Dal Segno
「朝倉ぁ〜。原稿出来たぁ〜?」
「ぅぅ〜……まだッス……」
報道部部室のオフィスチェアーの上で回転しながら、朝倉は今月の麻帆良新聞の記事内容に頭を抱えていた。
レイアウトどころか、原稿すらも出来上がっていないという現状に、最早お手上げ状態だった。魔法の事を書ければ一番良
いのだが、「誰にも言ってはならない」という先生との約束は守らなければならない。それに、そんな信憑性の無い記事を
取り上げた所で、報道部の名誉をいたずらに傷付けるだけである事は容易に想像できた。
「幽霊ネタは使っちゃったしなぁ……。続報みたいな感じでもう一回書いてもいいけど、あんまりやると下手なオカルト
ゴシップになりかねないし……」
「私はネタ扱いですか……」 朝倉のすぐ後ろで、さよが不満げな顔を向ける。
前回の記事でのあまりの写真うつりの悪さに、二度とレンズの中に収まるものか、と決心したさよは、頼まれたって新聞に
載るつもりなどなかった。
「もうそろそろ学園祭の時期じゃないですか。今年はどんな感じになります〜、って記事なんかどうですか?」
「う〜ん……なんかもっとこう、血涌き肉踊る事件とか、そういうのが欲しいんだよなぁ〜。私はそっちの方担当だし」
ほんの少しだけ自信があったさよは、採用に至らなかった事で肩を落とした。
「うちの学校の連中、本当にノーテンキだからねぇ……。普通、学校って言ったらさぁ、もっとどろどろした人間関係とか
あるじゃない?」
「起こって欲しいんですか? そんなこと」
「いやまぁ、確かに平和もいいんだけどさ。ちょっとしたスパイスみたいなものがあった方が、人生、より輝くと思うのよ」
「う〜ん……解らないではないですけど……」
さよが腕を組んで考え込む。60年間も学校を見続けていれば、少なからずいじめなどを目撃した事はあるが、それでもやは
り、友達と平和以上を望んだ事はない。今までだって、ずっと一人ではあったが、生徒達の授業風景やクラブ活動を見てい
るだけで十分幸せな時間を味わう事ができた。朝倉和美という友達ができてからも、この人間関係が崩れる様なことは、想
像したくない。
「やっぱり平和が一番です! もっと爽やかなのを考えましょう」
「爽やかなの、かぁ……」
しばらく考え込んでいた朝倉が机を勢い良く叩いて、突如何かを閃いたように立ち上がった。
「そうだ! 『新田先生欲求不満!? 女子トイレの前をウロウロ』。これだ! 様々なアングルで女子トイレの前を通った
新田を激写! あたかもウロウロしているように見せかける! 元ネタはパルだから、見つかった時の責任も半分コ!
コレどうよ!?」
「朝倉さん……真面目に考えてますか?」 さよが呆れた目で朝倉を見つめた。これでは学園祭記事の方がまだマシだ。
「駄目か、やっぱり……」
流石に冗談ではあったらしく、朝倉がデジカメをポケットに入れて部室を出た。今日何度目かになるネタ収集のため、さよ
は本校舎へと向かう朝倉に着いて行くことにした。
放課後だからなのか、室内よりも校舎外の方が賑やかで、グラウンドやら体育館の中からは威勢のいい掛け声がよく響き渡
っていた。
文化部に入ったとはいえ、朝倉の運動神経は決して悪いとは言えず、寧ろ運動面では割と良い成績を修めていた。それでも
朝倉が運動部に入らなかったのは、やはり“事件性”を求める心が人一倍強かった所為だった。勉強の総合的な能力もそう
だが、何をやるにしても“コツ”を掴むのが上手かったお陰か、あまり深くうち込めるものがなかった朝倉は、常に事件の
種を追い続けていた。“コツ”もなにも無い、起きたらその場で対応や応用力を迫られる事件。それは朝倉にとって、何よ
りも得難い刺激だった。
「おっ? 何やってんの、お二人さん」
職員室付近で何かを言い争っていたのか、明日菜がネギを睨み付けると、「何でもないわよ」と一言だけ言って去って行っ
てしまった。睨まれたネギは、少し困ったようにはにかんで、
「いやぁ、何でもありませんよ。明日菜さん、宿題忘れる事が多くて、ちょっと注意してただけです……」
「ホントにぃ〜? 何かまた女の子に対して失礼な事とか言っちゃったんじゃないのか〜?」
「ゆ、言ってませんよ、そんな事」
ハルナ並にカンの鋭い朝倉は、言外に含んだネギの言葉を探ろうとカマを掛けたが、何を隠しているのかまでは解らなかった。
「そうそう。先生、何か事件とか知らない?」
「そんな、安いお店でも聞く感じで言われても、そう簡単に事件なんか起こりませんよ」
「う〜ん、魔法関係でもいいんだけどな〜」
「なっ、そんな! だっ、ダメですよ! それこそダメです!」
笑って冗談である事を伝えて別れたが、正直その辺りの情報が一番欲しかった。記者としてこれ以上心を揺さぶられる話題
はない。バラしてはいけないと言われてはいるが、それならばせめて情報が欲しい。魔法界とは、一体何なのか。この世界
とは、どのようにして繋がりを持っているのか。
「ねぇ、さよちゃんもそう思わない?」
「う〜ん……」
「やっぱり平和の方が好きか」
女子トイレを通り過ぎた頃、丁度良いタイミングと言うべきか、鬼教師新田とすれ違った。
(おっ、チャーンス)
(朝倉さぁん!)
さよの静止も聞き入れず、ポケットからデジカメを取り出した朝倉は、そのまま振り向かずにシャッターボタンを押した。
相手に気付かれずにレンズに収めるには必須のテクニックで、難しい技ではあったが朝倉はとうに修得していた。ブレも
なく、完璧に地面と平行で、正面を向いて写したのと何も変わらない程の写りの良さ。
「へっへ〜。激写激写っと」
「もう、まさかそんなの記事にしませんよね?」
「当たり前じゃない。そんなことしたらあの変態教師に何されるか解ったもんじゃないよ」
「ほう、それで、私が変態だという噂はどこから流れて来たのかね?」
大口を開けて硬直した朝倉は、冷や汗を掻く暇も無く、高速で頭を回転させた。
「……ち、ちょ〜ど良かった! いやね? 今ね!? 普段お厳しい新田先生が、普段どんな激務に耐えていらっsたら
るのかって、取材しようとしてたところなんですよ! 最近はホラ、ネギ先生にばっかりスポットが当たるじゃないで
すか! 当たるんですよ! それで……いやぁ〜やっぱり後ろ姿でしょ!? 何かその方が格好いいじゃないですか!
ね!?」
途中で噛んだのは気に留めず、しばらく新田を誉めちぎった。普段女子生徒に誉められる事など皆無であろう新田はきっと、
誉められ慣れてはいないハズである。そうでなくては困る。
「それで、変態であるこの私を取材しようと、女子便所の前というベストポジションで私の姿を撮った訳だ」
「新田先生! 今! トレンドは女子便所です!!」
呆れ果てた表情のさよは、説教に付き添ってやる気もなく、どこかへと行ってしまった。
再び部室の椅子に腰を下ろした朝倉は、プリントアウトした先程の一枚の写真と睨み合っていた。デスクの上に置いた自分
のデジカメを手に取り、蓋を開けて中を確認するが、本体にもレンズにも異常は見られない。もう一度写真を見る。カメラ
に異常がないとするならば、一体この写真は何なのか。
魔法。さよによる霊的な何か。ピントのズレ。どれにも確証はない。カメラの機能にしては妙だ。一体誰が好き好んでこん
な写真を撮りたいと思うだろうか。第一、説明書をくまなく読んだが、こんな写真が撮れる機能なんてどこにも書いてなか
った。かといって、メーカーに問い合わせて解りそうな雰囲気でもない。
女子トイレの前に写った新田と、その奥にいる明日菜と英子。英子が何をしにこんな所までやって来たのかはさておき、こ
の二人の位置が妙なのである。床のタイルの境目を見ると、確かに二人は正面を向き合って約1mの距離にいる。この位置
に来れば、大概の人間が避ける動作をするハズであるが、二人には全くそんな様子はない。仮にお互いが見合って同じ方向
に避けてしまったのなら、それなりの慌てた表情をするだろうが、二人共全くの無表情で、そんな素振りは少しもない。
そして何より、この因縁浅からぬ二人が1mの距離まで近付いて、何事もなく終わる筈がないのである。
新田を前にして警戒した?いや、その程度で済む二人ではないだろうし、何より無表情というのが引っ掛かる。これでは新
田にすら気付いていないようにも見えてしまう。まるで、二人、いや、三人共お互いの存在が無いものとしているかのような。
そして、この写真にはもう一つおかしな箇所がある。いや、これこそが、この三人の位置関係の不自然さを説明するものと
も言えるかもしれない。
通常、空間は奥(消失点)に向かっていく程狭まって見える。これは人間の目のみならず、レンズに映った場合でもそうで
ある。しかしこの写真は、それが異常な程緩い。人間の目で見た狭まり方とは大きく異なっているのである。まるで、奥行
きが誰かの手によって歪められ、無理矢理に押し広げられているかのような。普段見ている廊下とは、形そのものが大きく
変わっているため、朝倉自身にもはっきりと判る程の異常さだった。
もしそうならば、この三人の位置関係についても納得がいく。つまり、“三人は思ったほど近くにはいない”のだ。
いつの間に眠ってしまったのか、目が覚めると窓の外の日は暮れに差し掛かり、部活に勤しんでいた生徒達の活気に満ちた
声もすっかり聞こえなくなっていた。朝倉はチェアーの上で体を捻ってほぐしなから欠伸をかくと、眠気と闘いながら帰り
支度に取り掛かった。帰り支度といっても、デジタルカメラ片手に出来る活動には大して物がある訳でもなく、そう時間は
掛からない。だからすぐにでも帰れるかと思ったのだが、部室を出ようとした時、先程原稿の催促をしてきた同じ報道部の
生徒とばったりはち合わせた。
「朝倉ぁ〜、原稿出来たぁ?」
気のせいか、いつもよりちょっと棘のある言い方に聞こえた。流石に期限ぎりぎりまで引っ張るのはマズいか、と思いなが
らも、両手を合わせて相手の機嫌を損ねないよう、丁寧に謝った。
「あぁ、ごめん、もうちょっとだけ待って。ちゃんといい原稿作るからさ、ね?」
さっき聞いたばかりなのにもう催促とは、そんなに気の短い人だっただろうか、とは思っても口には出さなかった。これ以
上相手の機嫌を損ねる必要もない。
「もう何でもいいじゃない。3-Aなんだからネタには困らないでしょ? 時間もないんだから、さっさと作ってよ」
流石にこの言葉には、朝倉もいつもと違う彼女の雰囲気を感じ取っていた。彼女のメンストレーションサイクルについて知
っている訳ではなかったが、ひょっとしたらこれくらい性格が変わってしまう人も居るのかも知れない、と納得してみた。
教室に戻って人がいなければ、さよに手ぐらい振ってやろうかと思っが、予想に反してさよはおらず、蛍光灯の点けっぱな
しになった教室内は、しんと静まり返っていた。
いつもなら勝手に帰ると翌日半泣きで抗議してくるくせに、探してる時に限っていない。今なら誰もいないから、帰りの挨
拶に二言三言喋ってあげようと思ったのに。
まぁ、いっか……
寝ていたから気を遣ってくれたのかも知れない。と納得して、その日は帰ることにした。
寮のある駅に着いた時にはもう7時を回っていたため、夕飯はコンビニで買った弁当で済ませることにした。ルームメイト
である美空と2人分を買って自室に戻ると、部屋の蛍光灯も点いておらず、妙に静まり返った真っ暗な部屋に違和感を覚え
る。手探りで部屋の隅のスイッチに触れ、明るさを取り戻した室内のベッドの上に制服姿のまま横たわる美空を見て朝倉が
言葉を失った。
「美空……死んで……」
「ねぇよ」
顔だけをこちらに向けて返事をする美空を見て、まだ元気であることを確認すると、買ってきた弁当をテーブルの上に置い
てブレザーを脱いだ。
「部活でそんなに走ったの?」
「……それってひょっとして嫌味?」
「あれ、違うの? じゃあなんでそんなにぐったりしてるのよ」 美空が応えるのも面倒臭そうに、再びベッドに顔を伏せる。
「ホラ、唐揚げ弁当買ってきたから、とりあえずシャワー浴びてきな」
憔悴しきった顔の美空がフラフラと立ち上がると、おぼろげな足取りでシャワールームへと消えていった。朝倉はその間に
2人分の唐揚げ弁当を電子レンジに突っ込んで、タイマーを捻る。
大会でも近いのだろうか。明日菜に負けるとも劣らない程スタミナのある美空がドロドロになるまで走らされた理由といえば、
それぐらいしか思い当たるふしがない。
ふと、朝倉の視線が自分のデスクの上にあるCDラックの上に止まった。
見覚えのないCD。
(あれ……あたし、こんなの買ったっけ……)
美空が買ってきたのだろうか。だとしても、見覚えのないことから、つい最近の筈だ。それでいきなり、間違えてこちらの
ラックに入れてしまったのだろうか。
ジャケットは妙に暗い色ばかり使っていて、あまり良い印象は持てない。流してみるとやっぱり暗めの音楽で、正直趣味で
はなかった。CDをケースに戻して、ラックに仕舞う。よくよく見てみると、まだちらほらと見覚えのないものが見つかった。
まるで自分の趣味がいつの間にか変わってしまったかのように、新しい趣味のCDが綺麗に揃って並んでいる。
レンジが甲高い声で鳴いた頃、丁度シャワールームから上がってきた美空に尋ねてみる。
「ねぇねぇ、これあんたの?」
ジャケットを美空に向けて見せたが、美空は肩に掛けたバスタオルで頭を拭きながら、ただ不思議な表情で視線を返してく
るだけだった。
「それ、この前朝倉が自分で買ったヤツでしょ?」
「へ? あ、あたしが!?」
素っ頓狂な声を上げた朝倉を無視して、美空はレンジから唐揚げ弁当を取り出すと、2人分のお茶をコップに入れてテーブ
ルに乗せる。どうやら本気で応えるのが面倒なようだ。取り敢えず、二人共箸をつけ始めた。お互いの話がちぐはぐなのは、
空腹のせいなのかもしれない。
「私があんな暗いの聴くわけないでしょ? それに、買った憶えだってないし」
「私に言われたって知らないよ。私は知ってる事を話してるだけですから」
妙な空気だった。先程学校であった報道部部員の変わりようといい、なにか自分の“嗅覚”を刺激する不穏な空気が、第六
感を刺激してやまない。
一旦話を打ち切って、暫く世間話でその場を取り持ったが、いつものようなスムーズな会話ではなかった。
さよの不在、報道部部員と美空の変わりよう、見覚えのないCD。
朝倉は、自分の内に沸き上がる“事件性に強く惹かれる心”が密かに警鐘を鳴らしているのを感じ取っていた。
夜9時を回って、大浴場へ行くために着替えと入浴セットを持って玄関に立った朝倉を、美空が呼び止めた。
「ちょっと、どこ行く気?」 言葉の端に、微かに不安を漂わせている。
「お・ふ・ろ。一緒に入る?」
そう微笑みかけた朝倉に、美空はより一層強い口調で返してくる。
「じょ、冗談やめてよ! 今の時間、みんな入ってるんだよ!?」
「じゃあ、尚更に行こうよ。またみんなで胸の比べっこでも……」
「朝倉!!」 突然発せられた怒声に、朝倉が身を縮めた。
「ふざけ、ないでよ……。冗談でもそういうのはやめて。結構、逃げるのとか……大変なんだから……」
「何……言ってるの……?」
朝倉は、美空の言葉の意味が理解できずに、ただ玄関の前で立ち尽くしていた。寂しそうに俯く美空の心中を察しようと試
みる。
「部活で何か嫌な事でもあった?」 朝倉が美空と離れた場所といえば、その辺りしか思いつかない。しかし、美空はまた
寂しそうに顔を背け、自分一人だけが持っている答えを飲み込んだ。
「もういいよ。どうせ……」
「どうせ、何?」
「なんでもない。行きたいなら行けばいいよ。私にとってもその方が都合がいいし」
美空は再び自分のベッドに寝転がった。説得を諦めたようだった。
「でも、一応忠告しておくけど、大浴場で誰かに会った時は、気を付けた方がいいよ。まぁ、この部屋のシャワールームを
使うに越したことはないんだけど……」
「そ、そう……」 疑問は晴れず、朝倉は美空に不信感を抱いたまま部屋を出る。
美空の忠告を無視した訳ではないが、聞き入れることはまだできない。記者として、自分に投げかけた質問を投げ出すわけ
にはいかなかった。一体何に『気を付けろ』というのか。それを確かめなければならない。
自室を出て廊下をしばらく歩くと、見慣れた赤い頭が目に入った。朝倉は後ろからその人物に声を掛ける。
「ネギく〜ん!」
数メートルの距離を一気に詰めて、隣まで歩み寄った。呼び掛けに気付いたネギが、首を傾ける。
「よっ!」
「どうしたんですか? 朝倉さん、今日はなんだか元気ですね」
ネギのその言葉に、朝倉が一瞬顔を強張らせ、顔を正面に向けた。
「うん? いやぁ、今月の真帆良新聞のネタが浮かばなくてさぁ。ここまで何も浮かばないと逆に清々しくなっちゃってさ。
ネギ君は、どこ行くの?」
「ちょっと、そこまで行くだけです」
「そっか」
あまり喋るのも不自然だと思い、朝倉は一旦言葉を止めて黙った。恐らくその方が正しい、と自分の勘が告げている。
しばらく無言で歩き、大浴場の手前でネギと道が別れた。朝倉はそこである質問を思いつき、ネギに投げかけてみた。
「ところでネギ君」 ネギが顔だけこちらを振り返る。
「ペットとかって、飼ってみたいとか思わない?」
「ペット?」 特に考えた素振りも見せず、ネギは即答する。
「別に飼ってみたいとは思いませんね。それにこの寮、ペットは禁止だし」
「でも、禁止されてることって、逆にやってみたくなったりしない?」
「ハハ……朝倉さんらしいですね」
お互いに少しだけ笑って、そのまま別方向へと歩き出した。朝倉はネギがいなくなったのを見計らって、自室への道を逆戻
りし始める。
再び自室に戻ってきた朝倉は、扉の前の床にへたり込むと同時に、安堵の溜息を漏らした。どうしてあんなに緊張したんだ
ろう。たった今まで味わっていた空気を思い出し、寒気に襲われる。
明らかに空気が違っていた。勘というか、誰もがその空間に入り込めば、身を萎縮させてしまうような、そんな異常な気配
が充満していた。あの気配はネギ先生から出ていたのだろうか。
しばらく目の前の吹き抜けの辺りを呆然と眺めて、頭を落ち着けた。緊張の糸がほぐれ、やっと頭が冷静さを取り戻したと
ころで、考えを整理した。
先程の会話で引っ掛かった疑問点は二つあった。まず一つ目は、ネギの「今日はなんだか元気ですね」という発言。
あの程度で元気だと言われる程、普段の私は暗い人間だと思われていたのだろうか。なんとか頭をフル回転させてとっさに
返答したが、本当にあれでよかったのだろうか。
そしてもう一つ。私の前では必ずといっていい程顔を出す、本名は確か……アルベール・カモミール、といっただろうか。
あのオコジョがいなかった。いなかっただけならまだ、別の場所にいた、と考えるのが普通だろう。
だがそれは、後の質問とネギの返答によって否定された。ペットの話題を出して、一言もカモの名前が出てこないのはおか
しい。「ペットなら、カモ君だけで十分ですよ」そんな一言くらいあってもいいのではないか。まるで、そんなものは最初
から存在していないかのような、そんな印象を受けた。
美空の言葉が再び頭の中に甦った。気を付けろ、と。
やはり魔法関係なのだろうか。そうだ、きっとそうに違いない。でも……。
早計だろうか。考え過ぎだろうか。
まだ何も起こっていないというのに。そして、その答えは誰に尋ねればいいのか。まずネギではないだろう。
気付くと、背中に圧迫感があった。扉の前で座っていた事をすっかり忘れていた朝倉が、扉が開いた事に気が付かず、頭か
ら廊下につんのめる。
「ぶぅわっ!!」
「朝倉……さっきから何やってんの? そんな所で」
「痛ったたた……。いや、ちょっと考え事を……」 朝倉がそこで、何かを思い出したように突然立ち上がった。
「美空……。そうだ、アンタさっき、何て言おうとしたの!?」
掴みかかるような勢いの朝倉に、突然肩を揺さぶられた美空がたじろいだ。
「へ? さ、さっきって?」
「ホラ、気を付けろとかなんとか! 何に気を付けろってのよ!?」
「そ、そんな突然言われても、い、色んなもんだって!」
「だからその、色んなもんを聞いてるのよ!」
「わ、わげぁ〜!!」
「訳分かんない奇声発してないで、さっさと教えてよ! 重要な事なんだから!」
「と、とりあえず……中、入ろうよ。ね?」
「そ、そうだね……」 確かに、秘密を話すのに廊下という場所は適していない。
朝倉が掴んでいた美空の襟元を直して、小さく謝った。
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