龍宮とビートたけしを取り囲むようにして、周りの生徒達は何かの撮影なんじゃないか、とか、ドッキリなんじゃないか、といった
憶測を口にしては、ちらちらと確認をするように視線を送っていた。
噂を聞きつけやって来た他の生徒達が、次々と質問を投げかけては、返ってくる同じリアクションにいちいち笑ったり歓声を上
げたりしている。
本物なのか? いや、違う。さっきから同じ言葉しか喋っていないこの単調な動作には、どこか見覚えがある。それはつまり、
こいつは身代わりによって作られた物なんじゃないか、ということだ。
試しに一発撃ってみるか。しかし、もし本物だったらどうする。いや、それならそれで、なんらかのアクションを起こす筈だ。
私は胸ポケットに入れておいたハンドガンを握り、周りから見えないようにハンカチで包んでから取り出すと、ゆっくりとその手を
ビートたけしの形をしたものに近付け、引き金に指を掛ける。
女生徒の短い悲鳴が上がった。

おい、まだ引き金は引いてないぞ、と言おうと思ったが、どうやら悲鳴の原因は別にあるらしい。たけしに集中していた女生徒
達の視線が一斉にそちらの方へと向かい、また元に戻る。何があったのか確認しようとしたのだが、人が多すぎて悲鳴のあっ
た場所が見えない。気のせいか、刹那の声が聞こえたような気がしたが、このざわめきの中の空耳かもしれない。
そう思った時、たけしが突然動き出した。
「どけこのやろう」
たけしが人混みを掻き分けながら悲鳴の上がった方へと駆け出し、今度は何が起こったんだ、と女生徒達がそれに続くように
して後を追い始めると、いつの間にこれだけの人が集まったのか、凄まじい厚みを持った人の流れが出来上がり、龍宮はその
波に揉まれる。
後を追って確かめなければ。そう思って足を踏み出した時、たけしを目の当たりにして愕然とした刹那の姿が目に入った。
「刹那? 何やってるんだこんな所で。朝倉はどうした」
「貴様、同じ手を二度も喰うと思ったか!」
怒りの形相を浮かべた刹那に刀を突き付けられ、突然の出来事に混乱し、訳の分からない言葉に唖然とする。
「ちょっと待て、何の真似だ」
「この混乱に乗じて逃げ延びようとしているんだろう? その手には乗らん」
「私が? どうして?」
刹那は何故か私の手や足を睨み付けるように確認してから、申し訳なさそうに刀を下げた。
「いや、その……すまない。朝倉かと思ったんだ」
「そんなに似てるかな」
「そういう意味じゃない」 刹那が呆れる。



昼食をとる時間がなくなってしまったことに、のどかは少なからず苛立ちを感じていた。勿論、朝倉のせいではあるのだが、木
乃香の我が儘は時々身内にまで飛び火することがあって、心の内でやっかみを言う者は少なくなかった。そんな時、慌てて心
根をひっこめ、皆私に読まれない事に躍起になるのだが、私にだけはその必要はなかった。
読まれる心配はない。私はいつも、読む側だから。そうやって私はまた、優越感に浸るのだ。
「のどか」
呼ばれていることに気が付かず、二度目に呼ばれた時には、相手の言葉に少し棘が混ざっていた。
「のーどか」
「わっ、なっ、なんですか、木乃香さん?」
「ちゃんと探しとる?」
「も、勿論ですよ」
「適当に歩き回ったりしてるだけ、とかやないよな?」
なら、自分で探せばいい。いつも自分では動かないくせに。と心の中で思いながら、表情は平静を保つ。
「ちゃんと探してますよ。でももう、刹那さん辺りが捕まえてるんじゃないですか。いくら朝倉さんだって、あの人からは逃げられ
 ないでしょう」
恐る恐る木乃香の表情を伺ったが、相変わらず何を考えているのか、全く分からない。きっと、以前こっそり覗いた時の様に
真っ黒に塗りつぶされているんだろうな、と想像してみた。
「のどか。あんまりうちの事悪く言ったら、いややよ?」
「へ?」
聞き間違いか、もしくは何かの勘違いか、と思い、もう一度聞き返す。まさか私の頭の中が読まれてるわけではあるまい。
そんな予想に反して、こんな答えが返ってきた。
「自分だけは大丈夫やと思った?」
背後からじわじわと何かに追いつめられた気分になり、あぁ、とも、うぅ、ともつかないような呻き声が漏れる。
まさか、読まれていたのか。今までの私の言葉が全て?
「なんの……ことですか?」
言い訳の言葉を頭の中に並べ立てるが、どれも説得力に欠けていた。
「ちが、違うんです……別に、木乃香さんの事とかじゃあ……」
「ええんよ、のどか。うちはぜーんぶ、知っとるから」
どうして、木乃香にそんな力があるのか。いつの間に人の頭を覗き込めるようになったのだ。
木乃香の手つきがいやらしく肩に回り、のどかは心臓が捕まえられる錯覚を憶え、怯えた。
「がんばって、かずみん捕まえてぇや」
掴まれていた心臓が解放され、のどかは返事をする間もなく、足の震えを止めるために走り出した。

朝倉を捜している、というよりも、木乃香から逃れるために走っている、といった方が正しい。
誰でもいい。誰かを見つけ出して、一緒に行動したい。寒気が、悪寒が、いつまでも背後から着いてくる。
「宮崎さん」
廊下の端の、階段に差し掛かろうという曲がり角から刹那が姿を現した。のどかは刹那に感づかれないように小さく安堵の
溜息を漏らす。
「朝倉さんは、見つかりましたか?」
「いえ、何か企んでいるようで……丁度宮崎さんの手を借りたいと思ってたところです」
頼りにされている。この言葉は、力の無いのどかが能力を手に入れてからは頻繁に聞くようになり、この言葉を聞く度に心の
奥底から優越感が沸き上がってきて、今までにない感覚が頬を緩ませた。
ふいに刹那が何かに気付いたように、顔を覗き込んでくる。
「な、なんですか?」
「宮崎さん……身体が震えてますが、大丈夫ですか?」
「え……えっ!?」
確かに、言われてみれば震えているような気もする。両肩に触れた刹那の手は先程の木乃香のものと違って妙な暖かさが
あり、額に当てられた手は、人間の肌とはどこか違った、不思議な感覚に囚われた。
「熱でもあるんですか?」
「あっ、ありませんよ」
刹那とは殆ど身長が同じで、必然と目線も同じ高さになる。今まであまり正面から瞳を見た事はなかったが、刹那はカラー
コンタクトでもしているのか、妙に作り物じみた綺麗な茶色い瞳をしていた。
「とにかく、保健室に行きましょう。熱ぐらい計ってみないと」
「あ、ちょ、ちょっと!」
言葉を返す間も無く腕を掴まれ、保健室へと連れて来られたのだが、保健室にはしずなも保健委員もおらず、妙にこざっぱ
りした部屋は、換気が良いせいか、消毒薬の匂いがきつい、という様な事はなかった。
刹那は自力で体温計やら薬やらを探し出そうとしていたが、まるで初めて保健室に入ったかの様な拙い手つきで引き出しを
開けては、袋に入った薬をばさばさと床に落としている。
「あっ、ありました! 体温計! ありましたよ!」
「そ、そうですか……」
そのあまりに一生懸命な姿は、少しだけ昔のネギと似ているな、とのどかは思った。
「ほら、腕、上げて下さい。」
「じっ、自分でやりますから! いいです!」
「そんなこと言わずに。私に任せて下さい。ほら、ボタン外して」
「ちょっ、くすぐったい! や、やめっ!」
刹那に力ずくで押さえつけられ、シャツの中に入り込んだ体温計が腋の辺りを刺激して、声を上げて笑った。
おや、と思ったのは、刹那はこんなに茶目っ気のある人だったか、というのも勿論あるが、笑った時の感覚が、普段クラスメ
ートの苦しむ声を聞いた時のものとは違っていたからだった。
肺の底から昇ってくる空気はとても新鮮な気がして、今まで普通に笑ったことさえ無かったのではないか、という疑いさえ持
ってしまう様な、つまりそれぐらい声を上げたのである。
二人の笑い声に掻き消されるようにして保健室の扉が開いたのは、下手に暴れたせいで体温がおかしな数字を出した直後
だった。
「人の趣味に口を出す気は無いが、そういう恋は実りにくいぞ」
「龍宮、ふざけている場合か」
のどかは目の前に覆い被さっている刹那に邪魔をされて、扉の方の視界が遮られていたため、今の刹那の言葉は少し不自
然だな、と思ったが、二つ目の言葉は目の前の刹那から出たものではなかった。
乾いた破裂音が小さく室内に反射し、押さえつけられていた手の重みが消え、膝の上には一枚の紙が落ちていた。



「やはりそうか」
龍宮が拾い上げた人型の紙の表面には刹那の名が記してあり、それを後ろの刹那に渡すと、同じ様に顔をしかめて見せた。
「どういうことですか?」
のどかがはだけた胸元を直しながらそう尋ねると、龍宮が一瞬、何と説明したらよいか迷った風な顔を見せてから、口を開
いた。
「面倒な事になった。」
「朝倉さんが、身代わりの札を所持している可能性があるんです」 刹那がそう続けた。
「身代わりの札……? あの、修学旅行で使ってたやつですか?」
「はい……」
「そんなものが、どうして朝倉さんの手に? ていうか、二人共どうしてここに来たんですか」
龍宮が掻い摘んで昨日の出来事を説明しようとしたところを、のどかが手で制した。
「あ、いいです、思い浮かべてくれれば。それを読んだ方が早いし」
のどかが呪文を唱えると、龍宮は顔をしかめつつ、溜息を吐く。
「おい……おい、宮崎」
「な、なんですか?」
のどかはあくまで効率を重視したつもりだったので、龍宮が不機嫌そうな理由が解らず、少し棘のある、人を威圧したような呼
び方に戸惑った。
「お前なぁ、なんでもかんでもそいつに頼るんじゃない。アーティファクトってのはな、便利道具じゃあないんだぞ。せめて身内で
 はあまり使わないようにする、とかそういう配慮はないのか。お前には解らないだろうがな、あまりいい気のするもんじゃない
 んだぞ、それ」
龍宮が銃口の先で本を閉じ、のどかの顔の前に人差し指を出して、そう指摘する。刹那も何か言おうとしていたが、龍宮の意
見に反対するわけではないのか、開きかけた口を閉じてしまった。
ここでいざこざを起こすべきではない。のどかはとっさにそう判断し、威圧的な態度に少なからず不満を憶えつつも、大人しく
龍宮の意向に従い、説明を聞いた。
「その、お得意先に札を渡したのは分かりましたけど、それがどうして朝倉さんに……」
「分からないな。結託していたのか、それとも朝倉が盗んだのか。実際にしずな先生が相手に渡したところを見てないから、何
 とも言えんが……」
「しかし、相手先が貰ってないならない、で苦情が来る筈じゃないか」
「まぁ、それもそうなんだが……」
「朝倉さんが相手先と結託していた、という事は考えられませんか?」
「根拠も理由もないな。まぁ汚い手を使って脅しつけた、という線も考えられなくはないが……」
大きな音がした、と誰もが思った時、保健室の扉が開いていた。向かった視線の先には、明日菜が何か尋常でない出来事を
抱えた顔をして、立っていた。
「ビっ……ビートたけしと……」
「と……?」 二人ぐらいは、声が揃っていたと思う。
「スマップが……『蒼いイナズマ』歌ってる……」

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