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どうしていつも、真実は塊になって浮かび上がってくるのだろう。
朝倉は自室に戻り、先日夕映や明日菜と一緒に撮ったデジカメの写真に見入っていた。そして、そこに写し出されたある事
実を目の当たりにして、呆然となった。
この世界に来て二日目の日、私は夕映と一緒に一枚だけ写真を撮り、そこに写った自分の姿は、心霊写真の如く歪められ
ていた。カメラの故障でもなければ、さよによる霊的な力でもない。すぐ隣に写っていたにも関わらず、夕映には全くそんな
跡がなかった。それどころか、肩から出した、私とは反対側の手までもが見事に歪んでいるのである。
夕映と私の違いは何か。それはつまり、元々この世界の住人であるか否か、だ。
ならば、ここに写った明日菜が私と同じように歪んでいるのは、一体何故なのだろう。
ぼんやりとした形が、朝倉の頭の中に浮かび上がってくる。
『この世界の支配者』は、何故私を呼びつけたのか。私だけなのか。私と明日菜だけなのか。
明日菜が呼ばれ、私が呼ばれた。では、明日菜を呼んだのは成功だったのか? それとも、失敗したから私を呼んだのか?
『成功』だった場合、それはつまり、この世界に順応してしまった、ということだろうか。『失敗』だった場合は? この異常な
世界を元に戻して欲しかった?
いや、と朝倉は思い直す。もう一人いたのだ。たった今、協力を頼んだ人間が。
ここで最初の疑問に戻る。何故、千雨は無事なのか。あのいじめを“攻撃”だとして、支配者は千雨に攻撃できなかったのか、
したくなかったのか、する必要がなかったのか。それとも、誰かに守られているのか。
疑問ばかりだ。立てるべき仮設が見つからない。朝倉は千雨の写真を撮れなかったことを悔やんだ。せめて千雨の写真が
撮れれば、今の千雨がこの世界の住人かそうでないかが分かるのに。
千雨は私に協力してくれる代わりに、私との関係を一切証拠として残さない、という旨を条件として挙げてきた。写真撮影なん
て御法度だろう。
朝倉は肺の中に溜まった空気を大きく吐き出し、自分の机に突っ伏した。頭の休めるために隣に置いてあった菓子パンに手
を伸ばし、ポットで注いだミルクティーを一口啜ると、デスクの引き出しの奥にあるお守りを引っ張り出した。
「懐かしいな……」
受験の時や、大きな勝負事の時、よくこのお守りを持っていた。お父さんから貰ったやつだ。最近はあまり使う機会もなくなっ
たけど、結構効果があったように思う。
朝倉は赤い巾着袋に包まれたお守りを握りしめて瞼を閉じ、しばし過去の自分を思い出した。
小学校の頃の自分は、割とどこにでもいる普通の子だったと思う。ただ少し、新聞が人よりも好きだった。報道記者を正義の
味方と重ね合わせ、次々と悪事を掘り出し、糾弾していく姿に憧れた。その頃の私はまだ、悪事を暴き、裁くのは正義だと思
っていた。ところがある日、私の好きだった新聞の、ある記者が不祥事を起こす、という事件が発覚し、各所で報じられた。
その報道は、子供心にどこか裏切られたような感覚を憶えた。
正義の味方が捕まった。理由はよく分からなかった。
それからしばらくして、クラスでいじめが起こり、私が主犯格に仕立て上げられた。もちろん、見ていて止めなかった私も悪い
んだけれど、小学生くらいの子供は、自己犠牲よりも平等さを求める。だから、みんなが結託して私を選んだことには、ひどく
ショックを受けた。
家に帰ってその事を父に伝えると、父は別に学校に乗り込んで不平等を訴えるような事はせず、静かな声で私にこう言った。
「受け止めなさい。それが嫌なら賢くなるんだ。和美が真実を見せつけてやるんだ」
私が勉強を頑張るようになったのは、多分その辺からだと思う。
ふと、お守りを握りしめた手に奇妙な違和感を感じた。お守りが妙な厚みを持っている。
こんなに膨らんでいただろうか、と朝倉は袋を開け、中に入っている紙を取り出した。こうすると効果が無くなってしまう、とい
う話を聞いた事があったが、気にしないことにした。
中に入っていたのは、A4サイズの普通の紙だった。ノートを一枚だけ切り取って詰め込んだような感じだ。ただ、普通と違っ
ていたのは、そこに書いてある内容だった。
字は間違いなく自分の筆跡だったが、こんなものを書いて、お守りの中にしまった覚えはない。
「そうか……そうだよね……」
その内容を見た時、朝倉が疑問に思っていた一部が完全に氷解し、胸の中が少しだけ熱を帯びたのを感じた。
*
「ただいま……」
美空は室内を見回したが、夕映がいないことを確認して、落胆した。朝倉に次いで、今度は夕映の落ち込みようがひどかっ
たものだから、これは何かあったな、と予想したが、見事その通りになった。
「夕映っちとは、喧嘩したの?」
朝倉は机に向かったまま、ペンでごしごしと何かを塗り潰す作業に勤しんでいる。
「夕映っち? 知らないよ。どうでもいいよ、そんなこと」
あ、そうですか。と美空はまた暗澹たる気持ちになった。せっかく希望の光が見えたというのに。朝倉が乗り気なら、影から
ちょっとぐらい応援してあげてもいいな、とか思ってたのに。朝倉でも駄目だったか。
「何、やってんの?」
「あんたには関係ないよ」
美空はむっとして、席を立った朝倉を睨み付ける。今まで協力してあげたのは、一体何だったのだ。それをそんなあっさりと、
まるでなかった事のように足蹴にすることはないじゃないか。
「ちょっと、朝倉!」
朝倉が美空の言葉を制して、口に人差し指を当ててきた。悪戯を思いついた子供のように薄笑みを浮かべたかと思うと、こ
んなことを口にした。
「思いついちゃった」
「え……?」
「いじめを止める方法」
ぽかんと口を開けた美空を通り抜け、朝倉は部屋を出た。後から 「カップ麺買ってくるー」 という言葉も聞こえてきた。
いじめを止める方法? そんな馬鹿な。できる筈がない。木乃香を、龍宮を、刹那を、のどかを、超を、明日菜を止める方法
があるというのか。それには一体、どれだけの人間の協力を必要とするのだ。あの暴力集団を止めるだけの力は。
美空はふと、朝倉が先程から作業していた机を見た。一枚の紙が乗っている。もしかして、ここに書いてあるのだろうか。見
てもいいのだろうか。
室内には誰もいないのに、やっぱり誰かいるんじゃないか、と不安になって、美空は辺りをきょろきょろと見回した。安全を
確認した美空は、恐る恐るその用紙に向かって、そろそろと足を進める。瞬間、木乃香との約束が頭の中をよぎった。
『もしな。何か、気付いた事あったら、うちらに教えてな。約束やよ?』
これは、“気付いた事”に当たるだろうか。
『仲がええからって、うちら敵にまわしたら、いややよ』
もし今これを見てしまったら、後で確実にのどかに読まれる。 “見なかったこと” にはできない。見ないでやり過ごすか、裏切
りを決意して覗くか。どちらの誘惑が強いか。木乃香か、朝倉か。安全か、革命か。
答えは明白だった。
先行するのは、やはり恐怖心だった。この恐怖心は、格が違う。失敗したらどうする。それこそ、人生の終わりだ。
美空は友達を一人裏切る程度の、ささやかな自責の念をもって、その紙を覗き込んだ。
*
『 Save the world 』
「よかった」
廊下で明日菜を見つけるなり、息を切らしながら朝倉はそう言った。
「明日菜の部屋行ってもいなかったからさ」
「何か……用?」
敵なのか味方なのか、よく分からない相手を目の当たりにしたように、戸惑いを見せながら明日菜が問い返す。
「いやぁ、実はこの前みんなで撮った写真なんだけどさ。なんというかその……心霊写真みたいになっちゃっててさ。別に、へン
なモノが写ってるとかいうわけじゃないんだけど、明日菜と私が歪んじゃっててさ、それで、渡そうと思ってたけど、無理になっ
ちゃったって事を伝えに……」
「そんな事……わざわざ今言いに来なくたっていいのに」
「うん、まぁ、晩ご飯を買うついでなんだけどね」
朝倉は少し照れた笑いを浮かべて、頬をぽりぽりと掻いた。寂しげな表情はどこか、別れの挨拶とも受け取れた。
「それで、ちょっと付き合ってくれない? 晩ご飯買いに」
「別に……いいけど」
結局朝倉達は少し遠出して、駅の方のコンビニまで出歩くことにした。近場にもあるにはあるのだが、麻帆良の生徒が頻繁に
利用していて、誰かに出くわす可能性もあり、それは朝倉にとってはあまり有り難いことではなかった。
「ネギ君と知り合って、もう結構経つよね」
夜風は既に人肌の温度にまで上昇し、寒さに二の腕を抱えることもなくなっていた。二人とも半袖のシャツを着ていて、明日菜
は膝丈よりも少し上のスカート、朝倉は薄手のパンツというラフな格好で、普通と違う所といえば、朝倉の露出した肌に数ヶ所
の青痣があるぐらいだった。
明日菜はもう、朝倉が話し掛けてくる事を疑問に思わなくなっていた。朝倉はこういう奴なんだ、と割り切って、普段の自分の行
いから目を背けていた。
「ろくな事ないわよ。服は脱げるわ、変な化け物には追われるわ……」
「石になったりね」
「そうそう」
「意外と魔法のこと知ってる人が多かったり。陰陽師とか、ずっとインチキだと思ってたのにさ」
「本当、退屈しないわよ。あいつと知り合ってから……」
出会ってから、ほんの少ししか経っていない。嘘みたいな話だけど、それは本当だった。
「分かんないもんだよね」
「何が?」
「どこに私達の知らないものが隠れてるのか、なんてさ」
「そうね」
「もしかしたら、この世界も魔法でできてるのかもよ」
「やめてよ、そういう映画みたいな話。この世界は機械に管理されているのだー、みたいな」
「なんの映画よ、それ」
駅前のコンビニに到着して、朝倉は二人分のカップ麺とお茶と、ニキビ薬、糊を手に取った。他にも必要なものはいくらかあっ
たが、コンビニで手に入るものではないので、その分は後回しにする。
「糊? 何に使うの?」
「うん、ちょっとね」
レジで出されたレシートの合計金額から、ニキビ薬と糊の代金を引いて二分割する。後で美空に請求する分の代金だ。
コンビニを出て寮へと引き返す道のりで、朝倉は本題を切り出した。
「この数週間で分かったんだけどさ」
「ん?」
明日菜はさっき買った菓子パンを口にくわえながら、朝倉の方を振り向く。
「たとえば、ネギ君や、他の先生達でも気付かない魔法って、どんなのだと思う?」
「ネギにも、気付かない?」
「そう。言ってみれば、完全犯罪みたいなさ」
「……分かんない。何が言いたいのよ」
「つまり、この世界だよ」
「難しい事言われたって分かんないわよ。もっと分かり易く説明しなさいよ」
「“世界が突然変わっちゃう魔法” だよ。先生達に気付かれずに、誰かを貶めるための」
明日菜は理解できない、といった表情で、もう一度朝倉に問い返した。
「どういう意味?」
「3Aがさ、突然みんなが変わっちゃったのが、魔法のせいだとしたら? 木乃香やネギ君や、他の人達も、私達の知らない間
に魔法にやられてて、それで、私達がそれに苦しんでるとしたら……いや、違う。私達がそういう世界に放り込まれたんだと
したら?」
“途中参加”した朝倉にとっては、それはとうに行き着いていた答えだったが、明日菜はまだその事すら知らない。
「だとしたら……なんだって言うの?」
「元に戻るかもしれないって意味だよ。勿論、ネギ君にも気付かない魔法なんだから、私達に解決するなんて無理な話かもし
れないけど、でも、可能性はあるんだよ。3Aは本当は、あんな卑劣なクラスじゃない。魔法にやられてただけなんだって」
「違うわよ……そうじゃなくて」
前向きな明日菜からは、きっと明るい答えが返ってくる。朝倉はそう思って明日菜にうち明けたのだが、そうはならなかった。
「今さら元に戻したとして……どうやって元の生活に戻れっていうのよ」
「え……?」
「今まで何人傷付けたと思ってるのよ! あれだけ殴って、蹴って、心まで滅茶苦茶にした人達と、どうやって今まで通り話せ
っていうの!? 魔法のせいだったからって何よ! みんなはそうだったのかもしれないけど、私は違う。私は普通だったの。
私はそのまんまで、それなのにいろんな人を、楽しい楽しいって思いながら、笑いながら殴ってきたのよ? それなのに、今
まで通りになんてできるわけないじゃない!!」
肩を掴まれてぐらぐらと揺らされると、視界が定まらなくなった。それはまるで、足下の危ういこの作戦を象徴しているようでも
あり、朝倉はそれだけで不安に足を取られるような気がした。
せめて誰かの期待が欲しい。希望を持った顔を見せてほしかった。そう願っていたのに、明日菜の顔は例の写真の様に歪み、
頬は濡れていて、とてもこの世界が元に戻る事を期待しているようには見えなかった。
「それならせめて、何かやってみればいいじゃない! ずっとそうやって自分のために悲観してるの?」
それでも、この計画を中止するわけにはいかない。朝倉は自分を奮い立たせるようにして、必死に食い下がった。どこかに運
命を翻弄する神がいたとして、そんなものに従い、希望を否定されるのは嫌だった。
「何よ、偉そうに! 結局まだ何も解ってないんでしょ? 証拠だって何もないし、解決するかどうかだって分からないじゃない!
あんたは、クラスを元に戻すために何かできるの!?」
「いじめを止める方法は……あるんだよ」
「ウソよ、そんなの。無理に決まってるじゃない」
「無理じゃないんだよ。もし成功すれば、の話だけど」
「じゃあ、どうやって止めるの?」
「それは……今は言えないけど、でも、上手くいけば必ず止められるんだってば!」
「どうして説明できないの? あぁ、またそうやって私の事疑ってるんだ。私の事なんて信用できないんでしょ」
「ち、違う! 本屋に読まれたら計画が台無しになっちゃうから……」
「うるさい! もういいのよ。私なんか、ずっとこうやって苦しんでればいいのよ! もう、私の事なんか放っといて!」
朝倉は交渉を諦めた。明日菜は哀しみを感じているだけだ。前へ進もうとしていない。それが判った。そして何より、これ以上
話していると、自分までもが悲観的になって、闘う意欲を失くしてしまいそうだった。
「そう……。ならもう、いいや」
走り去る明日菜の後ろ姿を見送りながら、朝倉は孤独に押しつぶされそうな体を抱え、涙を堪えた。
今は耐えなければならない。戦意を喪失しないように、走り続けなければならない。
気を紛らわすために見上げた夜空には、意外にも多くの星が微かな色を携えて輝いており、なんだ、結構見えるじゃん、と思
った頃には、涙は引いていた。
*
「真名」
私の名前が呼ばれたのは昨晩遅くの事だった。龍宮神社の手伝いが遅くまで続いて、終わったのが深夜十時。労いの言葉か
と思ったのだが、そういうわけでもなかった。
「明日、ちょっと届けてほしいものがあるんだが」
「はぁ……」
そう言って手渡されたのは、B5サイズの、事務書類が折り畳まずに入るような大きさの封筒で、ぎっしりと詰まった中身は結構
な重さを持っていた。
「これを、どこに?」
「いつものお得意先なんだけどな、所用で使いたいから、近場の麻帆良学園まで取りに来るらしいんだ。どうしても明日欲しいっ
て言ってきてな」
「中身は?」
「祭事の準備に手間取ってるらしくてな。まぁその関係がいろいろと入ってるんだが、人手が足りなくて、身代わりの符を欲しい
って言うんだ。あいにく昼間だからお前を手伝いに出すのは無理だし、俺も用事が入っててな。うちから人手を出してやれな
いんだ」
「それは……お気の毒に。しかし、随分入ってますね」
「ああ、なんでも今年は例年より人を多く集めたいらしくて、呼び込みの人員も欲しいそうなんだ。規模も広げてな。まぁ、あそ
こも人が少なくて大変だしな。うちもそろそろ年末がきつくなってきたし、新しい人を呼び込もうかとも考えてて……」
「そうですか」
「ところで真名」
「はい?」
少し神主の声のトーンが変化した。どちらかと言えば厳しさの浮き出た声で、人を叱る前には、よくこんな声になったのを憶え
ている。私もこの声によく叱られていたため、なんとなく体を緊張させた。
「学校の方は、楽しいか?」
思っていた事と少し違う質問が飛んできて、私は拍子抜けした。私の勘違いだったのだろうか。
「ええ、まぁ……」
特にどちらという訳でもなかったが、あまり面倒な問答をするには遅い時間だったため、無難な答え方になった。こういうところ
で自分が日本という環境に慣れてしまったんだな、という実感が湧いてくるのだが、あまり気持ちの良いものではない。
「そうか、それならいいんだ……」
この人には色々とお世話になっているが、どういうわけか、少し物悲しそうな表情を浮かべ、私を不安にさせた。あまり心配を
かけたくない相手なだけに、何も言われずに哀しい顔をされると、どうしてよいのか分からない。
学校の事が知られているのか。いや、それはない。あの学校の秘密が流出することなど有り得ないのだ。誰も外に喋ることは
できない。恐怖という鎖はそれほどに強力で、そう簡単には抜け出せないのだ。
ふと、朝倉の顔が脳裏に浮かんだ。おそらく、情報網でいえばかなり強固なコミュニティを持っているであろう彼女は、機密保持
には欠かせない存在になってくる。のどかのアーティファクトによれば、朝倉は一時期反抗を考えていたらしいが、それも今では
なりを潜めている。しかし、いつまたそれが顔を出すとも分からない。彼女にはそれほど恐怖を与えておく必要があるのだ。
より強い調教が必要なのだ。
龍宮は、いつの間にか自分の頬が緩んでいることに気が付いて、慌てて表情を元に戻す。
いけない。私は金のために、ある目的のために木乃香に協力しているに過ぎない。決して楽しんでいるわけじゃあないんだ。
もしかしたら、神社を手伝っている最中も、私はこんな顔をしていたのかもしれない。さっき神主さんに聞かれたのは、この顔
が原因だろうか。
もし私が、信頼した相手のこんな顔を見たら、なんと声をかけるだろう、と想像してみる。
きっと、なにも言えない。途中で言葉を止めてしまうと思う。
そして翌日、校内で客人を待ったのだが、始業時間が来ても相手は現れなかった。不満をぶつける事もできずに多少苛つき
はしたが、祭事の忙しさは私も知っている。仕方が無くて授業に出ていたのだが、二時間目の最中にしずなが教室に入って
来たかと思うと、まっすぐ私の所へ来て言った。
「龍宮さんにお客さんが来てるんだけど、今授業中だし、『受け取るものがあるだけだから』っておっしゃってたから、私が渡して
おくわ」
私は別に授業を抜け出して届けてもよかったのだが、わざわざ教室まで来てくれた相手に断るのも失礼に当たると思い、鞄の
中から封筒を出して手渡した。しずなは教室内の様子に一瞬顔をしかめたものの、いつも通りに顔を背けただけで、そのまま
大人しく教室を後にした。
*
イヤフォンから流れてくる凄まじいビートに合わせて、朝倉は軽くリズムを取った。汚水で湿った服と上履きを身に付けているに
も関わらず、考え事に集中できるのは、この曲のおかげだ。のどかの本への防衛対策でもあるが、ボリューム一杯まで上げた
耳の中には、最早外部の声は入って来ない。私に話し掛けることもなくなった夕映の声も。
それは正直、かなり有り難いことだった。
朝倉は今一度、頭の中で計画を始めから描き出した。一度ゴール地点に立ち、そこからスタートの位置を眺める。
道々に空いた穴、つまり「無理」の部分を補間し、ゴールまでの道のりを歩けるようにする。
成功確率は五分と五分。失敗したらどうなる。そう考えたら、足の震えが止まらない。でも、進むしかない。
大丈夫、きっと成功する。
今日だけだ。今日一日耐えるだけでいい。飛んでくる罵声も、体の痛みも、今日で最後だ。
止めてやる。夕映やクラスのみんなを、絶対に助けてやる。
そう考えると、たとえ突き飛ばされて転んでも、起きあがる事に苦痛や屈辱を感じることはなくなっていた。
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