『 天ヶ崎 千草 』

「じゃあ、残りの座布団を押入れに戻しといてくれ」
「分かりました。今日はこれで終わりですか?」
水色の袴を履いた中年過ぎの神主は、少し言いづらそうにして頭を掻いた。何かやらかしてしまっただろうか、と千草は今日の
自分の行動を頭の中で追ってみたが、別におかしなところは見つからない。
「あ〜、里咲さん」
千草の偽名が呼ばれた。仕事柄、偽名を使う事は結構あったので、自分とは違う名前に返事を返す事も、標準語に合わせる
ことにも、もう違和感は覚えない。
「確か、京都の方でこういう仕事、結構やってたんだって言ったよな」
「あ、あぁ〜……ええ、はい、まぁ」
ここに勤め出して一週間が経ったが、この男性はかなり気さくに話し掛けてきてくれた。千草は元々、様々なアルバイトを転々
としていたせいもあって、色々な仕事をスムーズにこなす秘訣は、明るく振る舞うことだ、という事はよく理解していたし、本来
お喋りな性格でもあったせいか、すぐにうち解けることができた。
しかし、一つだけミスを犯してしまった。京都での仕事内容をうっかり口に出してしまったのである。
スクナの一件で捕まって以来、とある事情により、呪術協会の所有する、方術を施した牢獄からの脱獄に成功したのだが、如
何せん、まだその事は呪術協会に気付かれていないのである。関西から離れているとはいえ、軽はずみに口にするべき内容
ではなかった、と反省した。
聞かれた時は上手く誤魔化したのだが、これ以上深く尋ねられたら、隠し通す自信がない。
「実は、真名が風邪を拗らせちまってな。風邪程度で倒れる奴じゃないんだが……。学校で何かあったんだろうかね。それで、
 そっちの仕事も頼みたいんだが、どうだ、頼まれちゃあくれないか」
千草は困惑し、言葉を濁した。
「いや、その、大したもんやないんですよ。ほんのちょっと、ほんのちょっとやってただけやさかいに」
思わず訛が出てしまったが、神主の男は気にしていないどころか、こちらの拒否の意図すら見逃している様子だった。
「いやなに、とても簡単なことなんだ。近場の廃屋辺りで、ちょっとした障りがあってな。そこらの動物霊の仕業だろうから、大
 した害はないと思うんだが、近所の住人がかなり気味悪がっててな。悪いんだが、ちょっとばかり祓ってきてくんねぇかな」
勤務初日でいきなり相手の頼み事を断るのも、今後の関係に支障を来すと思い、千草は渋々ながらも承諾した。
「ええ、そういう事でしたら、構いまへんけど……」
「もちろん、この分はきっちり出すから。子供さん、大変なんだろ?」

子供に夕飯は出前を取るよう、自宅の安アパートに連絡を入れた千草は、呪符の入った鞄を手に取って外へ出た。車で進め
る道は無かったが、龍宮神社からはそう遠く離れておらず、歩いても三十分程度だった。
話によると、動物霊によるただの悪戯で、大した障りではないらしい。きっと巫女の仕事よりは簡単に違いない。そう考えてい
た。依頼人に会って詳しい場所を聞き、廃屋に案内されると、『終わったら声を掛けてくれ』 と、当人はさっさとどこかへ消えて
しまった。その方がやりやすいといえばそうなのだが、愛想のないことだ、とも思ってしまう。
鬱蒼と茂る木々の中、その寂れた廃屋はあった。もう何十年も手が加えられてないらしく、一歩足を踏み入れると、腐った床
板が音をたて、錆付いた日用品はそこら中に散乱していた。
客間らしき場所に出ると、割と広い家だという事が判った。ちょっとした宴会が開けそうな程で、この広さなら、五人程度なら苦
もなく暮らせるだろう、と自分の家族団欒の姿を想像する。
東側の小窓からは切り立った小さな崖が見えて、下にはやはり木が生い茂っているだけだった。元は山奥の一軒家、といった
感じだろう。少し片づければ人が住むことも不可能ではなさそうで、使ってないのなら譲ってくれないだろうか、とひとりごちる。
季節のせいで僅かに虫の鳴き声が聞こえていたが、千草はその中から例の動物霊と思しき音を拾った。
「コンコンコン……」 という、木片同士を打ち付けた様な奇妙な音だ。虫の鳴き声に邪魔されて聞き取りづらかったが、距離は
近い。おそらく、身寄りのない狸が寂しさを紛らわすために鳴らしているのだろう。
庭から裏手に回って、音のする方へと進んでみた。小さな化け狸が三匹。それぞれがこちらをじっと見つめながら、手に持った
木片をしきりに叩いている。
「遊んで欲しいんは分かるけど、あんたらにはもっといいとこがありますえ」
千草が呪符を持った手で軽く祓うと、狸達は驚いて、慌ててどこかへ走り去って行った。
「でも、あれだけの音やったら、そう遠くまでは届かん筈やけどな……」
依頼人の話では、奇妙な音は犬の鳴き声に似ていた、と言った。おそらく今のが元凶ではない。
暫く家の中を歩き回っていると、足下から妙な気配を感じた。ぞっとする様な、冷たい霊気。地面に目を凝らしてよく見ると、
床板に丁度人一人が入れそうな正方形の切れ目があった。釘で固定されていたため、近くに転がっていたバールでその部分
をこじ開けてみると、バキバキと音をたてて床が四角い口を開けた。中は暗く、数メートル先はもう暗闇に包まれている。
呪符で明かりを灯してみると、地下へと進む階段が先へと伸びていた。
入口付近の最初の方はやや狭かったが、少し進むと側面が石で補正されていて、苦も無く先へと進むことができた。
千草がふと足を止める。嫌な予感がした。本能が、進んではいけない、と自分に呼び掛けている。
どちらかといえば西洋風と思しき気配で、その禍々しさは、今の持ち札でどうにかなるものとは到底思えなかった。
頭にふと子供達の顔がよぎる。家にはもう財産がない。自分の稼ぎ一つに家計がかかっている。
ならば、進むしかない。この程度の仕事をこなせないようならば、どのみち子供達を将来に渡って育ててはいけないだろう。
今更ながら、スクナ召喚が失敗に終わった事が悔やまれる。しかし、過去を悔やんでも家計の足しにはならない。
躊躇いを捨て、先へ進む。
今までに聞いた事もない程の、陰鬱でおぞましい気を含んだ犬の遠吠えが聞こえ、千草はその場に尻餅をついた。仕事柄、
霊には慣れているつもりだったが、体の芯の底から冷えてくるようで、震えが止まらない。まるで人間の恨み辛みがドロドロ
と腹の底に溜まったかの様な、胃の底にズシリ、と来る低音。その声が人間そっくりと言うんだから、気味が悪い。
一人で祓えるか。いや、祓わなければならない。

階段を下り、小さな部屋に辿り着く。
体調は3メートル程、ボサボサの人の髪の毛の様な体毛。赤い目の中には、黄土色の瞳。瞼の周りが腐って変色している。
纏っている霊気が、今まで出会ったどの霊とも違う。近付くことさえ躊躇われる動物霊は初めてだった。むしろ、人魂と言った
方が正しいかもしれない。
猿鬼と熊鬼を召喚して、攻撃するよう命令を出したが、二体共犬に近付いた瞬間、一瞬で消し飛んでしまった。犬が一層目を
見開いて千草を睨み付ける。
勝てない。瞬時にそう感じた。この霊は何かが違う。住んでいる次元か、いや、そんな事ではない。出した符は全て弾かれ、万
策尽きて後ずさりをしようとしても、足がすくんで思うように動かない。
取って喰われるのか、ここで私は息絶えるのか。
そう思った時、階段の上の方で物音がした。その音を聞きつけた犬が、向きを変えてのそのそと壁の方へ歩き出す。そのまま
壁の中にめり込んだと思うや、跡形もなく綺麗に消えてしまった。
「はぁ……、ホンマに死ぬかと思ったわ……」
その場に尻餅をついた千草から、思わず溜息が漏れた。
聞き覚えのある声が聞こえたのは、その直後だった。
「ほぅ……それはさぞや良い経験になっただろう」
「へ……?」
顔を引きつらせた刹那が、千草のすぐ後ろで夕凪突き付けながら立っていた。
「はじめまして。京都弁で、式神使いで、巫女見習いの、里咲さん」

薄明かりの中に二人の顔がぼんやりと浮かんでいて、端から見ればホラー映画のワンシーンの様な光景だった。
「あはは、お久しゅう……」
「命も惜しまず、またお嬢様を狙いに来たか、天ヶ崎千草。冥土でそれなりに後悔しろ」
「ちっ、ちゃうちゃう! 今回はほんまに違います。ほんまに只の仕事で来てん! うちにも生計ぐらいあるんやて! もう近衛
 木乃香を狙う理由なんてうちには無くなったんや! 信じてや!」
「悪人がそう易々と信じて貰えるなどと思わない方がいい。それじゃあ、何のためにこんな所まで来た。大人しく京都で生計を
 立てていればいいだろう。違うか?」
「その……うち、呪術協会を追い出されてしもてん。あの時の仕事に失敗して、口封じのために組織の一端から命まで狙われ
 てるんどす。そうなったら子供達も危ないから、お金も無いのにこんな所まで引っ越して来たんですわ。うち、情けないコトに
 夫に逃げられて……子供四人養ってるんどす。子供達だけは自分で育てたいねん。本当、信じてください」
「まだ嘘を吐ける程度の話だな。二度もお前をお嬢様に近付ける程私もお人好しじゃあない。もし本当なら、子供を養ってる証
 拠でも見せてもらおうか」
「ほんなら、ちょっと携帯貸して貰えます?」
「携帯? 携帯ぐらい持ってるだろう」
「子供に受信専用のは持たせてますけど、自分用は……」
千草は言葉の最後を濁した。貧乏をさらけ出す事には抵抗がある。
刹那が不信そうな顔で携帯を千草に渡し、千草は自宅の番号を押すと、それを刹那に返した。
「もしもしオカン? ちゃんと夕飯食べとるよ〜。仕事どうや? まぁ大丈夫とは思うけどな。めっさ強いもんな。こら、美紀!
 今お兄が話しとんねん、お前は後や!……あ、こら、泣くな! オカン、いるんやろ? 何でさっきから一言も喋らんの?
 ……オカン? もしかして、悪い奴に捕まってんのんか!? オカン! こっ、こら、美紀泣くな! まだ決まったわけや
 ないって! オカン、返事してぇや! オカァァンン!!」
「……もうええ?」
「……はい」


「それで、あの時は何故お嬢様を狙ったんだ」
「ウチ、あんまりその、正統派の呪文に強ぅないねん。せやから使い魔とか、頭使って仕事するしか無くてな。で、お上がその
 やり方に文句付け初めて……。元々良い立場やなかったんやけど、まぁ、色々あってな。いろんな所といざこざが過ぎたんや
 な。それで、一気に立場を逆転させるために、スクナ級の化け物を復活させよう思てな。せやけど、そのために可愛い女の子
 誘拐するなんてな。ホンマ、阿呆やわ。あの子にも親はちゃんとおるんにな。自分の子供の事考えれば、すぐにでも間違って
 るって気付けた筈なんやけど……。ホンマに悪かった、思てます。言い訳がましいけど、子供達の事考えたら、追い出される
 訳にはいかんと思てしもて……」
「……か、か、かといって、お嬢様を誘拐した事は、許される行為ではないからな!!」
刹那がふん、と鼻を鳴らして夕凪を鞘に収めた。頬の辺りに光るものが見えたが、千草は気付かなかったことにした。
「それで、刹那はんは何でこんな所に来はったん?」
「ああ、学校で龍宮に話を聞いて、いきなり新人に仕事を押しつけるのには流石に抵抗があったようです。それで、頼まれて、
 手伝いに……。もう仕事は終わったんですか?」
突然敬語になった刹那に、千草がきょとんとして刹那の方を向いた。
「あぁ、別に無理して敬語使わんでもええよ。龍宮はんもそうしてるし。……フフッ、あんたら二人、礼儀もしっかりしてますなぁ」
「いやっ! べっ、別に、無理をしている訳では……。今までは、その、敬語を使うに値する人ではないと、思ってただけで……。
 それに、その、こっちの方が、喋り易いですし……」
千草は、刹那のいい意味で子供らしい礼儀正しさが妙におかしくて、微笑んだ。自分は彼女にとって大切なモノを奪おうとした
元悪人なのに、そんな相手にまで自分の流儀を貫く潔さは、見ていて清々しいものがあった。こんなご時世にも、まだこんなに
礼儀正しい子供がいたのか、と感心する。
そんなお手本を、私は子供達にも見せなければならない。
「あ、そうや。今、とんでもない強力な霊気を持った犬の化け物がおったんや。多分、あの霊が障りの大元やと思うねんけど、も
 うどっか行ってしもたんか、さっきから霊気が感じられなくなってしもたな。刹那はんも、ここに入って来る時に感じましたやろ?」
「犬の霊? ……いえ、特にそういった霊気は何も感じませんでしたが……そんなに強力な霊気だったんですか?」
「ほんまに、何も感じなかったんどすか? ハッキリ言って、あれはスクナよりもたちの悪い化け物でしたえ?」
「スクナよりも……」
刹那が絶句する。千草は嘘を吐いているようには見えなかった。自分の感覚がおかしいのだろうか。それとも、それ以外の強烈
な何かがこの場にいたのだろうか。
それからしばらく二人でその場に留まって様子を見たのだが、何も変化は訪れなかった。


「わぁ〜ベッドふかふかや〜」
「こら、ソッコーで遊ぶな!」
「やっぱりいつ見てもファンシーな家ねぇ……」
「意外ですわ。エヴァンジェリンさんがこの様な可愛らしい所に住んでるなんて……」
「この人形……かなり作り込んであるな……」
「可愛い……」
エヴァンジェリン低に着いた一行は、家の中に入るなり、それぞれ思い思いの感想を漏らした。エヴァは呆れた様子で頭を抱え、
注意するのも面倒だと言わんばかりに、専用の椅子に腰掛けた。そんな皆のはしゃぎ様を後目に、ネギが一人、不安そうな顔つ
きになる。
「明日菜さん、このかさん……やっぱり危ないですよ。二人共、寮に戻った方が……」
「大丈夫よ。みんな移動しない魔法掛けてるし」
もう一人の明日菜とこのかを見ている千雨も、やはり二人と一緒にいる事に抵抗を感じずにはいられなかった。勿論そんな事は
口が裂けても言えなかったので、小声でさりげなくエヴァに尋ねる。
「あんな事言ってるけど……いいのかよ。確信を持って大丈夫とは言えないんだろ? それにアイツら、その……中核とやらを
 持ってるかもしれないんじゃないのか。万一アイツらに感染でもして、敵がこっち側に来たらヤバいんじゃないのかよ」
「何だ、貴様あの二人が怖いのか?」
「べっ、別にそんなんじゃねぇよ。私は、ただ……」
意地の悪い質問で千雨をあしらったエヴァを、ザジが睨み付ける。しかし、ザジは千雨のひねくれた考え方に抵抗を感じている
事を知っていたエヴァは、気にせずに続けた。
「安心しろ。ああ見えても神楽坂明日菜は、魔法を完全に無効化できるという反則技を持っている。ウィルスが意志を持ってい
 るのかどうかという問題はあるが、それにしても、もし近衛木乃香を移動させたいのなら、先日の委員長の暴走時、あるいは
 もっと前に感染させていれば良かった筈だ。それをしなかったのは、敵にも何か弊害があると考えていいだろう。恐らく、自由
 に誰かを狙う、といったことが出来ないんじゃないかと私は予測している。なに、私は夜行性だ。ずっと起きて見張っていれば
 いい。……まぁ本音を言えば、ヤツラの責任でここに来たんだ。後は私の知った事ではない」
「なぁ、お前一体何者なんだ? 何でそんなに自信持って言えるんだよ。」
それに、と千雨が不安げにザジの方を見た。
魔力の移動。それはつまり、元凶であるザジにもそういった類の力がある事を示している。



午後の授業も終わり、葉加瀬と一緒にメンテナンス室へと向かう茶々丸は、二日連続で続く事は珍しい、と葉加瀬に尋ねてみた。
「葉加瀬、今日もメンテナンスですか? その……最近の私は、そんなにおかしいのでしょうか」
「うん、ちょっと……AIに問題があってね。これだけはどうしてもぶつかっちゃう壁なんだ」
いつになく曖昧な返事に茶々丸は戸惑いを覚えたが、葉加瀬の脳波が質問を拒否しているように見えたので、それ以上迷惑を
かけるのはやめておこう、と自分を抑えた。
そんな茶々丸の不安そうな表情を読みとって、ロボットにまで嘘を吐かなければならないなんて、と葉加瀬は内心で自分に嫌悪
感を覚えながら溜息をつく。目の前にいる茶々丸は本物ではない。しかし、それを堂々と伝えることができない。
お互いに相手を不安にさせないよう、いつもより会話は控えめだった。こんな時に冗談のひとつでも出てくれば。茶々丸はそう
思ったが、エヴァンジェリンに向けるような気軽な言葉が、今日に限って出てこない。茶々丸はそんな自分のAIを、少しだけ恨
んだ。
茶々丸専用の研究室には、午後の授業をサボって研究の遅れを取り戻していた超と、一人では寂しいだろう、と茶々丸が持っ
て来ていたゼロが退屈そうに足をぶらつかせていた。
「来たカ。準備は出来てるネ。じゃあ、茶々丸。今回はちょっと長いけど、眠っててもらうヨ」
「あの……」
「どうしたネ?」
「いえ……何でもありません。いや、その……」
「ん? どうしたの? 茶々丸」
「言ッテミロヤ」
オドオドと何か言いづらそうにどもっている茶々丸に、ハカセが顔を近づけて母親の様な優しい声で聞いた。もしかしたら、今の
茶々丸ができる最後の質問かもしれない。あるいは、茶々丸もそれを感じ取っている可能性だってある。
「ネコに……餌を……、私が眠っている間、ネコに餌をあげて欲しいのですが……」
「安心シロ。チャント毎日ヤッテヤルヨ」
「……ありがとう……姉さん」
嬉しそうに微笑んだ茶々丸がゆっくりと目を閉じ、長い長いスリープモードに入った。



「ぐっ! 何だコイツ、強ぇえ!!」
「フハハハハ! どうした、もうライフが半分しか残っておらんぞ?」
「チサメ、頑張って……」
「や〜、エヴァちゃん強いわぁ」
「目がチカチカする……」
「二人共凄いわねぇ〜」
「何がなんだか……」
ゲーム画面が戦闘終了を告げる。エヴァの圧勝という誰もが予想しなかった結果に、試合に負けた千雨だけではなく、全員が
驚いていた。もっとも、見た目に反した、人間離れした高速のコントロール捌きを理解していたのは千雨だけで、この凄まじさ
を説明できない事を歯がゆく感じていた。
「あり得ねぇ……なんつぅやり込みだ……」
「フンッ、まぁ私にかかればこんなもの朝飯前だ。出直して来い」
「あっと言う間だったわね……。長谷川、アンタ意外と弱いのね」
「うるせえ! こいつが強過ぎんだよ!」
「楽しそうやな〜、ウチもやってええ?」
初心者同士の対決が始まる中、エヴァの頭の中にゼロからの念話が入った。門前まで葉加瀬と一緒に来ているらしく、結界を
解いて玄関の扉を開けた。夕方も六時半を過ぎていて、外はもう日が落ちていた。
その薄暗闇の中、専用の乗り物から片足を下ろした葉加瀬と、その頭の上に乗ったゼロを見つけた。
「ッタク……心配カケサセヤガッテ。御主人ガイナイト俺ガ動ケネェノ分カッテンダロ!」
「悪かった悪かった。仕方ないだろ。私だって色々大変だったんだ」
「エヴァンジェリンさんの事、心配してたんですよね〜」
葉加瀬が陽気な声でそう言って、ゼロに微笑みかけた。昔、数々の悪行を行ってきたとは葉加瀬も聞き及んでいたが、こういう
微笑ましい関係を見ていると、そんな事実はどうでもよくなってくる。
「黙レコノデコヤロウ。切リ裂クゾ」
「それで……茶々丸はどうしたんだ?」
その質問に、葉加瀬は答えづらそうにして目を伏せた。
「……ごめんなさい……茶々丸は、眠らせておく事にしました」
「そうか……」
「調べてみたら、どこにも異常が見つからなかったんです。全く、何も変わらなくて……。あの子だって自分が偽物だって知った
 ら、何も考えない程無感情じゃないし。事情を話して、『あなたは偽物だから、事件が解決したら本物と入れ替わる』 だなんて、
 とても言えなくて。ごめんなさい……」
「いや、それでいい。今ここにいる茶々丸は死んだ。後はもう一人を取り戻すだけだ」
機械だからこそ、幾らでもコピーが作れるからこそ、死の感じ取り方だって人のそれとは大きく異なる。いたずらに、目の前に
事実を突き付けるべきではない。葉加瀬の判断は正しい。母親の様な存在だからこそ、その事に気が付いたのだろうと、エヴァ
は感じていた。
「なんなんでしょうね……AIって……」
「それはお前の考える分野だろう? 機械のことなんぞ知るか」
「自己成長プログラムを組んだだけで、ある程度の成果は分かってましたけど、まさかここまで人間みたいになるとは思わなく
 て……。エヴァンジェリンさんの魔法との干渉が原因なのではないか、という仮設は立ててるんですけど……」
「ふん、まぁいいさ。そんなのは、『そっち側』 の奴らがやっていれば」
安心したようにエヴァが一息吐くと、騒がしかった二階の窓から明日菜が顔を覗かせ、慌てて玄関から外へ出てきた。
「葉加瀬ちゃんも来てたんだ。これから晩ご飯みんなで作るから、葉加瀬ちゃんも食べてってよ」
「いえ、私は……」
「たまにはお前もあいつらのうるささに付き合ってみろ。超鈴音との会話が葬式に思えてくるぞ」
エヴァが葉加瀬の背中をドン、と押して、中に入るよう促した。
「またまたぁ〜。こんなに人がいっぱいいて、エヴァちゃんも嬉しいんでしょ?」
「黙れ、小娘」
そう悪態を付くエヴァの頬は、少しだけ嬉しそうに緩んでいた。
「そうだ、ゼロ」
「何ダヨ、御主人」
「ちゃんと猫に餌はやってきたんだろうな」
「当タリメェダロ」
「やったのは私ですけどね〜」
葉加瀬が愚痴っぽく呟いた。

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