背中を叩かれ、振り返ると木乃香が微笑んでいた。刹那は何と言って良いのか分からず、口ごもる。
「あ、お嬢様……」
「かずみん、見つかりそう?」
「あ、いや、その、なかなか、手こずって……」
のどかの本に描いてあった事を聞くべきだろうか。聞いてもいいのだろうか。
受け渡しの時点、恐らく放課後かその辺りでは、朝倉は札を持っていない筈だから、もし本当に受け渡しの場所にいたのであ
れば、間違いなく本物という事になる。本当にその場にいたのか、そうでないのか。それだけは確かめなければならない。
いや、と刹那は思った。今、目の前にいる彼女は本物なのだろうか。
これが朝倉の罠だったら、たちの悪さも極まっている。よりによって私の前にお嬢様の身代わりを寄越すとは。
楓と古、明日菜に声を掛けてから教室を出て、四方に別れた。その間、朝倉が身代わりを放って私の所に寄越す事は簡単だ。
そう。問題は、どうやってそれを確かめるか、だ。
「早ぅしてぇな。うちもう、待ちくたびれたわ」
「も、申し訳ありません」
木乃香の、綺麗に手入れされた艶やかな手が刹那の首筋に伸びる。
「うちな、さっきかずみん見たんよ」
「どこで、でしょうか……」
耳元で囁かれ、柔らかい吐息が肌を掠める。本物と同じ香りがして、意識が揺らぐ。
邪魔をするわけではないのなら、このまま放っておいてもよいのだが、他の者の所に行って情報の撹乱を狙っているのだとし
たら、非常に厄介だ。
「お、お嬢様」
「何?」
「その……昨日、もしかして、しずな先生に会ったりしてませんよね?」
「会ったえ」
その答に、一瞬どきりとする。
「言うても、廊下で一瞬すれ違っただけやけどな。それが、どうかしたん?」
これは、どう受け取れば良いのだろうか。目の前にいる彼女が偽物だった場合、当然の反応ということになるのだろうか。
いや、ここで嘘を吐かれたらどうなる、しかし、もし本物だったら、それこそ嘘だということに……。
そこまで考えて、考えても無駄だという結論に至り、頭を振った。
宮崎のどかだ。彼女がいなければ、本当か嘘かも、ましてや身代わりかどうかさえも分からない。
「いえ、何でもありません」
そう言って刹那は、逃げるように木乃香から離れた。



宮崎のどかは何処だ。
廊下を走り回りながら芸能人を撃ち取り、クラスメートを見たらのどかの居場所を尋ね、また走り回る。埒が明かない。
どうやら偽物らしい、という噂が広まってきたのか、騒ぎは少しずつ収まってきているように感じるが、肝心な問題は解決して
いない。
朝倉の捜索も含めて放送部室にも足を運んだが、既にもぬけの殻だった。もしかしたら、朝倉はとっくに帰宅を済ませていて、
今頃は寮の自室でくつろいでいるのかもしれない。そう思ったら、尚更苛立ちが込み上げてくる。朝倉に踊らされるのだけは
御免だ。
グラウンドを突き抜け、野外食堂の場所まで出てきた。放課後とは言っても、利用する生徒は決して少なくない。近々控えて
いる試験に備えて、ノートを広げている生徒の姿もちらほらと見えた。
その中に、一人だけ分厚い本を広げた青い髪色も混じっている。
「カフェで休憩か? いいご身分だな」
「何言ってるんですか。今までの朝倉さんの行動が何を意味しているのか、考えてたんですよ。私は追い掛けるのとか、そう
 いうのは向いてないし」 のどかが淡々と答える。
「で、何か分かったのか?」
「いえ」
「そこは淡々と答えるところじゃないだろう」
「ただ、一つの可能性としてなんですけど……」
のどかは一度そこで、言葉を切った。言いたくないのは表情を見れば分かるが、そんなことには構わず、先を促す。
「この一連の事件って、やっぱり、木乃香さんの悪戯なんじゃないでしょうか」
「それは、受け渡しに近衛が関わっていた、という理由でか?」
先程、教室に戻る時にもそのような憶測を口にしたが、いざそう言われると考え込んでしまう。
確かにこんな悪戯を思いつきそうではあるが、そんな事をすれば私達の信用を失うのは目に見えている。勿論、金銭の契
約をしている立場上、私が彼女を裏切る事など有り得ないが、ただ楽しむためだけの行為にしては、度が過ぎている。
龍宮がその考えを伝えると、のどかは同意したように頷いた。
「確かに、信用を易々と失うような人でない、というのは分かるんですが、この悪戯を全て朝倉さんのせいにできるとしたら、
 どうですか?」
確かに、それなら有りうるかもしれない。現に私は、今まで全て朝倉のせいだと思っていた。
「つまり、最初から朝倉は木乃香と手を組んでいて、契約を交わしたわけか」
「はい。この騒動を実行に移してくれたら、今後、標的から外す、と」
「しかし、今まで散々耐えてきた朝倉が、突然そんな契約を交わすと思うか? それに、お前の本があれば、そんなの簡単に
 看破できてしまうじゃないか」
「その、“標的から外す相手”が、夕映だったらどうですか? 木乃香さんは元より頭が読めませんし、朝倉さんにしても、最近
 ではかなり読みづらくなってきてます。それに、多少周りの人からなんらかの情報が読み取れたとしても、白を切れば、証拠
 も何も無いわけですから、隠し通す事はできます。こんなのあくまで想像だし、木乃香さんが札を受け取った、という事実しか
 見えてないんですけど……」
「今後、私達が朝倉をいたぶったとしても、朝倉は夕映を逃がすという契約を実行するため、木乃香との事は口外しないし、思
 い浮かべないよう、必死で耐える、というわけか……」
納得するように自分にそう言い聞かせてはみたが、何か引っ掛かるような感じがした。頭の中にかかった靄の先の答えを見つ
けようとするが、上手くいかない。
「じゃあ……もしそうだったら、どうするんだ。このまま知らないふりを続けるのか?」
「そんな事、私に聞かれたって、知りませんよ」
「確かに……」
龍宮がそう言ったきり、二人共黙り込んでしまった。

龍宮は昼食を摂っていなかったため、何か口に入れようとカウンターへ足を運ぼうとして、ふと視界の端に留まった物に目を
向けた。のどかのアーティファクトだ。のどかは保健室で私に言われた言葉を気にしているのか、本を閉じたままにしていた。
その本を見た時、じわじわと正体不明の違和感が込み上げてきて、私の頭を更に混乱させる。
「ちょっとその本、見せてもらってもいいか」
のどかは一瞬嫌そうに顔をしかめたが、一言どうぞ、と答えて、その本を龍宮に手渡す。
ぱらぱらとページをめくって、最新のページを開くと、そこにはしずなが封筒を手にした現場が描き出されていて、木乃香も一
緒に写っていた。
頭の中に、体育倉庫での出来事が思い返される。
綾瀬はすぐに偽の絵柄を見破ったが、ここに描かれている絵柄が本物なのかどうかは、私には判別できない。
しかし、問題はそういう事ではない。最新のページ以降が、全くの白紙になっている、という事実だ。
ひょっとしたらこの本は偽物なのではないか、と疑ってはみたが、偽物にしては出来が良すぎるし、即座に内容をコピーできる
ような厚さではない。
私は何か、重大な勘違いをしている。
私が目の前にいる宮崎のどかを本物だと判断したのは、このアーティファクトのせいだ。身代わりでアーテーファクトまでは再
現できないし、もし本物の宮崎のどかから盗んできたのだとしても、解除呪文ですぐにでも手元に戻す事ができる。
つまり、これが手元にあるということは、本物だと言っていい筈だ。
しかし、完全に肯定できないのは、一体どういう事だ。
このまま木乃香の悪戯、という解決でいいのか。しかし、その答えはどこかがずれているような気がする。
そうだ、歯車が狂い始めたのは、その辺りからだ。宮崎のどかがその発言をしてからなんだ。
「なぁ、宮崎……その、私もこんなやり方は、正直あまり好きではないんだが……」
のどかが驚いて顔を上げ、その胸元に銃口が向けられた。
「いや、さっきから、とある疑問が私を頭の中をうろついてるんだ。念のため、念のためだ」
疑問は更に沸き上がる。
そもそも今までののどかは、頭を読んだ相手が身代わりかもしれない、という事を疑わなかったのだろうか。
のどかは顔を引きつらせ、龍宮の行動を遮るようにまくし立てた。
「龍宮さん、言いましたよね。この本で頭を読まれるのは気分のいいものじゃない。だからせめて身内では遠慮しろ、って。
 じゃあ聞きますけど、いつもそんな銃を相手の目の前にちらつかせて、不快感を感じない人がいると思ってるんですか?」
「もっともだ。その言い分は正しい。だから私も、こんな事でしか確かめられない事を残念に思っている。しかしな」
こいつは保健室での会話を憶えている、という事実がまた、本物なのではないか、と頭を混乱させる。
「しかしな、身代わりなんぞにそんな説教をされるのは尚更腹が立つ」
意を決して引き金を引いた。間違えたら謝るしかない。



もしかしたらもう、本校舎にはいないかもしれない。そう思ってホールに出た刹那の目に映ったのは、どこか厳しい顔つきの
龍宮だった。微かに怒りを浮かべて肩を揺らしているのが、遠目から見ても確認できる。背後から追い掛けて背中から声を
掛けると、龍宮は何を思ってか、こちらに銃口を向けた。
「ど、どうしたんだ、龍宮?」
刹那が驚いてそう尋ねると、龍宮は何の躊躇いもなしに自分の腹部に向け、発砲した。
あまりの突拍子な行動に、身代わりである可能性を疑ったが、自ら弾を受けた龍宮は、消えることはなかった。
「何やってるんだ、龍宮」
龍宮が黙ってこちらに銃を放り投げて寄越すと、ああ、確認のためか、と察する事ができた。
「何かあったのか」 プラスチックを弾いた左腕をさすりながら、もう一度尋ねる。
「その前に、合い言葉を決めよう。もう騙されるのはうんざりだ」
「騙される?」
「“サワラ屋のあんみつは超サイコー”だ。いいな、次回からはこれで判断する」
そのセンスはどうなんだ、と思ったが、かといってじゃあ何がいいんだ、と聞かれたら困るので、特に反対はしなかった。
「一体誰が偽物だったんだ」
急ぎ足でどこかへ向かう龍宮の後を追い掛けながら、龍宮の怒りの原因を探る。
「宮崎のどかだ」
「宮崎さんの偽物なら、私も昼休みに会ったが」 別に、今になって不思議な事だとは思わない。
「そうじゃない」
龍宮はポケットを探り、一枚の紙を投げて寄越す。見ると、宮崎のどかの名前が書かれた身代わり札だった。
「驚いた事にな、そいつは、アーティファクトを持っていた」
「アーティファクトを……どうして?」
「気付かないか、刹那?」
龍宮がこちらを振り向いて、考えるよう促した。
「身代わりは、アーティファクトまでは持てない。だから私は、例の本を見て本物だと判断していたんだ。ところが、さっき私
 が話していた宮崎は偽物だった。つまり、分かり易く言うとな、今まで私達が“会話をしていた”宮崎は偽物だったんだ」
「え……?」
刹那が考え込む。今まで、と言われても、一体いつからの話をしているのか、見当がつかない。それに、疑問はそれだけ
ではない。
「じゃあその偽物は、アーティファクトを一体どこから持ってきたんだ。本人から盗んだのか?」
「ああ」
しかし、と言おうとしたところで、龍宮がその疑問を汲み取って先に答える。
「そう、アーティファクトを盗まれたのなら、消せばいい。しかし、それをやっていない、ということは、解除呪文を唱えられな
 い状況にある、ということだ」



「起きろ」
肩を揺すられて目を覚ました時、状況を把握するのに時間が掛かった。寝起きの頭は、記憶を引っ張り出そうとしても、上
手くいかない。
「起きろ、宮崎」 目の前には龍宮の顔と、その奥に刹那が立っていて、ここが保健室である事が分かった。
運動系の部活は活動しているというのに、保健室には誰もおらず、窓を締め切った室内はがらんとしていて、作業机の上に
は、しずなの飲みかけなのか、まだ中身が入ったままの紅茶が放置されている。
刹那に差し出された水を飲み、記憶が戻ってくると、顔を傾けて時計を確認する。三時四十分過ぎ。
「さっ、三時!?」
「そうだ」 龍宮が冷静に答える。「昼から三時間近く眠っていたことになる」
「授業が……ネギ先生の授業だったのに……」
「いや、それはまぁ、同情はするが、もっと大事な事がある。君が眠らされたのは、昼時だな?」
「あ、そうだ、みんなの足に追いつかなくて、保健室に戻ってしずな先生の頭を読んだら……」
背後から何者かが現れ、睡眠薬を嗅がされて、意識を失った。
「何てこった……ということはやはり、これに書いてある事は全部嘘なんだな?」
龍宮はそう言って、のどかのアーティファクトに書かれた例のページを開いて見せると、のどかは驚いて目を白黒させた。
「で、でたらめです。これは多分、私の見たページが切り取られて、書き加えられたんじゃないでしょうか」
「よかった……やはり、お嬢様がそんなことする筈がない」 刹那が安堵したように胸をなで下ろす様子を見て、お前も結構
疑っていたじゃないか、と龍宮は言おうとしたが、思い留まる。
「それで、本当は誰が写っていたんだ」
のどかはアベアットを唱えると、一度アーティファクトを消してから再び手元に呼び寄せ、切り取られたページを修復した。
「この人です」 龍宮が開かれたページを覗き込む。
「……ふむ」
「誰なんだ、この人は」
龍宮の次の言葉を聞き逃すまいとして、二人が顔を寄せる。「誰なんですか」
「……お得意先だ」
「え?」
なんとなくではあったが、お得意先、という言葉から嘘臭さが漂っていて、刹那はそんな人はいないんじゃないのか、と思って
いたため、意外な答えにしばし唖然とする。
「いや……うん、そうだ、この人だ。間違いない」
「てことは……いえ、その前に、しずな先生が身代わりだった可能性を考えないといけません。身代わりって、頭の中は読め
 るんですか?」
龍宮が、やっぱりそうなるよな、と腕を組み、考え込む。
「刹那、どう思う」
「さぁ……試した事がないからな……命令すれば、思考ぐらいはコントロール出来そうだが……」
専門分野なだけに、はっきりと解答できない事を悔やんで、刹那は唇を噛んだ。
「じゃあそれはいいです、後で確かめれば解ることですから。それよりも、朝倉さんの目的です。一見、木乃香さんを犯人に
 仕立て上げようとしているように見えますが、私にはどうもそれが本当の目的とは思えないんです」
「お嬢様のせいに!?」 驚いた声を上げた刹那は気にせず、龍宮が後を継ぐ。
「ああ、私もそれは考えた。しかし、宮崎が偽物だという事は、確かめればすぐに分かる事だし、そうなったらそんな計画は
 すぐに頓挫する。いつまでも宮崎を隠しておける筈も無いしな」
「はい。これは恐らく、ばれる事を前提としていたんだと思います。そうなると、目的は……」
しばし考えた後、龍宮も既に予想していた答えだったが、のどかは口を開いた。
「私達の関係を崩そうとしてるんじゃないでしょうか」
「仲間割れ、か」 定型句だが、それが最も適した言葉に思えた。 「元々、仲間というわけでもないがな」
「しかし、そんな事をして何の意味が……」 刹那が疑問を口にする。
「ああ。お前は元より、私も宮崎も、近衛を裏切りようがない。とすると」
「私達の……明日菜さんを含めての関係を悪くしておけば、これからの行動に悪影響が出る」
のどかはそう結論付けたが、納得するにはまだ何かが足りない。龍宮の直感はそう告げていた。
「仮説その一、というわけだ」
なかなか結論には至らない。最終的に朝倉を捕まえばよいのだが、本当の目的が解らない限り、その先にも罠が待ってい
るような気がして、不安になる。空腹のせいか、不安はすぐに苛立ちに変わり、もうどうでもよい、とも思ってしまう。
時間はもう四時を過ぎていて、刹那も龍宮も仕事は無かったが、突然の居残りは気分の良いものではない。
そして、三人の気分を推し量ったかのようなタイミングで、保健室の扉がゆっくりと開いた。
しずなが戻って来たのか、と思って振り返ったが、扉の前に立っていたのはしずなではなかった。
「なあなあ、かずみん見つかった?」
戸惑う刹那をよそに、龍宮はすぐさま銃を構え、木乃香の形をした人物に向ける。
のどかに指示を出そうと思ったが、のどかは既に本を構えていて、目の前に現れた人物の頭を読む体勢に入っている。
「朝倉さんです!」 のどかがそう声を張り上げると、相手は驚いたように目を丸くした。
「あれ? どうして……」
「残念だったな。ここにいる宮崎はもうお前の人形ではない」
龍宮が銃弾を放ち、一発は相手の右肩に命中、もう一発は相手のかつらを跳ね上げ、中から赤い髪が現れた。
「のこのこと本物が出しゃばって来たか、馬鹿が。変装なんていう行動は身代わりに教える暇がなかったか?」
苦痛に歪めていた朝倉の口元は徐々に形を変え、勝ち誇った笑みだけがその顔に残った。
「私の勝ちぃ」
朝倉が身体の向きを変え、走り出す。
「この距離で私から逃げるつもりか?」
朝倉と龍宮の走力の差は歴然で、ぐんぐんと朝倉を追い上げ、廊下の中程であっという間に追いつき、朝倉の襟首をがっちり
と捕らえる。
「私の昼飯の時間と、腹の底の“憂さ”を晴らさせてもらう。気の毒だが、いつもより少しきついお仕置きが待っているので」
刹那もすぐ後ろから追いついて龍宮と並んだが、龍宮のように自信に満ち溢れた表情ではなかった。というのも、さっきから
何度もこのパターンを繰り返し、度々嫌な偶然が重なって、朝倉を逃している。
「全く……ここまで手間をとらせておいて、これで終わりか。一体何のための鬼ごっこだったのやら……」
朝倉が掴まれていた襟首の手を引き剥がし、龍宮に向き直ったと思うと、ポケットから何かを取り出して、両手に抱えた。
「これ……何だと思う?」
手の隙間から覗いたそれは、黒色のプラスチックのような素材に銀色の金属が付いており、一見、キーホルダーの様にも見え
る。朝倉はその金属部分に指を引っかけ、引き抜こうとする動作を見せた。
「龍宮……この距離とはいえ、捕まえておいた方がいいと思うが……」
「何を心配してるんだ、お前は。たとえこの距離であいつが何をしようと、もう遅い」
「いや……朝倉さんの事だし、まだ何か企んでるのかも」
龍宮は心配そうな刹那を鼻で笑い、朝倉に歩み寄る。
「見せてもらおうか。それが最後の悪あがきなんだろ? 『勝った』とか言って、どうせまた逃げようとしているだけなんだろう?」
にやにやと朝倉を睨み付ける龍宮は、朝倉が手に持っている物の予想がついていた。
恐らくあれは、煙幕弾だ。金属部分を引き抜くと煙が出て、文字通り相手を煙に巻く、そういった類の物だろう。前に一度、パー
ティー用品か、やや高価な花火用具として目にした覚えがある。
しかし、残念ながら私には通用しない。
「どうした? 早く引き抜けばいい。“勝った”んだろ?」
勿論、このまますぐに捕まえたっていい。しかし、引き抜いた後の、絶望した朝倉の顔も見たい。万策尽きた朝倉の、恐怖に歪
んだ表情を見ながら無能を罵り、醜く涙を流す姿を見てやりたい。
朝倉が人差し指に力を込め、金具が引き抜かれる。同時に、背後からのどかの声が上った。
「駄目です、龍宮さん、捕まえて!!」
「え?」 先入観に囚われた頭がその言葉を警告だと理解するのに、しばらく時間がかかった。

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