じゃからの。しかし、宮崎さんはもう知ってしまっていたようじゃな。
 イカンよ、ネギ君、秘密はしっかり守らんとな」
「はい……すいません……」
本当はもっとバレている人がいる事を知っていたのどかは、これ以上ネギ先生が怒られないように、と気を利かせて先の話を
促した。
「それで……今、何が起こってるんでしょうか……」
話が本題に入ったことに気付いたのか、暴れていた明日菜とあやかが真剣な表情に戻した。
「明日菜君に刹那君にこのか、偽物の3A内で陰湿な虐めが起こっている事までは理解できたかな?」
陰湿で済むような内容ではない、とあやかは思ったが、あえて説明したいとは思わなかったし、明日菜と木乃香が不安そうな
顔色を浮かべていたので、黙っていることにした。
偽物といえど、自分が加害者になっている、などという話は、流石に気分の良いものではない。
「うちが誰かを虐めてるなんて、信じられへんわ……」
「このかは何も悪くないわよ。あくまで偽物の話なんだから」
「そうです。お嬢様は何も悪くありません……ってさっきから聞いてるのか、龍宮」
「……んぁ?」
座りながら話を聞いていた筈の龍宮が、刹那に肩を小突かれて居眠りから覚めた。これでは授業と変わらないじゃないか、と
刹那が溜息を吐く。
「龍宮君は疲れたじゃろ。話は後で刹那君に聞くとして、今日はもう帰ってゆっくり休みなさい」
「そう……させてもらいます」
学園長が龍宮の頭に手を乗せて呪文を唱え始めた。二人の体が仄かに青白く光り出すと、魔法の事を初めて知ったメンバー
は、興味深そうにその様子を見つめていた。

「つまりは、大戦時に作られた対魔法使い用の兵器じゃな。まぁ、遊びでやった事とは思うが、恐らくはザジ君の口づけが最初
じゃろう」
その事自体ザジ本人は理解していたのだが、改めて自分が引き金であることを告げられると、落ち込まずにはいられない。
「……やっぱり……私の……せいで」
「まぁまぁ、そう落ち込む事もない。“発症”が最初、というだけであって、感染したの原因は別にあるかもしれん。それならむし
 ろ良いことじゃよ。このまま気付かずに何年にも渡って感染者を増やさずに済んだんじゃからの。原因が解ればそれは凄い
 お手柄なんじゃよ。それに見てみなさい。誰もザジ君を責める子なんておらんよ。そんな子がいたら、偽物の世界なんて作る
 必要はないじゃろうて」
「そうよ。誰もザジちゃんを責めたりなんかしないわよ」
皆も明日菜の意見には同意を示した。しかし、それでもザジは心苦しいのか、伏せた顔を上げようとはしなかった。
「さて、大体の話の概要は分かったかの」
「つまり、あのクラスを元に戻すには、虐めを止め、恐らく今茶々丸さんに取り憑いている大元の力を弱めればいい、という事
 ですのね?」
「ウム、そういう事じゃ」
「元の3Aに近づけるんだったら、今の3A全員を向こうに移せばいいじゃないですか」
のどかは千雨と同じ疑問を持っていた。これだけ事態が判明しているにしては、魔法界の反応は遅い。
「ところがそう上手くはいかんのじゃよ。元の3Aに近づけると言っても、即効性がある訳じゃあなくての。敵の作り上げたコピー
 の世界を壊した上で、徐々に敵の力を弱めていかなければならん。憎しみとか、苦しみとか、まぁ脳波なんじゃが、それが敵
 の餌なんじゃよ。つまり、大元が餓死寸前になるまで待たなければならん、という事じゃな……」
「……どうか、しましたか?」
学園長は少しだけ俯いて、先の話を渋った。ここで皆を不安にさせる様な話をすべきだろうか、とためらいを見せる。
そんな懸念も意に介さず、エヴァが先を続けた。
「そんな所で渋ってもしょうがないだろう。今までは既存の敵の話だ。だが今回は違う。今までの無軌道な動きとは違って、敵は
 明確な意志を持っているかのように、この3Aに的を絞ってきている。その上、単体とも限らない。そして中核でなくとも感染者
 を操れる、という特徴を持っている。昨晩の委員長の暴走がそれだ。ここにいる感染者がいつ誰を襲うとも分からん」
「そんな……!」木乃香が驚きの声を上げる。「それやったら、今晩はみんなでエヴァちゃんの家に泊まるしかないって事なん?」
「おい、ちょっと待て貴様何でそうなる」
「フゥム……そういう事になるのう……」
「なるのう、じゃないだろじじい。なに勝手に話に乗ってるんだ。それに木乃香、お前は関係ないだろう」
「仕方ありませんわね……」
「ホームページの更新が……」
「人の話を聞けお前ら!」次々と上がる身勝手な声を制止するが、最早誰も自分の話を聞いていない。
「あの……ちょっといいですか?」
ネギが不安そうに辺りをキョロキョロ見回しながら、誰にともなく尋ねた。
「何かな、ネギ君?」
「今朝、昨日と記憶が違う人の点呼を取ったんですけど、宮崎さん、龍宮さん、いいんちょさんと、その……柿崎さんが、それに
 該当したんです……」
その言葉を聞いてのどかが絶句した。同時に、エヴァの舌打ちと溜息が漏れる。
「仕方ない……刹那、行けるか」
予定が潰れた事に、刹那は落胆の色を隠せなかった。しかし今は、買い物などと悠長な事は言ってられない。
「このちゃん、ごめんな……」
「何言うてるん。今は美砂ちゃんの方が大事や。明日は土曜日やし、それでも無理そうやったら、日曜にでも行こ。せやから……
 無事に帰ってきてや」
「はい。必ずや」
「今、向こうの龍宮のダメージがどうなっているかが気になるな……。茶々丸は修理途中として、楓が微妙な所だが、まぁお前が
 負ける事はなないだろう。問題は超だな……」
「私も行くわ」 明日菜が名乗り上げた。役に立ちたい、という一心だった。
「駄目だ」
「どうして!? 刹那さん一人に任せてられないわよ。私だって体力になら自信あるんだから。戦い方だって、最近は刹那さんに
 教えてもらって……」
「人の話を聞いていたのか、バカレッド。中核が偽物のお前にも取り憑いていたらどうする。中核は場の主導者に憑いている
 可能性が高い。つまり偽のお前にも十分その可能性があるって事だ。前例の無いウィルスだから正確には何とも言えんがな、
 今はリスクが限り無く少ない方法で様子を見るしかないんだよ」
「しかし、いくら剣術をなさっているとはいえ、刹那さんお一人ではあまりにも危険ではありませんの?」
「デスメガネなら大丈夫なんじゃないか?」 学園でも最強と名高い高畑も魔法関係者である、という話をつい今し方聴かされ、そ
の強さに納得したばかりの千雨が、そう口に出した。
「タカミチは、今朝早くに大事な用事で出張に行ったんです。ついでに本部に立ち寄って、現状を聞いて来るって……」
学園長の代わりにネギがそう答えると、何でこんな大事な時に、と千雨が舌打ちをする。
大丈夫ですよ、と刹那は誰にともなく言った。自分なら何とかなる。厳しい剣術の特訓に耐えたのは、誰かの力を借りるためでは
ない、そんな自負があった。
「みなさん、心配してくれてありがとうございます。でも、私なら一人で大丈夫です」

『 箱 』
刹那がゆっくりと目を開けると、そこは寮の自室だった。何故学校ではなく寮なのかという疑問が浮かんだが、ベッドで龍宮が寝
息をたてているのを見て、すぐさま身体を緊張させた。あれが偽の龍宮か。
部活が終わるにはまだ早かったため、学校が終わって即帰って来たのか、と推測する。こちらの人間の性質を確認してみたい
気に駆られたが、学校に戻って柿崎の様子を見る方が先だ。彼女には魔法の事は話してもいいらしい。
立ち上がってドアに手を掛けると、軽い電撃に似た痺れを感じた。
「痛っ、何だ……静電気?」
しかし、静電気と言うには威力が高いように思える。何度手を掛けてみても同じだった。障壁に触れたかのような電気が走る。
試しに窓の方へ行ってみたが、結果はやはり同じだった。
閉じ込められたのか。それとも、最初から障壁が張ってあるのか。龍宮の方に目をやる。相変わらず寝息をたてていた。
起こしてみようか……。 緊張が増す。初めて触れるコピー。見た目の全く同じ、悪魔が作り出した偽者。
「龍宮……」
肩に触れてみたが、起きない。余程疲れているのだろうか。少し強めに揺すってみる。
「おい、龍宮。起きろ」
龍宮が寝返りをうった。デザートがどうのという寝言を言っている。銃の話かあんみつの話かは分からないが、そんな事はどう
でもいい。
「起きろ、龍宮!」
部屋全体に響く大声を出して、ようやく薄っすらと目を開けた龍宮が、横になったままこちらを向いた。
「……ん〜、刹那……? 何でお前がこんな所にいるんだ……?」
「ちょっと事情があってな。それより、この部屋は結界でも張ってるのか?」
起き掛けの龍宮が不機嫌そうに大きく伸びをしながら答える。
「……張ってないよ、そんなもの」
「しかし、外に出られないぞ」
「……愛想が悪いからだ。可愛い声で 『開・け・て』 って言えばいい」
「寝惚けてる場合じゃない。さっさとベッドから出ろ。お前はどうするつもりなんだ」
「全く……人が気持ち良く寝てたってのに……それより、随分怒りっぽいな。お前、まさか……偽者なのか?」
刹那はおや、と思った。偽物の龍宮も、自分達とは異なる存在がいることを理解しているのだろうか。それに今、龍宮は、怒り
っぽい、と言ってから偽物だと判断した。こちら側の私は、あまり怒りっぽくないのか、と予想してみる。
「ああ……まぁ、今のお前からすれば偽者、ということになるかもしれないな」
「勘弁してくれ……またか……」
龍宮がおっかしいなぁ、と呟くと、のそのそとした緩慢な動作でドアと窓に近寄り、刹那と似たような反応を示した。
「本当だな。そういえば、感染者は操られるとか何とか言っていたな。ここがもし本物の世界だったら、学園長が私の暴走を防
 ぐために結界を張った、と考えれば納得がいくんだけどな……」 龍宮がぶつぶつと独り言の様に、そんな事を言っている。
「……妙に本物らしい考え方をするな……」
「ようやく私の賢さに気が付いてくれたのか」
「お前は冗談の前にまともな物の考え方が出来ないのか」
「分かってるよ。要するに刹那、移動に失敗したんだろ?」 龍宮はそれだけ言うと、またのそのそと何かの大型動物を思わせる
動きで、ベッドの方へと戻って行った。 「それじゃあ、私は寝るから」
「おい、ちょっと待て龍宮! 脱出する方法を考えろ!」
「無理なもんは無理だ。諦めろ。それより眠い……」
刹那が頭を抱える。学園長の魔法ですら、まんまと敵の罠に掛かってしまうとは。今の龍宮では当てになりそうもない。
「刹那……音楽かけてくれ」 ベッドから眠気の混じった声が聞こえて来る。
「何を呑気な事を言っている」
しかし、少しは目が覚めるかと思い、仕方なしに刹那は部屋の隅にあるプレーヤーに歩み寄った。横になったままの龍宮に向
かってぶっきらぼうに尋ねる。
「何をかけるんだ」
「何でもいいよ……お前の好きなやつでも」
龍宮の能天気さに呆れながらも、静かめのCDを手に取った。いくらうるさい音楽をかけても、龍宮の安眠妨害にならない事
はよく知っている。何より、うるさい音楽をかけたまま会話をしたくはなかったので、除外した。
巫女という職業柄か、多趣味な龍宮は普段聴く音楽の幅も広い。ロック、ジャズから、よく分からないラテン系のCDやら、ポ
ップス、民俗音楽まである。同室の私も必然的に同じものを聴く事になるため、自然と音楽に詳しくなっていった。
龍宮曰く、戦いに重要なのはリズムだそうだ。だから音楽は聴いておいた方がいいらしい。居合いを得意としていた私にとっ
ては、最初はよく分からない理屈で、胡散臭いと思ったのだが、龍宮と出会って積極的に動くようになってからは、なんとなく
分かる様な気がした。
これは……確か、フュージョン系、とか言っていたか。静かだがテンポが良く、軽快なリズムが室内の壁に反射した。
龍宮が寝言のように言葉を発する。
「刹那……お前の……一番大切なものは……何だ……」
真剣に質問しているのだろうか。それにしても曖昧な質問だ。真面目に答えるべきなのだろうか。
「お嬢様だ、とでも答えて欲しいのか?」
返答がない。龍宮の意図が掴めない。
勿論、お嬢様も大切だ。ネギ先生も、明日菜さんも、3-A全員にそう言える。龍宮の流す音楽だって、剣術だって、みんな私の
大切なものだ。私はその内の一つに流されて、言いなりになるつもりはない。
「逆に、お前に聞きたい。お前は大金を出されたらどんな仕事もこなす。もし本物の世界で、誰かを傷付ける事を依頼されたら、
 お前はその依頼を受けるのか?」
長い沈黙の後、龍宮は消え入りそうなほど小さな声で、こう答えた。
「……2億と言われたら……自信がないな……」
それは今の龍宮の持つ、たった一つの希望に値する額だった。金のためならどんな汚い仕事も受け持つ龍宮でも、ある程度
の節度は守っている事は、刹那も理解していた。しかし今、龍宮のプライドと、二億という巨額の金が天秤に掛けられたのだ。
刹那はその事実に、少なからず落胆を覚えた。そんな事をして稼いだ金を、一体誰が喜ぶというのだろう。偽物だってきっと、
そういう理由で依頼を受けているんだろう。
お前はそれでいいのか、と尋ねたかったが、龍宮から寝息が聞こえてきたので、やめておいた。
きっと、寝言だ。そう思うことにした。

刹那が学園長室に連絡を入れると、向こうも移動の失敗は既に気付いていたらしく、どうやらあらゆる移動手段で試したが、全
て失敗した様だった。移動の主導権は全て敵に握られているらしい。新しい策を考えるため、今日はもう移動はしない旨が伝え
られた。結界については、龍宮をエヴァの別荘まで運ぶのは面倒なので、一晩この部屋に閉じ込めるらしい。
「千雨君の部屋が空いとるじゃろ。刹那君は今晩、そこを使ってくれんかのぉ」
「ええ、私は構いませんが、しかし……柿崎さんは大丈夫なんでしょうか……」
「一日でどうこうなるとは思わんが、心配じゃのう。すまんのぅ……まさかここまで敵に遅れをとるとは思わなくての」
「いえ、決して学園長先生のせいではありませんよ。私は、私にできる限りの事をやるまでです」
電話を切ると、刹那は夕凪を持って、千雨の部屋へは向かわずに寮を出た。日の没した夕闇の覆う空の下、駅の方向へと足
を進める。今日の深夜に誰かの移動が無ければ、明日は柿崎が一人、取り残される事が確定してしまう。私はそれを、阻止
しなければならない。


  第三話に戻る