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A『ルツコフ』
準備室に置かれた武器類の模造品を手に取って眺める。大刀、小刀、片手斧、槍、飛び道具。何れも必要のない物だ。
自分の持ち武器である、先端に鉤針の付いた極細ワイヤーに加え、片手に収まる大きさのモデルガンを袖の中に仕舞う。武器
はより多く持てば良いというものではない。審査員にはっきりと見せつけられる様な決定打を決めなければいけない。
目眩ましの手段だ。一番重要なのは相手に大きな隙を作る事。勝敗判定はこのモデルガンのみに託す。
しかし……と腕を組んでまた悩み始めた。果たしてこれで良いだろうか。
第九次審査の終盤、私の頭を悩ませていたのは、セシリアという女の存在だった。
突如現れたダークホース。冷酷無比の残虐さ。第八次審査が終了し、今朝の新聞にはそう書かれていた。改めてマスコミと大衆
の馬鹿さ加減に呆れ果てる。まるで全体像が見えていない。
あれは明らかにへインリー側のミスだ。あんな状態の馬を出場させる方が悪い。何度か検査官に交渉して失敗していた様だが、
自分の意見すら貫き通す事のできない者は、この仕事には向いてない。
セシリアが狙ってやったのかどうかは分からない。しかし、もしそうだったとしても、自分にとって危険な存在は外に蹴り出すのが
最善策だ。あれは受験者として当然の行為に他ならない。
そう、彼女は最善策を採った。この大会では、常にそうだった。彼女をライバル視してきたルツコフにとって、この審査で彼女と当
たる意味は大きい。
第九次審査は武器による直接対決で、受験者同士の点数の奪い合いだった。
受験者は武器の模造品で一対一で戦い、相手の急所などを撃てば、相手から点数を奪える。この試験では順位、点数などが全
て公表され、試験中でも確認する事ができるため、点数が合格基準に満たない者は積極的に相手から奪い、順位を動かすしか
ない。実戦での生死に関わる審査なので、第九次審査はポイントの増減が激しく、これによって合格基準から転落する者も多い。
まさに天国と地獄、というやつだ。
ただし、そのようにして合格を勝ち取った者は、入社時の部署分けに影響が出てくる。戦闘向き、と判断されるわけだ。
治安が悪く、そういった仕事の多いご時世だが、それでもいい、とその破格の給料の恩恵を受けようとする受験者は沢山いる。
私はそんなのはまっぴらだった。総合力がない、と判断されたようなものだ。私のプライドはそう安くはない。
地元ではさんざん無理だ、と言われ続けてきた。愚かだ、出来る筈がない、と。
物理学者である父を持っているにも関わらず、あまり芳しくなかった当時の私の学力と、全国で最難関の仕事場を天秤にかけて
の発言だったのだろう。しかし彼等は、私の性根を視野に入れていなかった。私の負けず嫌いを甘く見ていた。
結果、当時学業での成績が中の下だった私は、力学の分野においてぐんぐんと学力を伸ばし、今、この場に立っている。
受験六年目にして、現在全受験者中四位。この審査で大きなミスさえしなければ、あと一歩で合格の所にまで来ているのだ。
大きなミスさえしなければ。
対戦相手の組み合わせは審査員が決める。減点を恐れて時間一杯まで何もせずに終わる受験者が多かったため、一昨年から
ランダムでの選定を廃止し、合格基準に足りている者とそうでない者を組み合わせるようになった。そうする事によって、積極性
が増したのはいいが、後者が無茶をして危険な戦い方に走るという悪い点もあった。
そして、その制度から漏れたのが、H2ブロックの組み合わせ、つまり、私とセシリアだった。
詳しい理由は分からない。推測するに、恐らく相手になる人物がいない、と審査側が判断したのだろう。相手がセシリアでは、幾ら
合格基準に満たなくても狙いに行く気にはならない。むしろやる気を削がれてしまう、という配慮なのだと思う。そこで、昨年、一昨
年と戦闘成績がトップだった私が抜擢された、という訳だ。
ちなみに、三年前に唯一黒星を貰った相手は、既に入社を済ませていて、入社してから彼女に勝とうというのが私の密かな目論
見でもあった。
控え室を出て、ホールまでの廊下を進む。一流企業だけあって、関係者用の通路の内装まで見栄えが良い。防音もしっかりして
いて、ホールに集まっている観客の声も聞こえてこない。
両手で扉を前に押し開けると、待ってました、と言わんばかりの歓声が噴き出し、私が通ってきた背後の廊下に反響した。
黙れ、愚衆ども。お祭り騒ぎじゃないんだ。心の中でそう罵る。
ステージまで足を進めている間も、セシリアと戦うイメージトレーニングを続けた。
頭を打ち付けないよう設置された、スポンサーのロゴが入ったマットの感触の確認をする。踏ん張りが効かない程ではなさそうだ。
先にステージに上がっていたセシリアに対して、審査員だろうか、スーツを着た白髪の中年男性が声を掛けていた。
「君はもう十二分な成績を修めてるから、そんなに無理しなくていいからね」
その言葉は更に私を苛つかせた。完全に私が負ける、という予想なのだろう。
「ちょっと」
強めにそう呼び掛けると、男性の方がびくり、と反応を示した。
「審査員がアドバイスかしら? まるで私が負けるみたいな言い草ね」
男性は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうにしてステージを後にする。
「それでは各自、白線の位置まで」
セシリアを睨み付けた。この程度で怯むような相手ではないだろうと思いつつも、相手の無表情に気圧されないよう、威嚇する。
機械というか、人形の様な顔を予想していたのだが、こうして相対してみると思った程のものではなく、その青白い肌にも血の気
が通っているのが分かる。細いように見えて筋肉はしっかりと付いているが、そこまで力があるようにも見えない。
十代か、二十代前半、童顔の部類に入るだろう。もう少し年は上かもしれない。全身から溢れ出る威圧感は凶器を思わせた。
多分、相当の修羅場をくぐり抜けていて、経験も豊富だろう。さっきの男性が思わず声を掛けてしまったのも分からなくはない。
始め、の号令が響いた。観客達が騒ぎ始める。喧しい。
去年までの私の戦法は、ステージ上にワイヤーを張り巡らせ、相手の移動範囲を狭めたところでワイヤーの先端に付いた布袋
を相手にぶつける、というものだった。もちろん、実戦ではこの布袋が刃物に変わる訳だが、この一発が面白いようにヒットする。
力学を応用し、どこでワイヤー同士を引っ掛け、進路を変えるか、全て計算で弾き出す。私の楽しみの一つだった。
私は例年通り、セシリアから一定の距離を保ちつつ、ワイヤーの進路となる“ピン”を床や壁に差し込み、相手の動ける陣地を狭
めていった。
彼女は私を見くびっているのか、開始の合図から一歩たりとも動いていない。
ワイヤーでぐるりと取り囲むと、更に驚くべき事実に気が付いた。彼女は武器を手にしていない。袖の内に隠しているのか、まさ
か素手という事はないだろう。
そう考えた時、私の思考の内を見透かしたかのようにセシリアが突然上着を脱ぎ捨てると、袖を捲って武器を持っていない事を
強調した。込み上げる怒りを必死で堪え、こちらも挑発を試みる。
「随分余裕じゃない。私なんて素手で十分だって言いたいの?」
返答はない。無理矢理にでも喋らせてやる。
ワイヤーを軽く引っ張ると、一部のピンが外れ、遠心力によって速度と威力を得た布袋が、セシリアの左上段から襲いかかった。
セシリアは僅かに首を傾けてそれをかわす。これは予想の範囲内だ。
続いて別の箇所のワイヤーを引っ張り、背後から腰の辺りを狙う。しかし、相手は一歩前に歩み出てただけで、これも難なくかわ
されてしまう。
先端の布袋は段々と速度を増してきているが、相手に当たるどころか、掠めもしない。
やはりこれじゃあ駄目か、と、もう一つの布袋を動かす。操作難度は格段に跳ね上がるが、全て回避する事もほぼ不可能だ。
頭上と足下、右上、左下、前後、正面、同時に攻撃されるとどうしても人の視界や意識の関係上、追い付かない箇所が出てくる。
これを全てかわすということは、つまりこのステージ上に張り巡らされたワイヤーの位置や、どのワイヤーに干渉しているか、ど
のピンが何の役割を果たしているのかなど、全てを把握していなければならない。それは、私にしか不可能な事なのだ。
私は目を見張った。
セシリアは片方の布袋を避けたかと思うと、何重にも張ってあるワイヤーから一本を選び出して引っ張り、別方向から来た布袋
の進路を変えて回避していた。目の前にまで迫った布袋から伸びるワイヤーを、指一本で支柱を作り、寸での所で無力化したり
もして見せた。間違いない。彼女は私の予想を遙かに超えている。
気付けば自分の目の前にまで布袋が迫ってきていて、慌てて防御用のワイヤーを引っ張って受け止めた。どこかのピンが外れた
のか、額に何かがぶつかる感触がした。
最悪だ。最悪の屈辱だ。背後からやられていたら、間違いなく防御が遅れていた。自分の独壇場で相手に主導権を握られるなど、
あってはならない事だ。ある程度予測してはいた事だが、こうなっては最後の手段にうって出るしかない。
全てのワイヤーを使い、前後上下左右全ての逃げ道を塞ぎながら銃でとどめの判定を貰いにいく。
相手が極細ワイヤーでハム状に縛られる危険極まりない素人技で、出来る限り使わないと決めていたのだが、セシリアの強さ
が判明した以上、手を抜くわけにはいかない。どうせなら全ての手段を使って、自分に対する言い訳を無くしておきたかった。
ワイヤーが絡まって回収不可能になってしまうのも仕方がない。そこまでしてもセシリアには勝つ価値がある。
然るべき方向に引っ張ったワイヤーの全てのピンが外れ、全方位からセシリアに迫った。これでもうどこを押さえようが引っ張ろ
うが、ワイヤーの動きを止める事はできない。
審査員含め、会場がセシリアの動きに注目した。私自身、彼女がこれをどうやって脱するのか興味があった。会場には今、天才
にのし掛かる期待や興味が充満している。
セシリアが動いた。
まず、素早い動きで床に捨てた上着を拾い、袖を通さずに上半身に纏った。姿勢を思い切り落とし、片膝を着いて地面に伏せ、
五歳児ほどの背丈まで縮んだセシリアの体にワイヤーが取り付くと、彼女は腕で“錐”の様な形を作り、ワイヤーはそのまま彼
女の上着だけを巻き取って、上空へと持ち上げて行った。
ワイヤーの接地面積を減らし、摩擦を利用した回避方だ。残った下半身にまとわりつくワイヤーを軽い身のこなしであしらうと、
彼女はとうとう脱出を済ませてしまった。
会場から怒号と歓声と拍手が巻き起こる。メディアの煽りはどこへやら、既にファンが出来始めているようだった。
笑いが込み上げてくる。
やるじゃないか。私はそう言いながら、彼女に向かってモデルガンを突き付けた。
「凄いわ。本当に」
彼女は依然無表情を貫き、銃に動じる様子もない。
「まさかこれまで避ける、なんて言わないわよね」
問題は当たり『判定』だ。武器を持った人間が素手の相手に死亡判定を食らう事はまず無い。いいものを見せてもらったよ、と私
は引き金を引いた。
パン、と乾いた音が会場に響き渡る。誰もがセシリアの負けを確信し、審査員の言葉を待った。
「ルツコフ、死亡判定。減点四十五」
会場がざわめいた。
「は? ちょっと……」
死んでいたのは、私の方だった。
名前を間違えているんじゃないか、と疑った。私が減点四十五を貰う筈がない。死んだのはセシリアの方だ。そう確認を取ろうと
した時、ふと首周りに違和感を感じ、手で触れてみると、私の首周りにワイヤーが巻いてあるのに気が付いた。引っ張ってみると、
セシリアの手元へと繋がっているのが分かる。
私は、いつでも死ねる状態だったのだ。そんな馬鹿な、いつの間に。
呆然としていた頭を叩き起こし、試合を振り返る。
そういえば、一瞬だけ違和感を感じた瞬間があった。どこだったろうか、と記憶を辿ってみると、すぐに答えが判明した。
額にぶつかるピンの感触。多分、あれだ。全てのワイヤーが絡まってしまった今となってはどこを弄られたのか調べるのは不可能
だが、会場のワイヤーの役割全てを把握していたセシリアならば、あるいは可能かもしれない。
絡まった後に自分の手で自由にワイヤーを操作できるよう、あらかじめ分離させておいたのだ。勿論、それを防御用に使う事もで
きただろう。しかし、それをしなかった。する必要がなかった。
私は完全に叩きのめされたのだ。そして、四十五点という致命的な点数を奪われた。
私の総合順位は、四位から八十一位へと転落していた。
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