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気配はある。機械では絶対に消すことのできないのが気配であるが、ステルススーツを身につけた超鈴音の動きは刹那の予
想を遙かに超え、察知を著しく困難なものにしていた。
「刹那さん、来ます!」
慌てて飛び上がった刹那の足下を、ブレードの光が走り抜けた。千草他、一般人が唖然とする。
振り抜いた勢いを殺しながら広場を大きく回り込んだ超が、刹那達と向かい合った。ステルスのスイッチの切れる太い電子音
が鳴り、姿を現した超は、両足にブースターの付いたローラーブレードを履いて、手には近接戦闘用のレーザーブレード、そし
て、サングラス状の熱源探知兼、暗視スコープを掛け、自信に満ち溢れた視線と表情を併せ持っていた。
「よく気付いたネ、茶々丸。そして非常に残念ネ、宮崎サン。賢い君ならば、分かてくれると思たケド……」
人差し指でスコープを持ち上げて、視線をのどかから後ろに立っている古菲へと向けると、声を張り上げて名前を呼んだ。突然
耳に入った自分の名前に古菲が、運動部で先輩にでも呼ばれたように身体を硬直させ、姿勢を正した。
「古! さっきから見てたケド、あの腰の引けた動きは何ネ。中武研のリーダーがそんな甘い動きじゃあ、中国武術の名折れネ。
明日からはもう来なくていいヨ」
「そんな! それはだけは勘弁して欲しいアル!」
「だったらもっと成果をあげることネ。相手が刹那君だからって、そんな動きしてたんじゃ、足手まといもいい所ヨ」
「分かた……アル……」
「それから、龍宮サン。のどかが向こう側に付いたらしいネ。もう手加減はしなくていいヨ」
「了解……」
次々と超の的確な指示が飛び、バラバラだったグループが纏まり始める。危険を感じた茶々丸が超に向かって飛んで行き、壊
れ掛けた腕で打撃を与えようとしたが、放った腕は、超に片手で止められてしまった。
「諦めるネ。刹那サン、茶々丸。お前達では、私には勝てない」
先程までとは攻撃力が圧倒的に違う。団結した集団の、何と強い事か。今更ながらにそれを思い知らされる。
「千草さん、上空に逃げて!!」
防御の手すら危うかった千草に指示を出した。千草はこの闘いには関係が無い。いくら修学旅行の罪滅ぼしとはいえ、これ以
上巻き込む訳にはいかない。
「あなたはこれ以上巻き込めない! 先に向こうへ帰っていてください」
「なっ、何言うてますねん! こんなとこまで来といて、今更引き返せまへんわ。それに、うちやかて全く関係してないとは言い切
れへん……」
「それは、どういう……」
質問が途切れ、間を明日菜の大剣が割って入った。すかさず刹那が肩に一撃を入れると、顔を歪めて地面に崩れ落ちた。
出過ぎるな、という超の指示が飛ぶ。
もう一度捕縛符を準備している暇はない。じっとしていたら、超の高熱ブレードにやられてしまう。今は辛うじて茶々丸が熱源を
探知できているが、油断はできない。少しでも隙を見せたら命取りになるような一撃だ。
超とやり合っていたら、間違いなく龍宮が迷いのない一撃を当ててくるだろう。あの二丁の銃を撃ち落とそうにも、先程の激励で
動きに鋭さが増した古の邪魔が入る。茶々丸は楓の相手と超の探知、葉加瀬の手数は減ったが、明日菜と相性の悪い千草は
苦戦を強いられていた。
分が悪いにも程がある。千草の式神の額には、既に20の数字が刻まれていた。移動前には相当数の符を持ってきていたが、
手札が切れるのも時間の問題だろう。
「刹那さん、10時の方向です」
刹那が反対方向に飛ぶと、背後から声がした。
「終わりネ」
茶々丸が疑似ロックを噛まされたと気付いた時には、刹那の羽根に綺麗な縦一文字の焼け跡が刻まれていた。
「刹那さん!」 柿崎の叫びが障壁内に反響する。
刹那の体が反転し、地面に腹這いに激突した。殺気に気付いて身を翻していたお陰で、貫通はしていなかったが、それでも白い
羽根には痛々しい傷が刻まれていた。
追い打ちをかけるようにして古の蹴りが腹部に入り、呻き声を上げながら宙へと投げ出された。亜子とのどかが思わず顔を覆う。
茶々丸と千草がフォローに入り、2度目の追い打ちを防ぐために、地面に突伏した刹那の周りを囲んだ。
「あきらめるネ。もう逆転は不可能。これ以上一般人を巻き込んでもしょうがないし、茶々丸を修復する手間を増やしたくないネ」
息の上がった千草の表情が険しくなる。鬼を召喚するにも魔力が足りない。何とか隙を突いて、もう一度木乃香から魔力を奪お
うと考えを巡らせたが、相手の足の方が圧倒的に速いだろう。うまく空中に逃げたとしても、もう一人の刹那がいる。最早ぼろぼ
ろになった茶々丸一人でここにいる全員を相手取るには厳し過ぎた。
万策が尽きる。
正に無駄な足掻きにしかなり得ない。もしここで引き下がったら、刹那は一体どうなるのだろうか。話で聞いた様なおぞましい行
為に晒されるのか。それならば、例え関係が無いと言われようが、大人しく引き下がる事はできない。
「刹那はんに、何するつもりどすか」
離れた場所で物見に及んでいた木乃香が立ち上がって、綺麗な黒い髪を風に揺らしながら優雅に足を進めてこちらに近付い
て来た。
「別にそんな酷い事せえへんよ。ちょっと聞きたい事があるだけやえ。それにしても、千草さん、やったっけ。ほんまに変わった
なぁ。やっぱり、こことは違う所から来たみたいやん。そっちの千草さんは、優しいみたいやし、きっとウチも誘拐されたりせぇ
へんかったんやない?」
龍宮達も、じりじりと距離を詰めて迫って来る。地面に突き刺さった夕凪を奪わないのは、取り返そうとした瞬間、いつでも撃ち
抜けるという、自信の表れなのか。
「刹那はん、大丈夫どすか」
千草が首だけを後ろに向けて、心配そうな表情で刹那に尋ねた。刹那は痛みに呼吸を荒げ、両腕を地面に突き立てて、傷を
負った身体を持ち上げようとしている。
「どくネ。刹那には聞かなきゃならない事が山ほどあるヨ」
「どきまへん。連れて行きたいんなら、力ずくで奪ってみなはれ!」
超が呆れた顔でお手上げのポーズをとると、古に指示を出した。式神は既にうち消され、もう一度出現させる間もなく、古の打
撃を受ける。千草の身体が激しく地面に叩きつけられると、茶々丸の反撃も見切られ、空を切る。続けざまに二発、三発と追い
打ちをかけられて、地面を転がっていった。
「真名、連れて行くネ」
刹那に近付いた龍宮を止めようと、茶々丸が襲いかかるが、楓と古に押さえつけられる。
「刹那さん、もういいです……逃げて……逃げてください! 私のことは、もういいから……。超さん! お願いです! 私が戻
ればいいんでしょう。だから……刹那さん達は、助けてあげて……お願いです」
「何言てるネ。裏切り者の宮崎サンもただではすまないヨ。自分が犠牲になれば何もかも解決すると思ったら大間違いネ」
のどかの必死の叫びも虚しく、龍宮が刹那を抱え上げる。
「そんな……刹那さん……」
障壁に守られた四人は、何もできない自分に対して悔しさが込み上げ、それぞれが同じ思いに駆られた。
*
『自分が犠牲になれば何もかも解決すると思ったら大間違いだ』
同じだ。あの本の台詞と全く同じ。違うのは、ここが現実であることだけ。今までこうやって、人の、クラスメートの願いを
断ち切ってきたのか。「やめて」のその一言を、希望を、どれだけうち砕いてきたのか。亜子はいつも自分を犠牲にしてきた。
それでも自分以外の人間が傷付き、それを食い止めることができなかった。どれだけ辛かった事だろうか。
なぜ私は今、全く同じ苦しみを味わっているのか。自分の撒いた種なのに。
何もできない。自分を中心にして撒き起こっている争いを、自分ではどうにもできない。
少しでも、ネギ先生に近づきたかった。
そのために、変わってしまった木乃香や、その周りの友達に従い、いつか出し抜くつもりでいた。
苦しい。
私の好きだったネギ先生は、いつの日か私の手の届かないところにいて、必死にそれに追いすがろうとした。
そこにいるのは、ネギ先生の顔をした別人だということに気が付いていたのに、変化してしまった周りと違うのが嫌で、周りと同
化してゆき、そして、友を傷付けた。
泣き叫びながら、防護壁を両手で叩きつける。石の壁のように堅い壁を激しく叩き、両手の血管が赤く浮き上がって、脳の中か
ら今まで麻痺していた痛みを引きずり出した頃になると、ようやく頭が覚醒を始めた。
迷いのない大声で再びアデアットを唱え、アーティファクトである本を開くと、木乃香を睨み付けた。
のどかが戦線に加わる。
*
「お……札、さん、お札、さん……ウチを、逃が、し……」
取り出した符から大量の水が発射され、龍宮が自分の銃を庇うために刹那を放り出して回避した。楓と古が気を取られた隙を
ついて、茶々丸も脱出に成功する。立ち上がったのどかが3人を集め、防護壁の前で防衛の陣形をとった。千草が符を放ち、
風の障壁で自分たちの周りを覆う。
「刹那さん……怪我は、大丈夫ですか」
「ええ。まだ、多少は、動けます……」
のどか達の周りを取り囲んだ防護壁越しに、刹那に怪我の具合を尋ねはしたものの、その本心は嫌でも本に鮮明な描写を映
し出している。相当な無理をしているのは聞くまでもなかった。柿崎と亜子も心配そうな声色で刹那に声を掛けていた。
「ごめんなさい……私のせいで、こんなに辛い目に遭わせてしまって……」
「お気になさらないでください。私だって、いずれはこの世界と闘わなければいけなかったんです。それより、宮崎さんも、体調
の方は大丈夫ですか?」
刹那の優しさに改めて触れ、のどかは質問に答える代わりに目を細めて、向き合った刹那に頷き返した。
「言うても、勝てるんかいな。あんなバケモンみたいな中学生に……」
千草が苦しそうに腹を押さえながら尋ねる。確かに、既に3人共ボロボロで、この先の闘いで長く保つようには見えなかった。
大きな逆転でも起こさない限り、障壁の外にいる7人に勝つ事が非常に困難である事は、明白である。
「みなさんの頭の中にある、術、戦法、お札の効果、知ってる事全てを、思い浮かべて下さい」
千草が一瞬、キョトンとした顔になったが、移動前に相手の持つ武器やその効果について、刹那からある程度は聞かされてい
たため、のどかの持つアーティファクトを見て、これが頭の中を読む本か、と納得した。
『 のどか対超 』
白紙のページに、あらゆる情報が浮かび始めた。茶々丸の体内にあるミサイルの残弾数、レーザーを撃てる回数、千草の持つ
呪符の種類、枚数、そして、刹那の斬激の間合いと、威力。それら全てを頭の中に叩き込み、一瞬で記憶して本と瞼を閉じる。
世界史で鍛え上げた記憶力をフルに活用して、攻めと守りのピースを纏め上げる。
国語と、大好きな本で培った構成力で、戦術の骨組みを組み立てる。
数学で磨き上げた計算能力で、骨組みとピースをつなぎ合わせ、不要なものを処理していく。
科学と物理で育てた大胆な発想能力の片鱗を芽吹かせる。
一か八かでは駄目だ。求められるのは、より確実な勝利。そして、臨機応変な対応力。
頭の中で一瞬で勝負をつけると、のどかが目を見開き、三人に戦術を説明した。
「そ、そんなんでええんかいな!? それやったら、攻撃用の札がなくなってしまいますえ」
「いいんです。武器は多ければいいというものではないんです。重要なのは、当てる機会と、一度の攻撃で相手を止める威力です」
パーティーを組む時もそうであるが、茶々丸からすれば、のどかの理論は全くもって理にかなっていた。大事なのは、武器の数で
はなく、当てるタイミング。
「刹那さん、茶々丸さん。相手が少しでも隙を見せたら、できるだけ威力の高い一撃でお願いします。長引けばこちらにとって不
利です」
「分かりました」
「了解しました」
刹那がのどかの顔を見て、安心した表情を浮かべた。知恵を絞っている時ののどかは、何よりも生き生きとしている。自分を責
めたって、生まれるものは何もない。その事に気付いてくれたのが、嬉しかった。
「障壁、解きますえ!」
前面に向き直った刹那達に向かって、鳥のさえずるような小さな声でのどかが言った。
「刹那さん、千草さん、茶々丸さん……ごめんなさい……ありがとう……」
『4対7』
作戦を立てられている。この時間をのどかが無駄に使う筈がない。刹那と茶々丸はともかく、あの眼鏡の女の手持ちをこちらが
知らないのは痛い。関西呪術の符にできる事……ただ火や水を出すだけでないのは確かだ。
「真名、楓、刹那。関西呪術の符にできる事は何ネ」
刹那、楓が真剣な顔つきで考える中、即座に龍宮からの答えが返ってくる。恐らく龍宮も、この状況に少なからず危機感を抱い
ているのだろう。
「一概には言えないな。火や水を利用したものや、技によっては個人の能力を活かしたものも、ほぼオリジナルとして完成され
ている事もある。召喚から、敵の目を欺くものまで様々だな」
「魔力さえあれば、彼女は鬼を召喚する事が出来ますから、お嬢様の守備を厳重にしておいた方がいいとは思いますが……」
向こうの隠れた武器を知らないのならば、新しい作戦を立てて先制攻撃を仕掛け、敵の戦法を潰すしかない。しかし、向こうに
は例の本がある。いくら作戦を立てようとも、風障壁の中からでもこちらの頭の中を覗く事は可能だろう。こちらが立てた作戦を
待っている事だって十分に考えられる。
超が頭の中で舌打ちをした。木乃香の交渉術を恨んでのことである。ただでさえこちら側のチームワークは崩れ易いというのに。
しかし、そんな超の意図も介さず、脳天気に無邪気な笑顔を浮かべていた木乃香に内心苛つきながらも、リーダーとして現在最
善の指示を出す。
「仕方ない。動きながら私が指示を出す。無闇に前に出ては駄目ネ」
6人共、超に顔を向けて頷いた。最優先すべきはのどかの捕獲だが、もしこの思考が読まれていたら、トラップを仕掛けてくるの
は明白だ。いたずらに動く事は自殺行為に繋がる。
超が腕に装備した結界破戒レーザーに目を落とした。この時代では、エネルギーを蓄えるのに時間が掛かり過ぎる上、人体に
影響が出ないことは茶々丸が知っている。突っ込んで来られたらそれまでだ。
風障壁が徐々に勢いを弱め、中の様子が少しずつ見え隠れしてきている。
「葉加瀬、茶々丸に何を言われたかは知らないけど、もっと動いて手数を増やすネ」
「わ、分かった……」
超が葉加瀬に念を押すと、髪を解いた葉加瀬が、機体をふわりと宙に浮かせた。広場の芝生が舞い上がり、葉加瀬の乗った
機体から発せられる重低音と、暗雲立ちこめる空から響く雷鳴の轟音とが混ざり合う。
全員が体に緊張を走らせ、戦闘開始の構えに入る頃、風障壁が完全に消失すると、中には防護陣に守られたのどか達以外
には誰もいなかった。
風障壁の脱出口は上しかない。そのまま逃げる、という選択肢もあった筈だが、相手はそれをしなかった。
上空4,50メートル程の高さから、3人がバラバラに拡散し、何かをばら撒いている。超がスコープで確認をとった。符だ。
「マズいな……」 同じく正体に気が付いた龍宮もそう漏らした。
もしあれが全て攻撃用の符だとしたら、予測不可能な攻撃になりうる。風障壁の影響か、風はやや強めに吹いていて、符は不
規則に落ちてくる。おまけに殺気が無い。いくら魔眼といえど、空から舞い降りてくる雪や雨を全て回避することは不可能だ。
それにもし、全ての符から一斉に炎や水が発射されたら……。
「楓、あの符がこの辺りに降りて来る前に撃ち落とすぞ」
楓が頷き、二人で銃弾とクナイを放った。しかし、銃弾は刹那に撃ち落とされ、クナイは茶々丸に受け止められてしまう。
この状況では、下にいる方が足下や周辺に気を配る分、注視力が落ちるのと、重力が首と腕に及ぼす影響のため、命中率が
下がり、不利になる。龍宮が舌打ちをした後、楓に止めるよう指示を出した。
「私が行く」 羽根を広げた刹那に、今度は超のストップが掛かる。
「待つネ。それが狙いかも知れないヨ。3対1で空中戦を仕掛けて、刹那に狙いを定める気かも知れないネ」
「しかし……あの符を放っておいては危険だ。それに、超さんと強力すれば……」
「あの攻撃符の塊の中に、突っ込んで行く気かネ?」
刹那が言葉に詰まった。しかしそれは、あの符が地上に降りても同じ事だ。
超が上空に目を向けたまま、考える姿勢に入った。地上に設置しておきたいのなら、何故わざわざ上空からばら撒く。拡散さ
せるにしても、地上で飛び回りながらでもできた筈だ。疑念を抱かせるための、単なるブラフなのか。
のどかのいる防護陣の周りにもまた、符が設置してある。あれはトラップと見て間違いないだろう。でなければ、3人を空中に
行かせて無防備を晒す筈がない。もし私が今、上空の彼女らに仕掛けて行ったとして、のどかはどうやって指示を出す。声は
届かないだろうから、精神リンクでもさせているか。そして、わざわざ上空まで飛んでからばら撒く理由。地上でやっては感づ
かれてしまう何か。
超はある一つの答えに至り、勝ち誇った笑みを浮かべると、周りの6人に向かって言い放った。
「私達の勝ちネ」
六人共超のほうへ首を向け、天才の導き出した答えを待った。
「諸君、何故彼女達が地上でばら撒かなかったか分かるかネ?」
「勿体ぶる暇があるのか?」
龍宮が苛つきを隠せずに先を促した。他の数人も、早く説明を言え、といった顔になっている。
「ポイントは、どこまで裏をかこうとしたか。そして、その答えは簡単。攻撃用の符が尽きた、と考えるのが妥当ネ」
のどかが唇を噛みしめるのを確認した超は、勝ち誇った顔を一層強めて、説明を続けた。
「もし地上でばら撒いていたら、いつまで経っても発射されない火や水などを不信に思われて、あっと言う間に、私達に尽きた
攻撃用符に感づかれてしまうと考えた。そこで宮崎サンが考えたのは、“この私”がどこまで裏をかくか。つまり、私が深読み
をして、どこまで引っ掛かってくれるかを考えたネ」
超が自分の顔を指差し、上空を見上げる。その動作につられるようにして、刹那達が同じく天井で必死に符をばら撒いている
3人を見上げた。
「のどかはこう考えた。超鈴音が空中に引っ張り出される所まで気付き、地上で待つ。そして更にその裏、『のどかならそこまで
考えて裏をかくかもしれない』という疑念を私に抱かせ、地上で何かやらかす、と私に考えさせる。そして、空中で彼女ら3人に
仕掛けに行く。援護射撃の葉加瀬も含め、3対3ならまだ勝ち目はあると踏んだネ」
明日菜と古が難しい顔をしている。しかし、バカレンジャーにも理解できるように説明していたら、戦闘は終わってしまう。超は構
わず説明を続けた。
「私がそこまで裏をかいてくれねば困る。なぜなら、攻撃用の符はもう尽きていたからネ。もしまだ残っているのなら、そこまで裏
をかくような真似をせず、最初から地上でばら撒けばよかたネ。そうしなかったのは、出来なかったから。重要なのは、この私
に漠然とした疑いを持たせ、上空に引っ張り出す事だたネ」
のどかの起爆装置( Echo )
確かに、必死にこちらの撃った弾を撃ち落としているのは、超の言っている理屈に当てはめれば納得できる。
できるのだが……。本当に、裏を掻く理由はそれだけだろうか。
龍宮が昨日の記憶の曖昧になっている部分を思い返した。何故か頭に浮かぶのどかの顔。そして、何故か頭の片隅にある、
刹那との戦闘の記憶。
符が地上に舞い降りて来た。皆、超の意見が信用し切れていないのか、できるだけ落ちてくる符の少ない場所に陣取った。龍
宮もまた、銃が水に濡れるのを心配して、少しだけ立ち位置を変えた。超はといえば、自分の言った言葉の責任を取る様に、
自信に満ち溢れた表情で、一歩たりともそこから動く様子を見せない。
目の前を符が通り過ぎて行く。下手をすれば、今、目の前にあるたった一枚の紙切れに、全身を業火で焼かれかねないという
状況に、ただならぬ緊張が全身を貫いた。一枚、また一枚、と眼前を通り過ぎる度に、ぞくり、と何かが背筋をなで回す感覚に
襲われる。全ての符が落下を終え、目標地点に到達すると、超が高笑いを上げた。
「クックッ……ッハッハハ!! さぁ、次は何が出てくるカ? 地面に落ちた符でも拾って、目眩ましでもするつもりかネ?」
降りてきた刹那と千草は額に冷や汗を浮かべ、じっとその場で何かに耐えている様子だった。
超はそんな様子を嘲笑うかのように、挑発を続ける。
「どうしたネ? 次の指示でも待てるカ? 最も、こんな見え透いた作戦しか立てられないような相手の指示なんて待っても、先
は見えてるケドネ」
超の勝ちは明白だった。どう考えても、今更隙を突いて地面に落ちた符から炎やら、洪水やらが出て来るとは考えられなかった。
やはり、のどかの知恵などは所詮その程度。学年21位の実力など、たかが知れている。
超はさっさと敵を疑う事に見切りをつけて、誰にともなく指示を出した。
「さぁ、さっさと終わらせるネ」
*
全員が構えの体勢に入り、3人に再び襲い掛かる。同時に、刹那、千草、茶々丸が散開し始めた。
この期に及んで、まだ闘う意志を潰やさないとは。
千草が飛行能力のある巨大な猿の気ぐるみを纏って、飛び回る。柿崎と美空が吹き出しそうになるのを必死で我慢しているの
が見えた。
再び混戦状況になり、龍宮の中では不信感が更に募っていく。最後の作戦が消えた者の、自棄になった動きではない。避ける
意志は明確なのに、攻撃の手数は少ない。そして、逃げ回る範囲の異様な狭さ。まるで、誰かの視線を逸らそうとしているかの
ような。
……何を待っている。
視界には、最大で二人までしか収まらない程に、3人共頻繁に動いている。背後からの隙を狙っているのか。
刹那が高速で背後に回ったが、そう簡単に背中はやらない。
「龍宮殿! 後ろでござる!!」
楓の声だった。確かに、“それ”は楓の声をしていた。
鳩尾に刹那の強烈な一撃が入る。暫く呼吸が止まり、何が起こったか確認する事もできないまま、地面に伏せた。
*
龍宮と同時に、明日菜が茶々丸の一撃に吹き飛ばされた。再び散開する3人。何が起きたのか、と当たりを見回す。超が楓の
方を向くも、楓は首を振って自分ではない事を主張していた。確かに、声は楓のいる方向とは全く違う場所から聞こえた。しかし、
龍宮の振り返った先には、誰もいない。あるのはただ、風に舞い上げられた符だけ。
超側の刹那が、そこで漸く事態に気付いた。
修学旅行で起こった、とある事件。声と、そして、符。
「声出しの符です!!」
あまりに使い道が少ないため、知っている者はごく僅かである、その術。塞がっていたトイレの中の、便器に張ってあった符で
ある。刹那が足下の符の危険性に気付いて、周りに警告を出した。
「気をつけて下さい! 恐らく、足下の符は全て声出しの符です!」
超が呆気にとられる。つまり、今までの一連の行動、わざわざ上空まで昇ってから符をばら撒いたのも、焦る様な仕草を見せた
のも、全てはブラフ、演技……こちらに完璧な隙を作る為の。
「そんな……。そんなもので……勝てると思たカ!」
超が姿を消したまま、符の大元である千草に向かっていったが、方向がのどかに読まれて、茶々丸の妨害が入った。一旦距離
を取り、作戦の立て直しを計る。
「な、何するんや!!」
木乃香の声。身体が硬直し、目を向ける。
「しまた……」
今度は明確に、符を確認する事が出来た。同時に、腹に鈍い痛みが走る。
超が教会側の壁に、肩から叩きつけられた。
*
茶々丸が飛び回り、符が空中に舞い上がる。その中の一枚から発せられる疑似の轟音と、葉加瀬の声。
「古! あ、危ない!!」
振り向いた古に空かさず茶々丸が接近し、レバーに重い蹴りを入れると、古の身体が吹き飛び、楓と衝突した。
頭の中にのどかの警告が入る。1秒後、後頭部に来る明日菜の横振り。姿勢を落としてその剣をかわすと、低姿勢のままブー
スターを開き、地面を蹴って超低空で滑空した。超がいるのは、ダビデ像を中心に4つに分かれている直角の段差を丁度二等
分した先、4メートル。
「ブレードが来ます」
「了解」
2メートル手前地面に両手を叩きつけ、前宙でブレードをやり過ごして背後を取る。そのまま脛からミサイルを引っ張り出し、超
の背中に向けて投げつけた。直接発射するよりも、近距離ならばこの方が弾速が速い。
ステルスを破壊。超の姿が露わになる。
「誰も声を出しては駄目ヨ! 今から聞こえる声は全て敵のものだと思って動くネ!」
誰もがそれを分かっていた。闘いが始まってから誰一人として、誰かに声を掛ける者などいない事もまた、理解していた。しか
し、それでも声を出さざるを得ない状況になっているのは、敵方3人の飛び回り方にあった。
異様に範囲を狭めた飛行。敵の3人が一向に衝突しないのは、のどかが全景を見て、茶々丸が解析し、3人に向けて、極めて
的確な指示が飛んでいるからだった。
「明日菜さん、危ない!!」 葉加瀬の声がこだまする。
「その手には乗らな……」
葉加瀬の乗る兵器と明日菜が衝突した。偶然ではなく、茶々丸の計算による、極めて恣意的な誘導によって導かれた結果であ
る。本物と偽物の混合。戦場は、完全にのどかが支配していた。
超の脳裏に、先程のとある一言が呼び起こされた。
『そこの飛んでる娘ぉ』
ほんの数秒の間だけ起こった、一連の流れ。言葉による勘違い。もしかしたらのどかは、あのたった数秒間の出来事を思い浮
かべ、ここまで昇華し、発展させたのかも知れない。敵の一連の戦術によってあの流れが呼び起こされたのなら、逆もまたあり
得る。そう考えると、最初に葉加瀬を誘導に使ったのも、自信が葉加瀬に掛けた言葉、『もっと動いて手数を』という考えを読ま
れていたからとも取れる。
負けたのか、この私が。いつも人の陰に隠れ、自分は離れた所で待ちながら、自分の手は汚さない。そんな、卑しくて、臆病で、
中程度の頭脳の持ち主に。天才である、この私が。
龍宮が両足を震わせながら立ち上がった。どうやら敵の刹那は、羽根の傷が響いて十分な威力が出せないらしい。どこまで持
ちこたえられるか。どちらのスタミナが先に切れるか。
「真名! 地面の符を片っ端から撃ち抜くネ!」
暫く意識の昏睡状態が続いて、足下が安定していない。厳しいだろうが、いつまでもこの危険な符を放っておく訳にもいかない。
龍宮がふらつきながら足下に銃口を向ける。引き金を引こうとしたその瞬間、龍宮の足下にあった符から発射されたのは、先
程楓を焼いた炎だった。全てが声出しの符とは限らない、という状況に、混乱が更に広がる。
「クソッ……だから最初から符を破壊しておけと言ったんだ……」
意識が朦朧としていても回避能力が落ちないのは、危機的状況に於ける龍宮の意識の強靱さだった。超は返す言葉もなく、唇
を噛む。精神を落ち着けながら、反省は後だ、と自分と龍宮に言い聞かせた。
そして、戦況が再び転がり始めたのは、空を覆っていた黒雲からぱらぱらと雫が落ちて来てからである。
*
あのどす黒い雲が、よくここまでもったものだ。それだけ幸運に見舞われていたのかも知れない。広場に撒いた符の半分程が
既に銃で撃ち抜かれ、ブレードに焼き切られていた。
そして、とどめがこの雨。
防水加工を施してある水術用符でなければ、たちまちにその効果は薄れ、或いは消えてしまう。
茶々丸の防水対策は問題なかったが、刹那の巨大な羽根は、水分を含んでしまっては行動に大きな支障が出てしまう。スタミ
ナの問題も考えると、とても今までの様には動けないだろう。
水際の戦いに限界が近付いて来た。のどかはそう実感した。敵にもかなりのダメージがあるが、この雨では戦局はどう転ぶか
判らない。
【札を……急いで回収してください】
のどかがそう伝えると、茶々丸は直ぐさま加速して、地面に散らばっている符の回収を始めたのだが、刹那の方の呼吸はひど
く乱れ、夕凪を杖代わりにしてふらついている様は、100キロマラソンでも走ったかの様な疲労感を漂わせていた。
「あんたはもう無理せんでええ。防護陣の中入れたるから、少し休んどりなはれ」
「そういう……訳には……ぐぅ!」
刺すような羽根の痛みに刹那が思わず肩を押さえ、苦痛に顔を歪める。夏も程近い外気温度と、べったりと張り付くような湿気
のせいで大量の汗が吹き出し、蒸れた髪が頬に張り付いている。千草が身に纏った着ぐるみで刹那の額の汗を拭き取ってや
ると、のどかにも刹那を休ませるよう訴え掛けた。
【分かりました。刹那さんはもう休んで下さい。また作戦を立て直します】
敵方の刹那と楓は、未だ十分な体力を残しているようだが、最も厄介な超へのダメージは十分与えられた。龍宮のダメージは
超と同じ程で、立っている事さえままならない筈なのだが、焦点の定まっていない瞳でずっとこちらの方を睨み、銃を下ろそうと
はしない。あれが戦場を生き抜いた者の、生への執着なのか。
「まだ……まだ、行けます……」
【無理しないでください。それ以上続けたって、みすみす敵に隙を許すだけです】
今まで龍宮の銃弾を防げていたのは、刹那の力が大きい。千草の目にはとても捉えきれず、符を大量にばら撒いて壁を作っ
ていた。手持ちの無地の符を最低限に抑えて声出しに回してからは、殆ど刹那に切り落としてもらっていたからである。
しかし、今は龍宮の状態も決して良くはない。それよりも今の内に、刹那の体力を温存しておく方が勝てる見込みが高い。そう
伝えたが、刹那は納得しなかった。
「龍宮は……奴は、あんな状態でも……当ててくる。自分が意識を完全に失うまで、立ち上がって、決して相手を……逃さない。
それは、私が、よく知っている……アイツはいつも、戦う時は、背中に『死』を預けているんだ……。だから……絶対に、龍宮
を……」
「分かった、分かりましたさかいに、無理して喋ったらあきまへん」
刹那の目が閉じかけた一瞬の間に、鼻先ほんの数センチの所を銃弾が通り過ぎた。千草が微かに悲鳴を上げる。
龍宮はずっとこちらに狙いを定めていたのだ。正に、刹那の正しさが一瞬にして証明されてしまった。
「お喋りに興じている暇が……あるのか? 悪いが、焦点が、合わなくて、ね……間違えて頭を撃ち抜いてしまうかも知れない。
気をつけた方が、いい……」
雨足が強まる。このままスコールになる勢いを持っていた。茶々丸は楓と刹那の攻撃をかわすので手一杯。どちらかがいつ、千
草を狙って来るとも分からない。せめて、あの符を取り戻す事が出来たら……。
先程3人から貰った攻めのピースを頭の中に思い浮かべる。何か策は……何か……。
足りない。
何を考えてもあと一歩足りなかった。武器はあるのに、使い手がいない。
龍宮がゆっくりと歩を進め、千草のいる方に近づいてくる。背後に本物の戦場で育てあげた、『死』という名の巨大な執念の塊を
背負って。
『5対7』
「私が……行くよ……」
突然背後から聞こえた声に振り向くと、いつの間にかシスター帽を目深く被った美空が、のどかの後ろで立ち上がっていた。
「春日……さん……」
のどかも柿崎も亜子も、皆目を丸くして美空を見上げていた。のどかは、今までクラスから逃げ続けてきた美空を知っている。
目の前の現実に目を向けようとしなかった美空を知っている。
「前から思ってたケド、やっぱ宮崎さん、頭いいね。ちょっと関心しちゃった……」
いつもの苦笑いでそう言った美空の顔は少しだけ引きつり、今にでも逃げ出しそうだった。
勿論、のどかにはその本心は見えている。美空が前からそう思っていたのは“ずる賢さ”で、決してそれを快くは思っていなかっ
た事。頭の切れる人だと、毛嫌いされていた事も。そして、本を使わなければ、こんな人の本心も見抜けない自分に、再び嫌悪
感が訪れる。
「その……私も、このクラスを元に戻すのには、宮崎さんの力が必要だと思うんだ……」
もう、読まれても大丈夫だ。そう決心しての、美空の決断。本心の露呈。走るだけの自分を、足として使って欲しい。
役に立ちたい。逃げない。
神の采配か、のどかのアーティファクトは美空の足の持つ特殊な力を描き出していた。今まで気付けなかったのが悔やまれる。
【千草さん、防護壁を解いてください!】
極めて複雑な印が結んであるため、術者以外が解除しようとすれば相当な時間が掛かるが、術者が解除するためのキーを設
定していれば一瞬で解ける仕組みになっている。しかし、通常の結界よりも頑丈にするために、より強固な呪が結んであり、遠
隔操作ができず、直接手で触れなければならない。
龍宮は既に狙いをつけている。ジグザグに飛び回りながら龍宮の銃弾に当たるまいと、必死で飛び回りながら千草が一歩ずつ
こちらへ向かって来ている。
狙ったのか、それとも狙いが外れたのか、気ぐるみを衝きぬけた銃弾が千草のふくらはぎを掠めた。もう防護符はない。気ぐる
みの防御力など、あの銃弾の前では最早信用できたものではない。
あとほんの数メートル。足を引き摺りながら防護陣のある場所まで這いずって進む。背中には、千草に照準を合わせた龍宮。
「よくもまぁ……そんな状態で、私の弾を、受け止められる、ものだな……」
「何を、言っている……二人で、散々……ぼろぼろになるまで……やり合ったじゃ、ないか……」
腕の感覚が麻痺し始め、立っている事にさえ限界が近付いているのが分かる。自分が防げるのは、この最後の一発だけ。後
はもう、美空に懸けるしかない。
千草の伸ばした腕が防護陣に届き、4人が解放された。カードを手にした美空が呪文を唱え、足下が発光し出すと、アーティフ
ァクトを出現させた。また一人、新たに明らかになったクラスメートの真相に、柿崎は最早夢だと信じようとする方が馬鹿らしく思
えてきていた。
「美空……アンタは普通だと思ってたのに……」
「美空? 誰ッスか、それ。ここにいるのは謎のシスター仮面、決して美空なんかじゃありません」
「そうッスか……」
「春日さん! 符の回収を!」
「わッ、はい!」
のどかの大声に反射的に身を固めた美空は、靴に付いたツマミを回し、慌ててスタートを切った。大地を蹴り、持ち前の走力で
広場の真ん中をで突っ切りながら、猛ダッシュで符を回収していく。符は既に舞い上がる程の軽さを失い、水分を多量に含んで
重量を増してしまっていた。一つ拾う度にベチャリ、と音を立て、纏ったシスター服に水が染み込んでいくのに、酷く不快を感じ
た。無地にしているため、符に書かれた文字が無事なのかどうかも判別がつかない。
【試しに、刹那さんか楓さんに、その符を向けてみて下さい】
「うっ、ぅぇえ!? あ、アタシが!?」
【アナタ以外にいないでしょう】
「そんなぁ……」
改心したのは良しとして、まだ少し高慢な物の言い方が抜け切れておらず、昔ののどかとは程遠い。上司に叱られた気分にな
りながらも、美空は少しだけ戦線に参加した事を後悔した。これを放つという事は、戦意を明らかにする事である。つまり、反撃
を受けても文句を言えない立場になる、という事を意味していた。
符を回収している時点で、既に逃げる意志はないと見なされても仕方がないのだが、ただ走り回っているのと、手にした物を放
つのでは、美空の感覚的には、貢献度、というか、やる気が違った。それはこの状況に身を置いた美空が、最も相手に見せた
くないものの一つでもあった。
願わくば、この符が既に効力を失っていて、不発に終われば。それでも確実に敵からは睨まれるだろうが、のどかが何か別の
名案を思いついて、『春日さんはもう引っ込んでてもいいよ』、とか何とかいう命令をくれれば……。
【いくら表層意識とはいえ、もう少し隠そうとは思わないんですか?】
頭を抱えたのどかと、一緒に覗き込んでいた柿崎も既に呆れ果てた顔になっていた。
雨足が強まる中、生き残った数枚の符を腕に抱えながら、刹那、楓と戦っている茶々丸の元まで走ると、一枚選んで抜き取り、
二人の方へと向けた。
不発で……。不発でお願いします、神様。そろそろこの可哀想なシスター美空のために、その全知全能でパーフェクトなお力を
お示しになってもよろしいのではないでしょうか……。とにかく不発で。不発でお願いします……
美空の願いも虚しく、見事に発射された炎は、刹那と楓、二人の全身を完全に覆った。雨のためか、それとも効力が弱まって
いるせいか、威力は低かったが、二人の怒りに満ちた眼差しを買うには十分な威力を持ち合わせていた。
「オーケーオーケー、神様。教会を一人で掃除するだけじゃ足りなかったんスか。じゃあ何だ、アレだ。バカンスが終わったら、
チェリーパイでも焼きますか。うん、それがいい。そうしよう。アメリカ人だしね。違ったっけ。違うか。そういうわけで、それまで
この戦場を生き残らせてくださいよ」
神様に言うつもりで刹那と楓に向かってお願いしたのだが、どうやら二人にはこのギャグは難し過ぎたらしい。
苛立ちを露わにした二人に追われながら、自分の運の無さに寧ろすがすがしさにすら近いものを、美空は感じていた。
「助けてシャクティィィィィイイイイイイーーーー!!!」
【春日さん、落ち着いて。落ち着いて符を出して下さい】
「落ち着けるかこんちくしょーーー!!」
確かに、刹那と楓の技の応酬を受けて落ち着いていられる程、美空は武闘派ではない。今は符を腕で守りながら、敵の攻撃を
脚力だけで何とか凌いでいる状態だった。おまけにこの雨。いつ美空が足を滑らせるとも分からない。
そこへ、茶々丸の援護が入り、攻撃の手が二分する。
ミサイルの残弾数はゼロ。レーザーを撃てる程のエネルギーも残ってはいないため、肉弾戦を余儀なくされた。
茶々丸の相手は刹那。果たして楓を相手にできるだけのエネルギーは残るだろうか。
【春日さん。聞こえてますか。難しいのは分かっています。でも、もう普通の闘い方じゃあ勝てないんです】
「ウィッス。もう何でもいいから言ってみ」
【楓さんの攻撃をかわしつつ、さり気なく刹那さんの背後に近付いてください。声出しはこちらでコントロールします】
「あいよ」
返事はしたものの、美空の走力よりも楓の瞬動の方が圧倒的に速い。やろうと思えばいつでもこちらの動きを止められる筈だ。
6人にまで分身した楓がそれをできない理由は、一体どこにあるのか。
「春日殿……そなたに一つ聞きたい」
「話し合うならせめて止まってからにしない? それとも、面目上それは出来ない?」
「すまぬ……。答えたくなければ、それでも構わんでござる。お主……なぜこの戦に参加された。風香殿と史伽殿を見捨てたお
主が、なぜ今になって闘う事を決めたのでござるか。」
その質問が、いや、双子の名前が、胸の奥にズシリとのし掛かってきた。なぜ今になって……。
勝てそうだったから。逃げたくなかったから。みんなの闘う姿を見て、自分だけ守られてる訳にはいかなくなったから。
本当に?
確かに……。確かに、そうかも。
【左です!】
身体を捻って楓の攻撃を受け流す。と言っても、今は当てる気はないらしく、避けるのはえらく簡単だった。
「楓は……あんたは、何で逃げてんのよ」
「拙者は逃げてはござらん! 拙者は……風香殿を救うため……約束を果たすために、一時的にこちら側に付いているだけで
ござる。でなければ、あのような輩とは連まぬ」
約束……ああ、あのことか。
「楓……。そんなの、本当に信じてるの?」
「信じるも何も……風香殿を救うには、拙者にはもう、それしか残されてないでござるよ」
一度だけ、木乃香本人の口からそれを聞いたことがある。全く以て信じ難い話ではあったが、楓の言うように、それしか信じる
ものがない、というのも頷ける。
広場をぐるぐると回り、ダビデ像前の段差を反対側に飛び移った頃、のどかから指示が入った。
【春日さん。その事について、楓さんと話があります。今から言う言葉をそのまま楓さんに伝えて下さい】
のどかの言いたい事は分かった。木乃香側付いていたのどかなら、解るんだろう。その約束が嘘であると。しかし、それを言う
のはまだ早い。美空が頭の中でのどかに断りを入れた。
「結局そうやって、木乃香に怯えて、木乃香に頼って、最後まで木乃香に踊らされるわけだ」
その言葉に不快感を露わにした楓は、怒りの形相で反論する。
「お主も知っておろう。拙者と、木乃香殿の約束を。拙者はお主と違って、自分の名誉のために風香殿を見捨てて、逃げる訳に
はいかないのでござるよ」
息が上がり始める。長距離は得意だが、雨のせいで衣服が重さを増し、身体の熱を奪っていく。おまけに足場も安定しないため、
攻撃をかわすにも無駄な筋力を使い、体力の消耗が激しい。足が言うことを聞かなくなりそうだった。それでも、楓には伝えてお
かなければならない。
「違う……。違うよ、楓……」
空を覆っていた分厚い雲も、豪雨の放出に限界が近付いてきたのか、西の空に僅かに切れ間が覗いている。
「あんたは……楓は、あたしみたいに……誰かの指示を、待ってるだけじゃ……駄目なんだよ……誰にも迷惑かけずに救う方法
だって、あるんだ」
神様が何かしてくれるとしたら、きっとこれぐらいなんだろうな。そう思いながら、最後の力を振り絞って、神様が用意してくれた真
っ赤な西日が射す方へと、ジャンプした。
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