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『 JOKE【R】 』
「ヤツの目的は何だ」 龍宮は廊下を走りながら、刹那にそう尋ねた。
「私だって知らない。撹乱、とかじゃないのか?」 適当な憶測を口にすると、更に明日菜が背中の方に向かって尋ねてくる。
「何が起こってんのよ。朝倉がやったの、あれ?」
「身代わりの札には違いないし、朝倉がやった事に決まっているが、目的が分からん」
三人とも全力で走っていたため、当然のどかは着いて行くことが出来ず、既に遙か後ろの方で呼吸を荒げていた。
「ちょ……待って……ください……」
「お前は保健室で待って、しずな先生が戻って来たら私達に連絡を入れろ」
「ちが……聞き、たい……ことが……」
のどかは掠れる声を喉の奥から引っ張り出し、喘ぎながらも聞きたいことがある、と訴えたかったのだが、うまく発音できず、
伝えられないままに三人はどんどん遠くへ離れて行ってしまう。
三人を完全に見失い、呼吸がまともにできるようになった頃になって、「これだから体育会系は」 と重要な事を聞けなかった
事に対して苛立ちを感じ、心の内で罵った。
大人しく龍宮の言う事に従うのも癪ではあったが、後で失敗した時に色々と言われるのも嫌だ、と思い、嫌々自分を納得させ
ながら保健室へと引き返した。
誰かが中にいる、と思ったのは、出てくる時に開けっ放しにしていた筈の、保健室の扉が閉まっていたからである。
「しずな先生? 今まで何やってたんですか!」
「お昼ご飯食べてただけよ。何をそんなに怒ってるの?」 しずなはあっけらかんとそんな事を言った。
怒ってもしょうがない、と自分を宥め、質問を優先させる。
「昨日、龍宮さんにお客さんが来てましたよね」
「ええ、来たわよ」
のどかの神妙な顔つきに気圧された様子もなく、しずなは紅茶を入れ、悠々とオフィスチェアーに腰掛けた。のどかは、もしか
したら、と思い、即座にアーティファクトを取り出して相手の思考を読む。
相手は人間なのかそうでないのか、身代わりだった場合、その思考は読むことができるのか。本当はさっき龍宮達にこの質
問を聞こうと思ったのだが、その事はもうしょうがない、と諦める。取り敢えずは、本当か嘘か。これだけでも読んでおく必要が
ある。
のどかは最新のページに目を落とすが、最初の質問の答えに嘘は無かった。
しずなはのどかの背後から突然現れた本を特に気にする訳でもなく、優雅に紅茶に口をつけ、くつろいでいる。
「あなたもどう? 美味しいわよ」
「結構です」
「あら、そう」
もしかしたら、その紅茶も罠かもしれない、というのは考え過ぎかもしれないが、しずなの落ち着き払った態度は、本物のそれ
と全く同じように見えた。ただ、身代わりの再現力がどれ程のものかはよく知らないため、断定はできない。
「昨日は、龍宮さんから受け取った物を、確かに渡したんですよね?」
「そうよ。私がそれをどこかに隠してるとでも思った? ていうか、あなたはどうしてその事を知ってるの?」
これも、嘘ではない。やはり、本物なのだろうか。
「龍宮さんから聞いたんです。今、校内で変な事件が起こってるんですけど、知らないんですか?」
「事件? それが、この話と何か関係があるの?」
説明をしようとして、のどかは口を止めた。しずなは確か、魔法の事を知らない一般人であった筈だ。校内で有名人達が暴れ
ている事を説明したところで、詳細を話すわけにはいかない。魔法の事や、ましてや身代わりの札に至るまで話すはめになっ
てしまう。
「と、とにかく、聞かれた事にだけ答えてください! その人の姿は、確かに見たんですよね?」
のどかの少し傲慢な訊き方をあまり快く思わなかったのか、しずなはやや挑発するような口調になった。
「あら、人の質問には答えないで、自分の聞きたい事だけを相手に尋ねるなんて、それは話を聞く態度ではないわね」
しずなは以前より、3Aに対してあまり協力的でない節があった。大方の先生達には学園長の圧力が掛かり、3Aの、特に木乃
香の言う事には従う旨を伝えてあったらしいが、しずなだけはそれに反抗する態度を貫いており、今だってかなり立場は危な
い筈なのに、それでも今の朝倉に味方するのは、賢い選択とは思えない。
偽善ばかりで自分の立場を守れない者は、自分以外だって守れない。のどかはそう思っていた。
新しいページにしずなの思考が刻まれる。反抗的な態度であったため、余計な文字が入っていたが、しずなが札を渡したと思
われる相手の姿はしっかりと写し出していた。
*
ホールに集まった生徒達は、もはや人だかりという言葉では足りない程の数と熱気を持っており、騒ぎを聞きつけて職員室か
ら出てきた教員達も、事態の収拾をつけようと右往左往している。
「身代わり……ってあの、修学旅行で使ってた?」
ホール中に反響する歓声の中、明日菜の質問に刹那が答える。
「ええ。自分以外の人間を演じさせる時は、多少教え込む必要があるんですが、その時間を考えても、やはり計画的な行動と
見るべきでしょう」
ホール脇の階段途中、龍宮の構えたライフルが見えないよう、二人で龍宮を囲う様にして立っていた。騒ぎが幸いしてか、恐
らく誰一人としてこちらに注目している者はいないため、堂々と銃が扱える。
龍宮の放った銃弾は、見事身代わりの六人に命中し、突然姿を消した芸能人達を不信に思った生徒達は、再びざわめきを
強めた。刹那と明日菜は、身代わりの札が誰かの手に渡る前に急いで人だかりの中心に飛び込み、慌てて札を回収する。
「こっ、工学部による、CGの実験でしたぁ!」
この程度のフォローで事足りてしまう辺り、認識魔法の偉大さを感じる、と刹那は思う。
三人共、自分達が注目の的になる前に急いでホールから遠ざかり、人気のない校舎裏まで移動してから、今後の行動につ
いて話し合った。
「ところで明日菜」 唐突に口を開いたのは龍宮だった。
何か有用な命令か、いやもしかしたら、以前の廃墟での勝手な行動を今になって責め立ててくるかもしれない、と明日菜は
身構えたが、そのどちらでもなかった。
「お前は身代わりじゃないのか?」
「はぁ?」 言葉の意味が分からず、もう一度聞き返す。 「何て?」
「朝倉は賢い奴だからな。どこでどんな身代わりを出してくるとも限らない。どれだけ本物に見えたとしても、身代わりでない、
と証明するにはこれしかないんだ」
龍宮はハンドガンを取り出し、明日菜の目の前にちらつかせる。龍宮がやると、脅迫しているようにしか見えない。
「ち、ちょっと待ってよ! 何で私がそんな事しなきゃいけないの? 本物に決まってるでしょ!? 見れば分かるじゃない!」
明日菜が困り果てた顔で、何か他に証明する方法はないか、と考えているのか、しどろもどろになるのを見て、刹那は同情す
る様な目を向けた。フォローしようにも、的確な言葉が見つからない。
「あぁ……龍宮。その、別に、例え偽物だったとしても、騒ぎが大きくならずに済んだんだし、その、別に確かめる必要はない
んじゃないか?」
「そ、そうよ! 大体、朝倉の罠なんだったら、何でわざわざあの騒ぎを教えたりするのよ!」
「確認の意味を込めて、だ。私達を誘い出すために、わざわざ保健室までやってきたのかもしれない。もし罠なんだったら、お
前の行動にはそういう、別の意味が出てくる」
「なら、龍宮さんはどうやって自分が本物だって証明するのよ!」
「私はさっきから刹那と行動を共にしていた。勿論、私が怪しい、という状況になったら、思いっきり殴ってくれて構わない」
明日菜はそれ以上返す言葉が見つからず、結局龍宮の弾を受ける事になった。幸い傷跡は残らなかったが、モデルガンと
はいえ予想以上に痛みを伴い、龍宮の謝罪の言葉は、そんな痛みの代償としてはあまりに素っ気なく、軽いものだった。
「一旦宮崎の所に戻るぞ」
ちょっと、とか、他に何かないの? といった言葉を発したかったが、喉元から上手く出てきてはくれなかった。
しょうがない、しょうがないのよ、と明日菜は自分を納得させながら、龍宮の後を着いていく。
あれ、私って、こんなに弱かったっけ。
*
保健室へ戻ると、丁度その扉を開けて出てくるのどかと鉢合わせになった。
「今、しずな先生の頭を読んできました」
「それで?」
どことなく神妙な顔つきののどかに対し、何の疑いもなく先を促す龍宮を見て、明日菜はまた不機嫌そうな顔をするが、誰も
そんな変化には取り合おうとしない。
「ちょっと、なんで本屋ちゃんはそんな簡単に信じるのよ」
「宮崎はさっきからずっと保健室にいただろう。どうして本人のいる部屋から偽物が出てくるんだ」
龍宮が面倒臭そうに答え、 「何でこんな簡単な事が解らないんだ」 と呆れたように呟いた。
廃墟の時といい、行動が単純過ぎて、一々解説をしなければならないところが逆に面倒臭い。こういう頭の切れないタイプは
苦手だ、と、改めてグループ編成の問題に辟易した。
私には個人行動の方が合ってる、と思わされたのは一度や二度ではない。その原因が全て明日菜というんだから、苦手意
識が芽生えない方がおかしい。
龍宮は頭を抱えつつも、のどかに先の話を促したが、のどかはどこか言いづらそうな態度で、言葉を出し渋っていた。
「昨日、札を受け取ったのは……木乃香さんです」
三人が唖然とする。何の目的があって、木乃香が札を受け取るというのだ。
保健室に入って確かめようとした龍宮を、のどかが手で制した。
「しずな先生はもうここにはいません。もうすぐ授業が始まるし、一旦戻った方がいいんじゃないでしょうか」
のどかの言葉に従い、教室までの道のりを引き返しながら、龍宮が誰にともなく言った。
「どうするんだ」
「どうするって、何を、ですか」
「近衛の悪戯、とかだったら、だ。近衛の頭は読めないんだったな」
「はい……」
いつもは木乃香の擁護に徹している刹那も、この時ばかりは木乃香の意志を計りかねていて、言うべき言葉が見つからない。
チャイムが鳴り、教室に戻ってみても、木乃香はいつも通りにしていて、心の内は全く理解できない。事情を聞こうにも、下手
な事を言って失敗するのは嫌だ、と、誰も実行に移そうとする者はいなかった。
教室内は、朝倉を捜索するために教室を出ていた生徒達が、本気だった者もそうでなかった者もぱらぱらと戻ってきていて、
朝倉を除く全員が教室に集まった頃、五時限目の担当教師が教室に入ってきて、授業が始まった。
騒がしいな、と最初に言ったのは担当の教師だった。誰かの走り回るどたばたとした足音と、別の誰かが追い掛けるようにし
て怒鳴り声を上げている。あれは多分、今の時間に担当教科の無い教師の声ではないだろうか。
足音はやがて数を増やし、ボリュームを上げ、六時間目終了のチャイムの直後、放送が鳴り響いた。
「放送部より重大なお知らせです。現在、テレビの撮影で、超有名芸能人がたくさん来ているとのことです。早く見に来ないと、
撮影終わっちゃうよー」
教室内がざわつき始める。有名芸能人とは、一体どの程度有名なのか。自分は知っているのか。男性なのか、女性なのか。
騒ぎが広まるのはあっという間だった。
龍宮達が廊下に出た頃には、既にそこかしこに身代わりの札がばら撒かれ、アイドルタレントから、お笑い芸人、役者、ニュ
ースキャスターまでもが歩き回り、生徒達の質問責めに合っていた。
3Aの面々でも、身代わりの仕組みを知らない者は例外なくその人だかりに混ざり、最早朝倉の捜索どころではなくなっている。
「なんなんだこれは」
龍宮の呟きも、この騒ぎの中では虚しく掻き消され、これからやるべき事を見失ってしまいそうになる。
「とりあえず、一人ずつ消していくしかない。楓と古にも声を掛けるから、龍宮は先に行っててくれ」
「あ、あぁ……」
とりあえず手近な場所の人塊の中心に近付き、最前列近くでこっそり銃を取り出して、もみくちゃになっている芸能人を狙い撃
つと、女生徒達は先程と同じような驚いた声を上げた。
フォローしている暇はない。急いで札を回収すると、強引に集団を掻き分け、泳ぐようにして人の波を脱出する。まるで暗殺の
仕事だな、と思いながらも、次の人だかりへと駆け寄り、同じ事を繰り返す。
しかし、朝倉の罠はそれだけではなかった。
人だかりの中に紛れた身代わりの女生徒が龍宮に掴みかかり、雁字搦めにする。身代わりは思った以上に力を持っていて、
掴まれた腕をほどくのにもそれなりの腕力を必要とした。
これしきの事では私は止められない、と思ったのもつかの間、驚いた事に、その人だかりの半分以上がこちらを向いて、げら
げらと笑い声を上げていたのである。
「勘弁してくれ……」
飛びかかってきた女生徒達が、制服の襟を鷲掴みにしようとしたところを、寸前で身をかわして避ける。最早銃を見られる心
配をしている暇はなかった。
制服の内ポケットからもう一丁取り出し、笑い声を上げる身代わりを次々と撃ち取っていくと、周りにいた生徒達は突然の出
来事に呆然とし、驚きの声を上げながら、被害を恐れて逃げ惑った。
「騙されるな、全部偽物だ! 今見てた奴は、他の奴らに偽物だって事を知らせろ!」
龍宮は力の限りそう声を張り上げた。
こんな事を言って、その通りに伝えてくれるかどうかは分からない。ただ、例え無駄な行為でも、今は少しでもこの騒ぎを沈静
化させなければならない。
後ろに下がりながら引き撃ちで身代わりの進行を食い止めていると、背中に柔らかい感触があった。
人だろうか。しかし、どう考えても女生徒の体格ではない事に、一瞬嫌な予感がよぎる。
ワンステップで移動して壁を背にし、敵の顔を確認した。見覚えがある、と思っていると、女生徒の声が耳に入った。
「長州力だ……」
ああ、そうだ、と納得する。確かプロレスラーだったか、どこかで見たことがある。身代わりとはいえ、気配だけは一端に放っ
ていて、何故か近くの教室からも同じ人物が次々と現れた。
朝倉のやる事が全く理解できない。こんな事をして、一体何の意味があるのだろうか。
例外なく襲いかかってくる格闘家達のタックルをかわすも、女生徒の身代わりよりも動きが俊敏で、しかも数が多い。ほんの
一瞬の油断で、いつの間にかその巨体に押さえつけられ、強烈な肉圧で締め付けられる。なんとか腕力で押しのけても、背
後から側面から、あるいは教室の中からと、バックドロップやらナックルやらが無遠慮に飛んできた。
妙に演技じみているところが、実践経験豊富な戦闘の神経を苛つかせ、じわじわと怒りが込み上げてきて射撃の精度を鈍ら
せたが、それでも身代わりは確実に数を減らしていく。
何人か長州小力が混ざっていたが、気にしない事にした。
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