♪♪

「ミソラ」
教会の椅子の上で寝ていた事をすっかり忘れていて、寝返りをうった拍子に、床に転げ落ちていた。
ココネが呆れた表情で、コンビニ袋を下げた手を差し出してきた。
「……いつまでここに居る気」
「……世界が消えて無くなるまで」
「……」
早朝六時。また今日も学校へ行かなきゃならない。
あれから寮には帰っておらず、教会に住み込んでココネに食料を届けてもらう、という生活を続けていた。
朝倉と夕映が登校したのは、例の日から四日後だった。明らかに外部から見ても分かる傷を増やした朝倉は、目の焦点が
合っておらず、私と会話をすることは勿論、教師に指名されても一切喋ることはなかった。
ザジの無口がまだ可愛く見える、と思った。
「つらいっス……」
「そう……」
みんなつらいよ、と言わないところが、ココネの良いところだ。
「掃除」
「分かってる。やるよ、やる」
十五分程で朝の掃除を終え、掃除用具を仕舞っている時だった。入口の扉が開いて、最初はシャークティーが掃除のチェ
ックをしに来たのかと思ったが、顔半分覗かせた朝倉を確認して、慌てて懺悔室へ駆け込み、凶事が去るのを待った。
「やばっ、ココネお願い」
何しにこんな所まで来たんだ。懺悔? いや、私に懺悔しろ、って命令しに来たのかもしれない。
懺悔くらいで許されるんなら、いくらでもしてやる。
しばらく膝を抱えたまま顔を伏せて待っていると、懺悔室の扉がゆっくりと開いた。
「ひっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
「ミソラ」
「えっ?」
そこにいたのは、一枚のメモ用紙を持ったココネだった。
「ミソラに」
「私に?」
くしゃくしゃになったその紙を広げてみる。

【 私の勝ち。真相が知りたければ図書館島へ 】

ハートマークがそこかしこに書き添えられていて、とても今の朝倉の雰囲気には見合わない。水着を持ってこい、とも書いて
ある。わけが分からない。
勝ち? あんな、精神までぼろぼろになって、夕映まで巻き添えにしておいて、あれの一体どこが勝ちなんだろう。
行くべきだろうか。私は真相を知るべきなんだろうか。
例の騒動で私が密告した時、朝倉の指示通り、のどかと約束を取り付けていた。
『しばらくは、私の頭を読まないで欲しい』
でも、約束が守られるとは限らない。もし仮に、私の知らない真相があったとして、それが今後、のどかに読まれる可能性は
ないだろうか。
そんな保証はどこにもない。
授業中、朝倉の方をちらちらと見ながら、行こうか行くまいか迷っていたが、ココネが 「行けば?」 と遠慮なく言ってきたので、
結局、行ってみるだけ、と図書館島へ向かうことにした。

♪♪

『 種明かしと濡れた画材道具 』

放課後、私は図書館島のカウンターまでやって来ていた。
メモ用紙の裏に、図書館の誰それに名前を言え、という旨の文字が書いてあって、その通りにすると、係の人が封筒を渡し
てくれた。随分大きいな、と思いながら中身を取り出すと、入っていたのは図書館島の地図だった。細部まで事細かに記さ
れていて、罠の場所やら近道まで、そこらのカーナビよりもずっと役に立ちそうな内容に見えた。
一応魔法使いの端くれではあるし、アーティファクトも持っているので、道すがら、それ程苦労を強いられることはなかった。
大きな石像が二対、向かい合っている広間に出て、この地図によると、真ん中に空いている大きな穴に入るらしい。
「これ……大丈夫なのか?」
下を見下ろすが、結構深そうだ。
アーティファクトがあるし、大丈夫だろうけど、モノには限度ってもんがある。いや、二人はこの先にいるんだし、二人とも飛
び降りたんだよね、多分。
意を決して飛び降りる。落下した場所は、海だった。


「よっ」
「よっ、です」
「……は?」
朝倉と夕映がいた。
いや、いるのはいいんだけれど、無傷なうえ、水着を着ている。
「……は?」 訳の分からない状態に、言葉が出てこない。 「え? なんで?」
朝倉が自分の身体を見下ろしながら言う。 「変かな、この水着」
「いや、そうじゃなくて」
「まぁ、とりあえず休みなよ。飲み物あるけど、飲む?」
「あ、はぁ……」
朝倉達に連れられ、小さなコテージのような場所に案内された。木でできたテーブルに、椅子がいくつか並んでおり、海の家、
という言葉がしっくりくる作りだった。それから、朝倉に言われるがまま水着に着替え、夕映に勧められた飲み物を口にする。
「普通の飲み物だ……貴様、偽物だな?」
「そんなに飲みたいのなら、ありますが」
「いや、いいッス」 カルボナーラ味を勧められ、丁寧に断る。 「これはもう、飲み物ってより、ソースだよね」
朝倉があはは、と笑い、懐かしい空気が生まれた。心地の良い雰囲気が、聞くべき内容を忘れさせているのかもしれない。
「そんなことより、えっと……何から聞けばいいんだろ」
「何でも聞いてよ。パイナップルの栽培方法とかでも」
「いや、そんなのはいいから」
しばらく雑談で昔の雰囲気を味わい、飲み物が半分程に減った頃、どんなきっかけだったか、朝倉が唐突に話し始めた。
「今回の目的はね。私達が助かるってのもあったんだけど、それ以上に、こんなのはもう繰り返しちゃいけない、って思って
 たんだ」
「……うん」 あまり重い空気にならないよう心懸けながら、相槌を打つ。
「それで、色々考えたんだけど、この方法が一番いいかな、と思って」
遠くを見つめる朝倉は、どこまでも格好良かった。朝倉はどういう人だ、と聞かれても、多分正確には答えられないけど、今
私の真横にいる朝倉は、何よりも朝倉らしい、と思えた。
「作戦の前の日にね、ちうちゃんに頼み事をしたんだ。龍宮神社のパソコンをハッキングして、顧客リストを出してもらったの」
「うわお、もろ犯罪ッスね」
「うん、まぁね」
勿論、咎める気は無いし、有耶無耶になってくれればいい、とさえ思う。
「その中から常連客を洗い出して、しかも、ここ数日で祭事を行う神社を見つけ出す。そしたら、その神社のアドレスから龍宮
 神社に、もっともらしい理由をつけて身代わりの札を学校に持って来るよう依頼する。麻帆良学園まで出向くって言えば、龍
 宮が届けに来るだろうしね」
「もし、違う人が来てたらどうしたの?」
「私が代理です、って言って、変装して行く」
「便利だな、変装」
でしょう、と朝倉がはにかむ。実際、朝倉の変装が上手いものでなかったら、今回の作戦はどうなっていたか分からない。
神様はもしかしたら、こういうところで天の采配を決めてくれるのかもしれない、と思った。
「でも、長谷川は、大丈夫なの?」 彼女がやった事実が明るみに出れば、十分な危険が伴う。
「うん。ちうちゃん天才だし、ハッキングの足跡を残すようなへマはしないよ。って言ってもまぁ、私のパソコン使ったんだけど」
「いや、本屋に頭の中読まれたらヤバいじゃん」
「大丈夫。教室にいる朝倉和美さんは身代わりだから」
「いや、長谷川の」 と言ったところで、最も聞かなければならない重要な質問を思い出した。
「何で朝倉の身代わりは消えないのよ」
「それはまた追々、順番に話すよ。とにかく、身代わりってのは思考パターンを設定できるわけよ。どういう考えを頭に浮かべ
 るように、とか、何も考えるな、とかね。それで、もし本屋がその事について質問してきた時、私が身代わりに思い浮かべる
 よう命令したのは、私がその常連さんの所に行って変装して潜り込み、勝手にメールを送ったっていう内容。ほら、ハッキン
 グなんて文字は一言も出てきてないでしょ? これならちうちゃんの頭を読んで確かめてみよう、なんて気は全く起こらない
 筈だしね」
「たとえその常連さんの所に行って確かめてみても、向こうは 『ああ、そうなのか』 としか言えませんから」 夕映が補足する。
「お金はちゃんと、龍宮神社の口座番号を調べて、自分で入金したし。ちょっと高かったけど。向こうに実害は出てない」
「それに、木乃香さん達も、あんなに傷だらけになった朝倉さんをあまり表には出したくないでしょうから。向こうが気付いてな
 いのなら、それに越したことはないでしょう。わざわざ確かめる確率は低いかと」
「で、身代わりのお札は、龍宮から受け取った後、しずな先生にそのまま預かってもらってた。先生には当日の午前中で帰宅
 してもらって、後の仕事はしずな先生に名前を書いてもらった身代わりにやってもらうと。それで、その身代わりには常連さ
 んの写真を見せてから、受け取った現場を再現し、頭に残す。これで作戦実行日の本屋対策は終了」
美空は言われた言葉を理解し、吟味しながら、感心するほか無かった。おそらく実行の前に聞かされていたら、そんなの上手
くいく筈がない、と思っていたに違いない。しかし、現にこうして朝倉はこんな素敵な場所でくつろいでいるし、教室にいる朝倉
が身代わりだという事には、誰も気付いていない。
「私は身代わり達にできる事を聞くために、実行日の早朝に準備に入ったの。この作戦において一番やっかいなのは、本屋
 のアーティファクトで、身代わりの頭の中をコントロールできる、ってのは正直すごくありがたい事だった」
「でもさ、よくあんなに細かい指示が出せたね」
「あ、そうそう、それなんだけど」
朝倉が寄り掛かっていた椅子から立ち上がり、奥の方に消えたと思ったら、しばらくしてパソコンを抱えて持ってきた。画面を
立ち上げると、幾つかのファイルが纏まったフォルダを開き、動画を起動させた。
何が始まるんだ、と訝しげに美空が覗き込むと、画面の中に自分の顔が映し出された。
「うわっ、なんだコイツ!」
ははは、と笑う朝倉の手には、小型カメラだろうか、細い筒状のものが握られている。
「すごいでしょ。リアルタイム映像」
「なんだ、とんでもない美人が映ってると思ったら、私じゃないか」
「カメラ、壊れたかな」 朝倉が真面目な顔でレンズを覗き込む。
そんな二人のやり取りを眺める夕映の顔も、どこか楽しそうだった。
朝倉はマウスを操作し、動画ファイルをクリックすると、今度は朝倉を追い掛ける刹那の後ろ姿が映った。
画像はやや粗いが、第三者から見ても、何をやっているかはっきりと見て取れる。証拠としては十分役に立つレベル、と朝倉
は説明した。
「身代わりにはまず、役割別に別れてもらったの。カメラを持ってもらう撮影班は、一般人に見せかけた身代わりが、もしもの
 時のための回収係と二人組で行動してもらって、ギャラリーに紛れて撮影する。それから、私の指示をリアルタイムで受け
 取って、その都度他の身代わりに伝える連絡班と、龍宮達四人を翻弄して悪戯する陽動班、役割を終えて札に戻った身代
 わりを回収する回収班。連絡班は、新しい身代わりを出現させるスイッチ係も兼任するんだけど、それぞれある程度配置を
 決めて、後は私が状況を見て指示を出す。大体こんな感じで回してたかな」
朝倉がクリックした他の画像フォルダには、朝倉の殴られる場面や、有名芸能人が踊っている貴重な場面、龍宮が銃を持っ
たシーンなど、何かの映画なんじゃないかと思えるぐらい綺麗な画像が、数十枚映し出されていた。
「奴らは、私から証拠を完全に奪い取ったと思ってるみたいだけど、このご時世、リアルタイムでパソコンに取り込むのなんて
 余裕なんだよね、実は」
「なんだ、じゃあこの画像だけで十分じゃない?」 美空が画面を指差して、疑問をぶつける。
「いや、今回の目的はあくまで、夕映と一緒にあのクラスから逃げる事だったからね。これだけじゃ駄目なんだ」
朝倉がパソコンの画面を閉じて、話を続ける。
「芸能人達を出したのは、一般人の目撃率を上げよう、っていう目的もあるけど、こんな映像、マスコミに送りつければ当人
 達のところに話を聞きに行くだろうし、当然本人達は否定するよね。で、誰も肯定しないんで、これはいよいよおかしいぞ、
 って事になって、大勢のマスコミが、この写真に写った“麻帆良学園”に大挙して来ると」
「この学園には、マスコミの来づらい魔法がかかっているらしいですが、もし来たとしても『CGでした』で済まされては意味が
 ありませんから」
「というわけで、マスコミに送りつける作戦は二の次、ってこと。来てくれれば幸運」
「確かに、『いじめがあります』なんて言おうにも、全力で阻止されるだろうしね。それこそ奴らなら、魔法を使ってでもマスコミ
 の記憶を消しかねないか」
「うん、そういうわけで、これを“偽のゴール”にしようと思ったんだ」
「偽のゴール?」
「そう。これが朝倉和美の目的だ! って思わせるための、偽りの終止。但し、奴らの頭をこの偽終止に持っていかせるには、
 もう一つフェイクが必要だったの」
「四人を仲違いさせるっていうやつ?」
「そう。ただ、それだけだと上手く騙されてくれるかどうか解らないから、他にも色々用意しておいたんだ。『木乃香を犯人に仕
 立て上げる』 シナリオとか、 『このまま木乃香や本屋をどっかに隠しちゃおう』 シナリオとか、とにかく 『マスコミに送りつけ
 る作戦』 の上に被せるブラフが欲しかったの。で、いざ蓋を開けてびっくり、実は朝倉は、撮影を目的としていたんだ! と
 なるわけ」
「で、私があんたを裏切るようにし向けたわけか」 皮肉混じりに美空が言う。
朝倉はそれを受けて、申し訳なさそうに上目遣いで手を合わせる。
「ごめん……怒ってる、よね」
「いや、怒ってはないけどさ……」
「あの、二人とも」 新しい飲み物に口を付けていた夕映が、間に割って入る。 「私は、その辺の事情をよく知らないのですが」
「あぁ、そういえば説明してなかったね」
朝倉が鞄の中からメモ用紙を取り出して、テーブルの上に広げて見せると、夕映と美空はそれを覗き込んで、びっしりと書き
込まれた黒鉛の量に感嘆の溜息を漏らした。メモ用紙には、小さな袋にでも入っていたのか、随分と折り目が付いていて、書
いてある内容の濃さの割にはサイズが小さい。あちこちに矢印や、丸で囲まれた項目が記されており、昔の人が描いた発明
書みたいだ、と美空が感想を呟いた。
内容を見てみると、朝倉がたった今説明してくれた作戦と半分ぐらいが一致していて、気になる所といえば、所々黒く塗り潰さ
れている箇所があるぐらいだった。
「何でこんな小さい紙に書いたの?」
「いや、これは私が書いたものじゃない」
え、と美空が聞き返す。こんな大層な作戦を考えた人が、朝倉以外にももう一人いると。
「まあ、私っちゃ私なんだけどさ」
「なんだそりゃ」
ずっと用紙を眺めていた夕映が、思いついたように口を開いた。
「もしかして……元々こっちにいた朝倉さんですか?」
「えっ、マジで!?」
「……うん」 朝倉はどこか言いづらそうに、照れ笑いを浮かべる。
美空は今までの出来事を思い返す。朝倉が突然聞き始めた暗いCD、そして、その時はとても神経質で、ひたすらに何かを
考えている様子だった。
「おかしいとは思ってたんだよね。本屋には、考えてもないことを“考えてた”って言われるし」
夕映は、そういえば、と廃墟で追いつめられた時不信に思ったのどかの台詞を思い出し、該当する言葉を探した。

『あなたが今まで私達を裏切る計画を立てていた事ぐらい、もうとっくにばれてるんですよ』

確かこの言葉の直後、朝倉が眉をハの時に曲げて、何かに抗議するような眼差しになったのを覚えている。
「え、ってことはつまり……前の朝倉も、同じ作戦を考えてたってこと?」
「そういうことになるのかな」
「凄ぇ……凄いじゃないの」 美空が朝倉の背中をバンバンと叩く。 「やっぱ朝倉は朝倉だよ」
朝倉は恥ずかしそうに身を縮め、ジュースを飲み干す。
「前の朝倉さんは、ただあのグループに荷担しているだけかと思ってましたが……」
「あいつらの言いなりになりながらも、ちゃんと考えてたわけだ」
そして、頭を読まれないよう、暗いCDを聞きながら、必死に抵抗していた。
「さっすがあたし」 と胸を張って誤魔化すと、美空に 「可愛いとこあるじゃないの」 と返されてしまった。

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